柴田哲治氏・岩波コンビがまた不当な批判 『科学事件 』の 「脳死・臓器移植」の章で 浅野健一(2000年7月13日)
柴田鉄治さんは、私の著作によく登場してもらっている元朝日新聞社会部長で、リクルート「接待」疑惑スキー旅行にも参加し、恩師が急死したため江副氏のヘリで帰京した人だが、2000年3月17日に岩波書店(大塚信一社長)から発行した『科学事件 』第1章「 脳死・臓器移植」の11頁12行目で、 私のこと(だと思う)を匿名で批判している。
この人の批判はいつも荒唐無稽である。岩波にはこれまで何度も抗議してきたが、まともに回答してきたことがない。こういう出版物を出す出版社には倫理を語る資格はない。
問題の個所(11〜13頁)は以下の通りだ。
《朝日新聞が直後におこなった世論調査によると、新聞やテレビの報道に「行きすぎがあった」とする人が五九%いて、「適正な報道だった」とする人の二六%を二倍以上も上回った。
こうした報道批判に対して、私もほとんど「そのとおりだ」と同意せざるをえない。じつは今回の脳死・移植の一年半前、臓器移植法が制定されて「いよいよ実施」というとき、私は、朝日新聞社から出ている科学雑誌『サイアス』九七年一〇月一七日号に一文を寄稿し「マスメディアに注文する/「トップ記事」にするな」という主張を展開していたのである。
おそらく今回のような騒ぎになるという予感があったのと、多少でも事前に水をかけておいたほうがよいのではないかという、新聞記者OBとしての「余計な心配」からの一文だった。世界的にみれば、すでに何万例とおこなわれている医療で、もはやニュースではないこと、再開一例目にだけ関心が集中しているのは異常であること、礼賛から糾弾へと揺れ動いた三〇年前の心臓移植報道の二の舞になってはいけないこと、などの理由をあげて、冷静に報道するようマスメディアに求めたのである。
ニュース価値は相対的なものなので、事件がおこる前にそのあつかいを論じるのはきわめて無謀なことである。それにあえて挑戦したわけで、結果的にはあまり役にも立たなかったのだが、私なりにいろいろ考えたうえでの行動だった。
この事実からも明らかなように、私自身も今回の脳死・移植報道は「騒ぎすぎ」だったと評する立場に立つが、一方、世間の報道批判に便乗して「脳死・移植報道の犯罪」とか「善意の提供者がマスコミのえじきに」とかいう学者まであらわれると、「ちょっと待って下さい」といわざるをえない。
脳死・移植は「第三者の死」がなければ成り立たない、きわめて社会性の強い「きわどい医療」なのである。報道の使命からいっても、きちんと監視していかなければならないテーマである。それに、世界では何万例でも、日本では三一年ぶりという再開第一例なのである。しかも、日本初の心臓移植がすべて密室のなかでおこなわれたため大変な「暴走」で、そのために長い長い年月と紆余曲折があって、その末にようやくたどりついた脳死・移植なのだ。それだけに社会の関心が異常に高かった理由もよくわかるからである。
「行きすぎ」批判はいくらあってもいいが、報道の役割を否定するような考え方や、これを機に、脳死・移植の報道制限をしようとするような動きには、賛成できない。》
柴田氏や岩波系の出版物の多くは、私が提唱する犯罪報道の匿名報道主義やメディア責任制度を批判・非難する際、私の姓名や書名をほとんど書かない。逮捕された人の姓名を書かない原稿は欠陥記事だとか、権力をチェックするためには実名掲載が必要だと主張してきた柴田氏は、《世間の報道批判に便乗して「脳死・移植報道の犯罪」とか「善意の提供者がマスコミのえじきに」とかいう学者まであらわれる》と書いて、その学者が誰かを明らかにしない。政治党派がよく使う筆法だ。
また「報道の役割を否定するような考え方や、これを機に、脳死・移植の報道制限をしようとするような動き」を批判しているが、朝日新聞の主張と同じで、実態を見ずに、抽象的に「情報公開」を叫ぶだけであまり意味がない。
多くの読者から、柴田氏がこの本でも私を批判しているという連絡があって、読んでみた。『脳死移植報道の迷走』(創出版)152〜153頁に詳しく書いたように、月刊誌「創」の連載の中で「脳死・移植報道の犯罪」というタイトルを編集部が付けたことがあるので、柴田氏はそのことを論評しているのであろう。柴田氏は、この「学者」が誰なのかを明示し、私が主張してきた中身について言及してほしい。
最近、私のホームページを見た関西の大学生が電子メールで、「お前のような左翼教員は大学をやめろ。うちの大学にも左翼教師がいるが」と述べて、「あなたの好きな雑誌は『世界』だろう。図星だろう」と書いてきた。私の著作やホームページを読めば、私が岩波書店とりわけ「世界」の岡本厚編集長の過去数年の「犯罪」(とりわけ自衛隊派兵推進と犯罪報道の改革妨害)を厳しく批判していることぐらい知らなければ・・・。
私の愛読雑誌は「噂の真相」「創」「週刊金曜日」などだ。私は「左翼」ではない。社会民主主義者である。(日本にある政党名とは無関係)
社会科学に弱い学生諸君は、「左翼」が悪いことのように思っているらしいが、左翼の思想や理論もよく勉強したほうがいいと思う。外国の知的若者の間ではそれが普通だ。(了)
Copyright (c) 2000, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2000.07.14