2000年10月29日
「帰化」から「異化」へ
香川県議会の参政権反対決議浅野健一
「香川県議会が、今国会で議論されている永住外国人に地方参政権を付与する法案の制定に反対する意見書案を賛成多数で可決した」。十月十七日、帰省中のタクシーの中でラジオ・ニュースで聞いた。私は高松市一宮町の生まれで高校卒業まで香川県で暮らしており、郷土香川の動きについて常に関心を持ってきたのだが、「どういうことなのか、信じられない。讃岐の恥だ」とつぶやいてしまった。
さらに私を驚かせたのは、この意見書案をめぐる県議会本会議における藤本哲夫議員(社民連合)の発言が削除されたことだ。藤本氏が反対討論で「非常識な提案」と批判したことに対し、岸上議長は地方自治法一二九条(議場の秩序維持)に基づき、議長権限でこの発言を削除したというのだ。県議会で議員が自らの思想信条に基づいて意見表明することが、なぜ「秩序維持」違反になるのかさっぱり分からない。
国籍、民族、宗教などの異なる人たちとの共生社会を目指す時代にあって、決議は時代錯誤で非常識と論評されても仕方がないだろう。翌日の四国新聞の「一日一言」は「香川県だけが反対決議を出すのは実に奇妙なことだ」と指摘したが、少なからぬ県民と県出身者も同様の感想を抱いたはずだ。
「香川県議会ならやると思った」「超保守的な香川県だから驚かない」。高松支局で記者活動をして現在は関西にいる全国紙記者たちは口を揃える。讃岐の人間が保守的だというのは偏見だと反論したが、全国最初で最後の決議が成立した後では、説得力がなかった。
型破りの知事が誕生した長野県など各地の自治体が新風を巻き起こす中で、香川県のイメージダウンになったのは間違いないと思う。
提案した自民党議員会は五年前の最高裁第三小法廷判決をもとに、「地方公共団体の住民」とは「国民」であるととらえ、「永住外国人への参政権付与は憲法上問題があり、帰化で権利の取得を」と主張している。
ここには二つの問題があると考える。最高裁判決は「特段に緊密な関係を持つ者」については「付与する措置を講じることは憲法上禁止されていない」と指摘して、立法府(国会)で決めれば済むという判断を示している。地方レベルでの参政権付与に違憲性がないことは司法の場で決着済みである。
また、政治に参加したければ「帰化」すべきだというのは、永住外国人(約六十二万人)のうちの大多数が在日韓国・朝鮮人、在日台湾人であるという歴史的背景と、帰化手続の実態を十分理解していない見解だと思う。
「外国人参政権の慎重な扱いを要求する国会議員の会」会長の奥野誠亮衆議院議員は、「(参政権を持つ人は)国籍不明の人間ではなく、この国を大切に考える人であってほしい」(十一月二十四日の朝日新聞)と強調している。ここで「国籍不明」とされる人々は、日本の旧植民地、朝鮮半島や台湾から自己の意志に反して来日した人たちとその子孫である特別永住者だ。
在日朝鮮人の場合を見てみよう。一九一○年の「日韓併合」で当時の朝鮮人は日本国籍になった。第二次世界大戦中には日本人として徴兵・徴用された。日本の敗戦後は、日本人でも外国人でもない中ぶらりんの状態が続いた。五二年のサンフランシスコ平和条約で、一方的に日本国籍を奪われて朝鮮籍に変えられた。東西冷戦構造の中で、朝鮮は南北に分断され、日本は六五年に南半分の大韓民国とだけ日韓基本条約を結んだ。日本政府は北の朝鮮民主主義人民共和国を国家として認めず、在日朝鮮人に韓国籍を取得するか、帰化するかの二者択一を迫った。
マスコミ報道でも「北朝鮮籍」という誤記がしばしば見られるが、「朝鮮籍」という世にも不思議な「国籍不明」の市民を創りだしたのは、日本のかつての侵略と米国追随の戦後処理なのである。『パチンコと兵器とチマチョゴリ』(学陽書房)などの著書があるルポライター、姜誠(カン・ソン)氏は、朝鮮籍だから旅券がない。海外取材の度に、日本政府から「再入国許可証」をもらっていくのだが、外国に入国する際に数時間事情を聞かれることがある。「日本によって国籍を振り回されてきたと言って今も朝鮮籍にこだわる父親のために、不便だが韓国籍も日本国籍もとらない」。
