2000年7月30日

 
英国調査の報告


 浅野健一 同志社大学・文学部社会学科新聞学科教授

 
 私は二○○○年七月一六日から二一日まで、ロンドンに出張した。米国弁護士連合会(ABA)が二○○○年度総会の「オンブズマンの定義と基準」に関する国際シンポジウムに参加し、「なぜ日本でオンブズマン制度が育たないのか」と題して発表した。日本からの出席は私だけだった。
 会議の報告と、英国の犯罪報道について報告する。
 英文の発表テキストも別項で掲載する。

氈@オンブズマンをどう定義するか
   米国弁護士連合会・国際シンポに参加

 ABAの「オンブズマンの定義と基準」に関する国際シンポジウムには、オンブズマン研究者の潮見憲三郎さんが招かれたが、参加できなかったため、私が代わりに出席させてもらった。発表に当たったも、潮見さんから貴重なアドバイスをいただいた。
 多くの国に広がったスウェーデンで一八世紀初頭に誕生した「オンブズマン」は、第二次世界大戦後、欧州ばかりでなく急速に世界各地に広がった。議会、政府、企業、大学、プレスなどの分野で、社会的に弱い立場にある市民などからの苦情申し立てを受け付け、独自に調査をしたうえで、その訴えに合理性があるかどうかを裁定し、その結果を声明・勧告などで発表し、関係者に改革を促す職務である。
 ただし、その概念やあり方に一部混乱が見られるため、「オンブズマン」とは何かについて厳格な定義と基準を設ける必要性が出てきた。米国弁護士会「法と制限規範」部会が、米国内にある連邦オンブズマン連合、オンブズマン学会、大学オンブズマン協会、オンブズマン協会などと共催して開いた。
 シンポには米国、英国、アイルランド、スロベニア、ベルギー、南アフリカなどのオンブズマンが参加した。
 米国弁護士連合会が今回の総会で採択した「米国におけるオンブズマンの設立と運営に関する基準」の序文は、「オンブズマンは、行政機関や民間の組織体(官庁・企業などに法人)にかかわる人々、また組織体の機能に対する個人からの苦情や質問を受け付ける。問題とされた特定の事案について、オンブズマンは特定の問題の解決に当たり、苦情が適正と考えられる場合は、彼や彼女が奉仕する組織体の一般的なあり方に改善を求める勧告を行う。オンブズマンは個人の法的な利益と権利を擁護する。オンブズマンは公的機関または民間企業の官僚機構たちのによる非道・残虐な行為から市民を守る。オンブズマンはまた、組織体内部で働く人たちと、組織体の活動によって影響を受ける人々を擁護する」と規定した。    
 米弁連は六九年に連邦政府と地方自治体にオンブズマンを置くように提唱した。また七八年の国際オンブズマン機構の設立に、スウェーデンの国会オンブズマン、ルンドビック氏らと共に中心的役割を果たした。
 シャラン・リバイン部会長が「米国ではオンブズマンという言葉が独り歩きしている。その定義がゆるんでしまった。北欧型の古典的な意味でのオンブズマンがすべてとは言わないが、オンブズマンと呼ばれるためには最低限の基準が必要だ」と説明した。
 今回採択された新基準は、オンブズマンには@任命する組織体からの独立性A不偏性B秘密保持ーの三要素があり、それぞれについて詳細に規定した。詳しくは米弁連のホームページ(http//www.abanet.org/adminlaw/ombuds/)を参照してほしい。 
 シンポの質疑では、米国の弁護士から「オンブズマンに対する政治的圧力をどう排除するのか」という疑問が出された。また米国の法学者は「国際労働機構(ILO)で労働問題を取り扱ってきたが、労働問題では、ほとんどの国では米国の方法とは全く違うやり方で解決されていることがわかった。米国でつくったオンブズマンの基準が外国でどこまで適用できるか疑問だ」と指摘した。南アフリカの研究者は「南アフリカには七○年代から国会オンブズマンがあり、国際オンブズマン機構にも登録されていたが、アパルトヘイト(人種隔離政策)を黙認どころか推進していた。にせ者のオンブズマンを見極めるべきだ」と強調した。
リバイン部会長らは「国境や文化の違いを超えて、共通するガイドラインはあるはずで、それを模索したい」と答えていた。私も同感だ。このシンポで発表を許された私は、日本にはまだオンブズマンが全くいない現状を報告し、今後どのようにしてオンブズマンを導入すべきかについて論じた。発表の際、英文のテキストを配付した。
 《日本で法律家や研究者が今日的な意味でのオンブズマン制度についての関心を 持ちはじめたのは一九六〇年代後半だ。関心の重要なきっかけの一つは Dr.Waiter Gellhorn の著書Ombudsmen and Others だった。
 一九七九年、弁護士 成富信夫博士Dr.Naritomi は日弁連の中にオンブズマン研究サークルをつくり、「日本版・モデルオンブズマン法(案)」をつくって提唱した。
 一九七九年に、Prof. Y.Ohki (known by pen-name Kenzaburo Shiomi), now an I.O.I. individual Member は「Ombudsman in Sweden」を発行。同年、著者はこれを東京の立教(St.Paul) 大学法学部で、学生a law school under-graduates300人の一学期の講義(テーマに「スウェーデンのオンブズマン」)のテキストとした。
 その当時、私は共同通信で現役のnews reporter だった。自分自身の体験から、日本にもたとえばSweden Pressombudsman の様な制度の必要性を痛感していた。私がスウェーデンの研究という縁で The auther SHIOMI と知りあい、盟友となったのは、その頃のことだ。

