2000年10月18日

出身中学校内を無断撮影
バス乗っ取りでテレビ局

浅野健一

「○○ちゃんの笑っているところを見せないと、世間は納得しない。写真を撮るまで張り付かざるを得ない」「私たち新聞社はこれですむけど、写真週刊誌はどこまでも追いかけるはずだ」。
今年五月に起きた西鉄バス乗っ取り事件で人質とされ、釈放されて佐賀に戻った小学一年生の父親が出席した記者会見で、全国紙の記者たちが言い放った言葉だ。被害者の心を傷つける脅迫行為だ。地元の佐賀新聞の若い記者は「マスコミ人としてというより人間として情けなかった」と話している。
事件を起こした少年の自宅や彼が通っていた中学や高校にも報道陣は押し掛けた。学校には少年や事件被害者の家族や親類も通学している。少年の家の回りに報道機関の車両が違法駐車した。隣の高校では生徒を早退させたという。
近所の人たちは「マスコミが道路を占拠したので、商売にならないので店を閉めた」「客を装って店の中に入ってきた記者も少なくない」「何度もインターフォンを鳴らして、同じ質問ばかりした」と話した。
マスコミは少年を匿名報道しているというが、これでは匿名どころか、社会の人たちに、この家がそうですよと言いふらしているようなものだ。
少年の写真や文が載った卒業アルバムや文集などが、お金で売り買いされたという。中学時代に非常階段から飛び降りてけがをしたことで性格が変わったことが、事件の背景にあると言われたが、あるテレビ・キー局は学校内の映像取材を校長に申し入れている最中に、別のクルー無断で階段や教室などの映像を撮っていったという。これでは盗み撮りと変わらないではないか。
佐賀家庭裁判所(永留克記裁判官)は少年に対し、五年以上の少年院送致とする保護処分を言い渡した。妥当な判断だと思う。この日の夜の各テレビ局のニュースを見た。NHKは中学校の非常階段や少年の自宅の玄関や窓をぼかしも入れずにオンエアしていた。ほかの局も非常階段を写していた。どのような手段で校内を撮影したのか説明してもらいたい。
ある新聞記者は、「大事件なのだから、被疑者も被害者も両方、取材し報道しなければならない。報道される側も、我々とどう折り合いをつけるべきか考えてほしい」と言っていたが、暴力団以下の倫理性しかない報道陣と「折り合い」をつける方法はないと思う。 佐賀の少年の処分が決まったこの日、与党三党によって少年法改正案が上程された。少年法の改正論議が高まったのは、このバス乗っ取り事件の過剰な報道が大きなきっかけだった。捜査当局は少年を「刑事処分相当」として、検察庁に逆送致するよう求めていたが、佐賀家裁は少年の保護と厚生を目的とする少年法の理念を優先した。少年法改正の根拠が崩れたと言えるのではないか。
最近、少年の凶悪事件はとくに増えているわけではないというデータが相次いで発表されている。ゼミで見学した浪速少年院の院長もそう言っていた。「急増する少年事件」というラベリングのウソを見抜かなければならない。(了)

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