今年四月に卒業した私のゼミの学生たちは「在日朝鮮人と日本のマスメディア」をテーマに共同研究した。ゼミのメンバーの中に、小学生の時まで朝鮮籍だった学生がいたが、彼が「僕は朝鮮人だ」とゼミの中で言ったのは、ゼミの研究が始まって三カ月後だった。「ゼミの日本人たちはどういうつもりで在日の問題をやろうとしているのだろうかと半信半疑だった。なぜ自分が朝鮮人であることを隠したかというと、これまで生きてきて朝鮮人だと名乗って得をすることはなかったからだ」。同志社大学には在日朝鮮人が比較的多いが、九○%以上の学生が本名を名乗っておらず、通名を使っている。
ゼミの学生たちは一昨年九月韓国で合宿したが、ソウルの東国大学の学生と意見交換をしたが、向こうの学生が最初に聞いた質問は、「日本人はなぜいまだに在日の同胞を差別するのか」だった。国連は日本政府に対して、朝鮮民族学校に対する公的補助がないことや、朝鮮学校高等部の卒業生に国公立大学への受験資格がないことを是正するよう勧告している。
この決議に賛成した議員は、そもそも「帰化」がどういう手続きで行われているかを知っているのだろうか。財産があり、犯罪歴がないことなど申請の前提条件は明示されているが、帰化を認めるのは法相の自由裁量に委ねられており、申請後の審査基準などは開示されていない。在日朝鮮人が日本国籍を取得するには、日本政府にお願いして朝鮮名を捨てるなど日本への「同化」が求められているのが実情だ。
日本社会を構成するのは日本国民だけではなく、日本に暮らす外国人も含まれている。私たちが外国に行くとき、入国ビザを申請する際、国籍とどこの住民かを分けて書く欄がある。どこの国の国民かということと、どこに居住しているかは違っていいのだ。日本に住む住民のほとんどは、日本国籍の日本国民だから、外国籍の日本市民(住民)の存在に気付かないことが多い。言語、宗教、人種もほぼ同一であることから、単一民族国家だと思い込んでいる。これでは二一世紀の地球社会で生きていけない。むしろ外国人を住民としてそのまま受け入れ、日本人とは異なる価値観を持つ外国人から学ぶことが不可欠だと思う。
永住外国人に対する地方参政権問題では、保守の一部だけでなく、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)も否定的見解を表明するなどの「ねじれ現象」が起きており、複雑な問題だ。私の友人の在日朝鮮人も、「民族教育への無理解、年金や福祉での差別などが山積みされている中で、参政権問題だけが突出して議論されるのか」と法案に懐疑的だ。
その一方で、姜氏のように、「日本側には、帰化(同化)ではなく、日本とは異なる文化や民族の存在を尊重していくためにも『異化』をすすめることが必要ではないか。また、在日朝鮮人の中でも、自治体の中で住民として認知されることで、地域社会に積極的にかかわろうという姿勢が生まれるはずだ。地方参政権は在日に対する差別をなくしていく第一歩になると思う」と期待する人も多い。
神奈川県や兵庫県のように、外国人を「外国人県民」として受け入れる自治体も増えている。
地方参政権に対しての意見は多様であっていい。しかし、日本と朝鮮との間の歴史的関係を踏まえて、日本国民と永住外国人が共生する道を探ることに異論はないだろう。香川県議会には今後、県当局がさまざまな事情で県内に住んでいる外国人に対する差別を解消し、「新しい仲間」である外国人居住者の人権を十分に尊重した社会をつくるために努力しているかどうかを厳しく監視してほしいと願う。(了)
Copyright (c) 2000, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2000.11.07