20年の「長い過程」
 その時から、もう二〇年になろうとしている。しかし、日本で、Ombudsman 制度は、Ombudsmanの定義をぎりぎり広く解釈しても、まだほんの幼児の段階にある。
 日本の国会には、国際弁護士連合会(IBA)・国際オンブズマン機構(IOI)の定義にかなう議会オンブズマン制度はない。「国会オンブズマン」ほか「法律にもとづく」役職はない。
 近年、全国の地方自治体のうち、かなりの県や市町村に、regional ないし municipal ombudsman と呼ぶべき役職者が活躍するようになった。その根拠は、地方自治体条例によるものが多いが、地方自治法の規定に妨げられて、議会は任命者になりえないので市長が任命者となっている。その機能も、市民のための Watch Dog というよりも、主に「苦情処理」機能だ。つまり、Dr.Walter Gellhornの名著「Ombudsman and Others」でいわゆる`Other complaint-handling system'に相当する。それしか、ない。道は困難だ。
 むしろ、民間の弁護士など市民が組織する「市民オンブズマン」などボランティア活動に期待できる。最も活発なのは1985年ごろから活動し始めて、急速に全国的な組織にまで発展した“Citizen Ombudsmen” groups だ。今までの主な活動は、情報公開条例に基づく資料閲覧請求によって役所・役人の公費のムダづかいを明るみに出すことだ。組織の主体は弁護士、公認会計士を含む lay citizens。公的な機関や法令とはまったく関係がない、無報酬の活動だ。
 老人ケア施設、児童養護施設などで「オンブズマン」と呼ばれる人々の数も増えてきたが、これらもやはり純然たる「民間ボランティア活動」もしくは、施設が自発的に弁護士など市民に「委託した」第三者機関と言うべきもの。
 議会も、中央・地方政府も「人民のための watch-dog」という役割に熱心ではない。むしろ、こう強調したがるーーー議会の議員は国民の代弁者である、行政府には「行政監察」という部署がある、また「行政相談委員」「人権擁護委員」を任命して統括しているから、それで十分だ、と。
 つまり議会と行政は、ともに欧米型の「人民のための watch-dog=オンブズマン」制度を受け入れることには不熱心だ。

