結果論で医師を非難していいのか
精神医療ユーザーへの偏見助長するメディア
浅野健一西鉄の高速バス乗っ取り事件で、日本精神神経学会は十八日までに、被疑者少年が入院していた国立療養所を調査する委員会設置を決めた。この少年に対しては、佐賀家庭裁判所で精神鑑定が行われることも決まっている。
この病院が少年の外泊を初めて認めた五月三日に、この事件が起きたことから、新潮社などの「反人権」メディアは、病院が外泊させたことが事件の原因であるかのようなバッシング報道を繰り広げた。このため、療養所の所長らが六月七日、記者会見を開いた。所長らは「治療は万全を尽くした。帰宅の判断は妥当だった」などと説明する一方、「専門家による第三者機関の判断を待ちたい」と表明した。
翌日のテレビのワイドショーでは、所長・医師らが無責任だと激しく追及した。特に少年の母親が事件前に電話で相談したという精神科医で立教大教授の町沢静夫氏が繰り返し登場して、病院の外泊許可の判断を非難した。精神疾患と犯罪が関係しているかのような不当な論評が溢れたのである。
町沢氏は昨年七月に起きた全日空機ハイジャック事件で、「週刊文春」八月五日号に「彼は精神分裂病だと思う」とコメント。今年一月の新潟監禁事件でも「週刊文春」二月十七日号で「分裂病性の緊張から来る興奮状態」と述べている。小田晋、福島章両氏らの精神病理学者らも、メディアが「不可解」と考える大事件が起きて被疑者が逮捕されると、「・・・と思われる」という怪しげな診断を下している。
しかし彼らは、これらの大人や少年を一度も診察していない。医者が相手を診ることもなくて、診断ができるのだろうかと思う。
「週刊朝日」までが六月二三日号で、「佐賀バスジャック 少年を一時帰宅させた病院釈明会見の言い逃れ」と題して、「具体的な治療の内容や少年の様子についての質問は、『プライバシーに触れるので』とはぐらかした」と書いた。また、東京のクリニック院長に「この病院は感覚が古くてズレている」などと言わせている。
週刊朝日6月23日号は「佐賀バスジャック 少年を一時帰宅させた病院釈明会見の言い逃れ」というタイトルで特集記事を載せた。
つまり、外泊許可を出す前に、病院で決められた治療順序を踏んで問題が見つからなかったから、少年が犯行を起こしたのは不可抗力だったというのだ。
「病院は最前を尽くした」と答えるばかり。具体的な治療の内容や少年の様子についての質問は、「プライバシーに触れるので」とはぐらかした。
会見をテレビで見た成城墨岡クリニックの墨岡孝・院長は次のように手厳しい。「・・・この病院は感覚が古くてズレているなと思ったが、このズレは治療にも反映していたんじゃないか」また、この会見で病院がうそをついた疑いもある。少年の両親から相談を受けていた町沢静夫・立教大教授は言う。
少年の入院をいったん「警察に捕まらないとダメ」と拒否したといわれる医師の自宅を訪ねたが、「コメントしません」とだけ言ってインターホンを切られてしまった。
朝日新聞はかつて日本の精神医療の実態を暴き、精神障害者に対する差別を告発するキャンペーンを行った。大熊一夫記者(現在、大阪大学人間科学部教授)の『ルポ・精神病棟』はその代表作である。
日本では精神病院での入院期間が先進国に比べて異常に長く、開放病棟での治療と、地域社会での支援の必要性が叫ばれてきた。一つの事件の「結果論」だけで、なぜ外泊させたのかと医療関係者を糾弾するメディアは、ジャーナリズムとは言えない。(了)
Copyright (c) 2000, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2000.08.02