2000・11・1
同業記者が嘆く非人間的取材
元は週刊金曜日浅野健一
《確かに一部メディアによる人権侵害は目に余るが、表現、報道の自由は民主社会の基盤だけに、一般国民の批判、メディアの相互批判による改善が望ましい》(八月 日の東京新聞)《確かに「表現の自由」を掲げ、商売上の利益のために人権侵害を省みない報道もある》(九月 日の朝日新聞)。
日本弁護士連合会は一○月五、六日の人権擁護大会でマスメディアによる名誉・プライバシー侵害も対象に含めた「新人権機関」の設置を提言したが、日本を代表する全国紙とブロック紙が日弁連の動きを批判する解説記事の中でこう書いていた。
「一部メディア」に自社は入っていないかのような論調だ。この記事を書いたベテラン記者は次のような発言をどう見るのだろうか。
「(博多駅などで撮影された少女の顔が)こわばっていて報道する側も見る側も納得できない。笑っている写真を見ないことには、世間が納得しない。笑顔で手を振るとか、そういうふうな場面を設定してもいいですから」。
私は九月末、大学のゼミの学生たちと一緒に、今年五月の連休中に起きた西鉄バス乗っ取り事件の取材・報道に関する現地調査を行った。佐賀の記者たちによると、人質になっていた小学校一年生の少女が救出された翌日の五月五日夜、佐賀の司法記者クラブ(一○社加盟)の要請で父親が記者会見した際に、「早くいままで通りのおてんば娘に戻してあげたい」と述べ、「これ以降の取材は勘弁してほしい」と切り上げようとした時に、全国紙の記者がこう言ったのだ。
「事件で亡くなった方もおられ、とてもそんな気にはなれない」と固辞する父親に、別の全国紙記者は「もし撮らせてくれないなら、家の周辺に張り付いてでも取材するしかない」「我々新聞だけならばまだいいが、写真週刊誌は撮るまでしつこく取材するのだから、笑顔の写真を撮らせてほしい」と語った。
父親は「こんなことを言うのは失礼だが、もしあなたの娘さんがこういうことに遭ったら、あなたはどうしますか」と問い掛けてその場を去ったという。全国紙記者は答えに窮した。
「同じマスコミの記者としてというより、人間として情けなかった。その場に一緒にいたくないと思った」とある記者は振り返る。心ある記者たちの提案で、司法記者クラブは翌六日、「六歳という幼少で、精神的ショックも大きい」として、少女に直接取材しないことを申し合わせた。佐賀県で犯罪被害者の心のケアに取り組む民間の支援団体「ボイス」も同日、県内の報道機関に加熱取材自粛を要望した。
地元の佐賀新聞は、「ボイス」の動きを報じた記事の最後に、関連記事として司法記者クラブの申し合わせを伝えた。これに対して、「マスコミの内部のことを記事にするのはどうか」という批判が他社からあったという。
佐賀では事件を起こして九月二九日に医療少年院送りが決まった少年が通っていた中学校と、人質にされた少女の通う小学校の関係者にも話を聞いた。少年に関する報道で、中学時代に非常階段から飛び降りてけがをしたことが心の傷になっているという報道があり、テレビではその階段の映像がよく使われていたが、その映像は無断撮影だったという話を聞いた。「東京の大きなテレビ局が学校の中を取りたいと言ってきたので、この学校だと分かるような映像は困ると言っているうちに、別のクルーが無断で非常階段や教室を撮っていった」。
今年度の日本新聞協会賞は、この事件で人質の少女救出場面を写真でとらえた共同通信など四社に送られた。この写真が悪いというわけではないが、今年の編集部門を代表する報道であったかどうかには疑問がある。
新聞各紙は新聞週間にちなんで、報道被害の問題を取り上げた。政府・自民党だけでなく、「公権力の介入に批判的だった弁護士の間でも、規制に理解を示す意見も出始めた」(一○月一八日の毎日新聞大阪本社版)という危機感もあるようだ。しかし、日本新聞協会は「あくまでも自主的な措置として行われるべき」で、法規制に反対と主張するだけで、「一部」どころか、マスメディア全体が「世間」の非難を浴びていることまだ気付いていないようだ。(了)
Copyright (c) 2000, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2000.11.07