なぜだろうかーー具体的に、プレスの問題について
 Mr.Shiomi の1996年の本「What Is Ombudsman?」(東京で4000部発行)は、わが国での20年の軌跡を解析して、議会・政府の Ombudsman 組織立ち上げの熱意のなさを検証し、それゆえにこそ、われわれにも legitimate ombudsman system が必要だと論じている。著書は私の友人で、私は「帯の、この部分」を書いた。
 同じことが、わが国のプレスにもあてはまると思う。 
 プレスの使命は、市民のために「事実を、とくに権力によって隠されている事実を、ありのままに、正確に、見・聞きして伝える」ことにあるはず。もし間違えたら、訂正し、謝罪し、そのまま掲載すべきで、そのためのシステムを立ち上げておくべき。
 ところが、プレスも、議会・政府に「右へならへ」しがちだ。市民の権利のため、という意識が弱く、むしろ権力の側に立って市民をwatch するという行動パターンが目立つ。
 プレスという具体的な問題領域での私の「人報連・15年の体験に基づいて「なぜオンブズマン制度が立ち上げにくいか」について私の考えを明らかにした。

 スウェーデンでは一九一六年に@メディア界全体の報道倫理綱領の制定A倫理綱領を守っているかどうかをモニターする報道評議会ーーをセットにしたメディア責任制度が誕生したが、報道に関する苦情が急増したため、六九年に「一般市民のためのプレスオンブズマン」職を導入した。報道評議会と同義語と考えてもよい。こうした制度は世界の約三○カ国にあり、英国では五三年に発足し現在は報道苦情委員会(PCC)となっている。台湾でも六三年に新聞評議委員会が誕生している。法律により設置される組織ではなく、メディア組織内の経営者・ジャーナリストなどの代表や市民・有識者などによって構成・運営される自主的な機関。「オンブズ」とは「代理する」という意味。市民とメディアの間に入って第三者として裁定するのではなく、取材・報道される市民の立場を代弁する。ただし調査して勧告はするが、編集には一切圧力は加えない。スウェーデン語では男女とも「マン」なので、わざわざオンブズパーソンと言い換える必要はない。北米ではいくつかの新聞社が独自のプレスオンブズマンを置いている。ワシントン・ポストのオンブズマンが有名。参考: 潮見憲三郎『スエーデンのオンブズマン』核心評論社、1979年。浅野健一・山口正紀『匿名報道』学陽書房、1995年。野山智章『マスコミ報道と人権』第三文明社、1997年。
 私と潮見氏は「日本のマスメディアに、プレスの倫理綱領・カウンシル・オンブズマン制度を」という市民運動を、志を同じくする仲間として推進してきている。今年は15年目だ。ということから、目標達成が困難な仕事だということをご推察いただけるだろう。
 私は日本の新聞、放送記者を「ペンを持ったおまわりさん」と呼んでいる。
 なぜ日本のメディアにはオンブズマンがいないのか。
 プレスの体質は、いつも authority の「あとを追う」からだ。結局、権力のお先棒をかつぐ傾向が強い。    
 ●権力に近い「番記者、記者クラブ」と「(情報非公開の結果としての「発表ジャーナリズム」、スクープと視聴率という「専制君主」への奉仕
 ●「大企業化・コングロマリット化・肥大化」利益優先と傲慢さ
 ●「市民の人権」「反省」ではなく、せいぜい「苦情処理、救済」
 (付)●精神構造:authority (おカミ)と conformity (従順)
    ●政治構造:情報「非」公開、「一票の格差」による代表制の空洞化
       大企業の保護・育成、そのための行政組織と運営
    ●産業構造:企業の終身雇用・年功序列・労働の流動性なし
       独占禁止法適用除外(再販価格維持)、新聞の専売・宅配組織》

 読売にもオンブズマンがいた?

 日本では、「私はオンブズマンだ」と詐称した新聞人もいる。読売新聞新聞監査委員だった前沢猛氏(金沢学院大学を経て、東京経済大学教授)で、彼は八七年ごろ、英字新聞「ザ・デーリー・ヨミウリ」(The Daily Yomiuri)に毎週月曜日、「Ombudsman of theYomiuri Shimbun」という肩書きで、「OMBUDSMAN」というコラムを連載していた。毎回、前沢氏の顔写真付きだった。
 前沢氏はコラムの中で、読売新聞新聞監査委員会をYomiuri Ombudsman Committeeと訳していた。前沢氏は当時、米国カナダ・オンブズマン協会の会員で、自分をオンブズマンだと錯覚していたようだ。

 森脇逸男読売新聞新聞監査委員長が八七年三月二八日付で人権と報道・連絡会の山際永三事務局長に送った書簡によると、《同協会の総会で読売新聞新聞監査委員会の仕事を紹介した際、「それはまぎれもなくオンブズマン活動であり、オンブズマンと名乗って差し支えない」と意見が述べられ、満場一致で賛同されたと当人が報告している》という。
《いずれも「読者の立場から新聞紙面の是非を自己批判しよう」という目的と内容がこめられえちる。我が国の新聞社では、記事審査委員会、読者相談室、新聞監査委員会などがこれに当たり、内容的にももう一歩というところまで近づいている」》(前沢猛著『マスコミ報道の責任』245頁)だ。
 前沢氏は、「社内オンブズマン」なる珍訳をつくり出し、一部の研究者や弁護士に悪影響を与えた。「社内オンブズマン」なる言葉は、「屋内の屋外運動場」といったものであり、滑稽でさえある。

 前沢氏は読売新聞を退社し大学に移ってから、月刊誌「世界」などで、自らの社会部記者時代の鬼頭判事補問題の取材などを例にあげて、読売新聞の渡辺恒雄社長の独裁的体質(いわゆるナベツネ体制)を激しく批判している。彼が本当の意味での読売新聞社のオンブズマンであったなら、彼を含めて現役の記者、新聞監査委員が渡辺体制を自由に批判できたのにと思う。「やめてから言う」のも悪くないが、現場で自由闊達に議論することがもっと大切だ。またそいう自由を保証するのがオンブズマンの一つの重要な任務なのである。
 
●日本の「いわゆるオンブズマン」について。
  IOIの“Directory 2000”の“Ombudsman Offices World-wide”には108の国と地域(香港・台湾など)について、ざっと500人以上の役職者の個人名がリストアップされています。そこには IBA/IOI定義にかなう「古典的オンブズマン」ばかりでなく、特定の分野の公職や semi-official あるいは non-official 、一部の民間の役職、たとえば老人ホームオンブズマン、大学オンブズマン、スウェーデンのPOジゲニウス氏・・・なども含まれている。
 そればかりではなく、オンブズマンとは言えない日本の「行政管理庁長官?ヒガシダ・シンジ」「行政相談員全国協議会専務理事?カマダ・マサジロウ」などのお役人や天下り役人?も入っている。反面レッキとした神奈川県川崎市のオンブズマンなどは採録されていない。つまり、この “Directory 2000”の採録基準は不明確だ。それだからこそ、今回のABA会議で「再定義」を試みようとした。ただ、それでも、これは、世界のオンブズマンについて考えるたぶん唯一の、最新の情報源だ。
 リストにのっている個人会員は12カ国・16名。日本では Professor Y.Ohki と Professor T.Hiramatu (奈良市・・・)の2名。住所が載っている。 

▼絶好のチャンス
 
 日本でも弁護士や研究者が六十年代後半からオンブズマンを導入するよう提唱してきたが、国際的な定義にかなう議会オンブズマン制度はいまだにない。私は十五年前から「人権と報道・連絡会」(ウ168ー8691東京都杉並南郵便局私書箱23号、ファクス03−3341−95159)の仲間と共に、「日本にプレスオンブズマン・報道評議会制度を」という市民運動を行ってきた経験を紹介した。
 日本にも待望のプレスオンブズマン・報道評議会が誕生するチャンスが出てきた。独自の取材も全く怠ったうえで、性暴力に遭ったなどという狂言を活字にしたり、交通事故の被害者を殺人犯にでっちあげるような記事を掲載する新潮社のようなメディアの居直りを許さない仕組みがいますぐにでも必要だ。
 日本新聞協会(会長=渡辺恒雄・読売新聞社社長)は六月二一日、総会を開き、新しい新聞倫理綱領を制定した。一九四六年に制定した旧新聞倫理綱領がテレビやインターネットが発達した現在の状況に合わなくなったとして、昨秋から全面改定作業をすすめてきた。約半世紀ぶりの全面改定。
 <新・新聞倫理綱領>では、初めて国民の「知る権利」が民主主義社会をささえる普遍の原理であると規定。《この権利は、言論・表現の自由のもと、高い倫理意識を備え、あらゆる権力から独立したメディアが存在して初めて保障される。新聞はそれにもっともふさわしい担い手であり続けたい》

 また、「公共的、文化的使命を果たす」ために「言論・表現の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し、品格を重んじなければならない」と規定した。
 「自由と責任」「正確と公正」「独立と寛容」「人権の尊重」「品格と節度」の五項目を規定。「人権の尊重」では、《新聞は人間の尊厳に最高の経緯を払い、個人の名誉を重んじ、プライバシーに配慮する。報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる》と述べている。
 誤報被害に「反論の機会を提供する」のは当然だが、誰がどのような基準で「正当」かどうかなどを判断するのか。名誉回復はどのように実現するのか。綱領を掲げただけではほとんど役に立たない。報道体制を構造的に変革する詳細な指針づくりが急務だ。その際、米弁連が採択した「オンブズマンの新基準」を参考に、日本にふさわしい仕組みをつくりたい。
 新聞労連は「今後、この綱領の精神、理念を制度的に担保していくためには、具体的な行動規範や運用指針を示す必要がある」「『人権の尊重』を実現するために、人権を侵害した場合の救済機能を持つ自律的な機関の検討が必要だ」などとする見解を発表した。
 新聞労連(四万人)は九七年二月に報道倫理綱領「新聞人の良心宣言」を採択。一○項目の詳細な行動指針。「新聞人の良心宣言」の「犯罪報道」の項で「新聞人は被害者・被疑者の人権に配慮し、捜査当局の情報に過度に依存しない。何をどのように報道するか、被害者・被疑者を顕名とするか実名とするかについては常に良識と責任を持って判断し、報道による人権侵害を引き起こさないように努める」と規定、実質的に匿名報道主義の立場をとった。
 新聞労連は独自に九八年三月「報道被害相談窓口」(報道被害ホットライン)をスタートさせた。郵便かファクスで、ウ101ー0061 東京都千代田区三崎町3ー5ー6 造船会館5階 新聞労連「報道被害相談窓口」係、ファクス 03ー5275ー0359で連絡できる。
 放送界では九七年六月にNHKと日本民間放送連盟が「放送と人権等権利に関する委員会機構」(BRO)を設置。連絡先は、電話03ー5212ー7333、ファクス03ー5212ー7330。
 日本弁護士連合会は八七年にメディアによる自主規制制度の確立を求める要望書をメディア界に送って以来、諸外国にある自主規制制度の設置を呼び掛けている。
 報道被害者、市民、記者、法律家らでつくる「人権と報道・連絡会」(山際永三事務局長、ウ168ー8691 東京都杉並南郵便局私書箱23号、郵便振替00100ー1ー125828「人権と報道・連絡会」 年会費=3000円)。問い合わせはファクスで03ー3341−9515、または郵便で事務局へ)は八五年からメディア責任制度の確立を求めて運動している。
 参考: 新聞労連・現代ジャーナリズム研究会編『新聞人の良心宣言』1997年。浅野健一『メディア・リンチ』潮出版、1997年。

 英国でも論議 犯罪報道
少女誘拐殺害事件

 「死体を発見 行方不明の○○か」(記事では実名)。ロンドン中心街にある新聞スタンドで、七月一七日発行の夕刊タブロイド紙の大見出しがおどっていた。英国サセックス州プルボローで七月一日、祖父母を訪ねる途中に行方不明になっていた八歳の少女と見られる遺体が、農道脇で発見されたのだ。遺族の悲しみの表情や発見時の着衣の有無などが詳しく報じられた。SKYテレビなど放送局も、現場近くから繰り返し中継した。
 私は七月一六日から二一日まで、英国に出掛けた。米国弁護士連合会(ABA)が十六日、キングズカレッジで二○○○年度総会の分科会として開いた「オンブズマンの定義と基準」に関する国際会議に参加するのが目的だった。私は分科会では「なぜ日本でオンブズマン制度が育たないのか」と題して発表する機会を得た。
 地元のサセックス署が一八日、遺体は不明少女だと確認すると、「やつを逮捕せよ」(サン)「殺人者を吊せ」(ミラー)などという激しい見出しが続いた。少女の兄弟や近所の人が犯人のものらしい車を目撃したという記事もあった。
 ミラー紙は、過去の性犯罪加害者の実名、写真を掲載し、今後も載せていくと表明した。
 たった五日間の滞在だったが、少女殺害事件の報道をみて、英国の犯罪報道も映像メディアの影響を受けて、全体的に派手になっていると感じる。被疑者が逮捕されるとどういう報道になるのかと心配になった。もっと地味に冷静に報道できないものかと思った。
 会議に参加していた英国の法学者は「英国の多くの新聞がマードックなどの海外資本に買収されて、商業主義、興味本位の報道になっている。報道倫理に関するメディア責任制度を一国だけで実施しても有効ではなくなるのではないか」と語った。
 日本との違いは、マスメディアが「右へならえ」一色ではないということだ。ガーディアン、タイムズ、インディペンデントなどの高級朝刊紙は、少女が行方不明になり、遺体が確認されたことなどの事実を冷静に伝えている。同時に、夕刊紙などの報道姿勢を批判する記事も多い。たとえば、七月一九日付のガーディアンは、「真実が傷つけること」と題して、興味本位な報道が子供たちに与えている影響を分析した。記事は、「第一に、少女の悲惨な死を子供たちにどう説明したらいいのか。第二に、メディアの反応が示す暴力をどう説明すべきか。子供たちがメディアから受ける影響は、我々大人のそれとはかなり違うことを忘れてはならない」と強調した。
 また警察の対応もかなり異なっている。サセックス警察署の副署長は度々記者会見して、捜査の状況を説明している。副署長は記者の質問に対し、丁寧に受け答えし、内容によっては、「言えないことは言えない」ときっぱり言う。日本のような夜討ち朝駆け取材による非公式情報はほとんどない。記者が独自に集めた情報でも、情報源と情報の入手ルートを明らかにしている。
 チャールズ英皇太子は、この少女に関する報道について「過剰な報道だ」と批判した。ダイアナ妃との間に生まれた長男ウイリアム王子が六月に大人(十八歳)になったので、今後、取材・報道が過熱化することを心配している。
 約半世紀の歴史を持つ英国の報道苦情委員会を訪れ、広報担当者ルーク・ショボウ氏に少女殺害事件の報道について聞いた。彼は「両親は、少女を捜索中にメディアの協力を仰いだ。不幸な事態になった後も、すすんで記者会見に出ている。家族がいやだと言えば、こうした取材・報道はできない」と説明した。
 報道苦情委員会は、ダイアナ妃が九七年八月末、写真記者に追尾される途中に交通事故死した直後に、「行動規範」と呼ばれる報道倫理綱領の見直しに着手し、九八年一月綱領を大幅改定した。改定綱領では、子供たちの権利を守るための条項が大幅に増えたほか、「ハラスメント」という項目を設けて、行ってはならない取材方法に、「執拗な追跡」を加えた。また九九年一二月には、犯罪報道において、犯罪の目撃者・被害者が子供の場合には特に注意が必要」などという字句が挿入された。
 報道苦情委員会のウェイカム委員長は今年六月末には、ウイリアム王子の取材に関する取材・報道の自粛を要請した。 
 英国のメディアにもさまざまな問題があるが、報道界自身が統一した倫理綱領を定め、その綱領を順守しているかどうかを日々監視する報道苦情委員会がある。日本新聞協会(会長=渡辺恒雄・読売新聞社社長)は六月二一日「新・新聞倫理綱領」を発表したが、その立派な宣言を実践するための報道評議会・プレスオンブズマン制度を一日も早くつくってほしい。

 7月30日の朝日新聞によると、法務省の人権擁護推進審議会は、独自の人権救済機関を設置することを提唱している。この機関が取り上げる人権侵害の中に、「メディア」も入っている。取材・報道による名誉・プライバシー侵害について、メディア界の自主規制にゆだねるか、深刻な被害に限ってこの救済期間が取り扱うかを検討するという。
 いよいよ、権力側から最後通告が来た。メディア界は、メディア責任制度を完成させるしかない。

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