犯罪被害者はなぜ実名か
静岡の高校生刺殺事件報道浅野健一
「女高生刺殺される 胸や腹部数ヵ所 沼津駅駐輪場」「女高生刺され死亡」。静岡県で高校生が刺殺された事件で、四月一九日の各紙夕刊は被害者の住所、姓名、高校名、学年、年齢を書いた。父親の姓名、職業、年齢も報じた。「髪を茶色にして、勝ち気な感じだった」(共同通信)という近所の人の無責任な談話も載った。
「知人の男を逮捕 別れ話に殺意」「交際巡りトラブルか」。「元交際相手」の男性(二七)が殺人の疑いで逮捕されたことを報じた翌二○日の朝刊では、高校生と被疑者の関係が詳しく明らかにされた。「容疑者の社内から思い出のアルバムや手紙が見つかった」「四月七日には高価なコチョウランが贈られてきたことに驚いた祖母」など、昨年からの被疑者との関係があれこれと報道された。
二○日夕刊からは、被疑者の前科が報道された。さらに犯行の動機を報道する中で、高校生のプライバシーが暴かれた。テレビのワイドショーは通夜や葬儀の模様を追い掛け、遺族にカメラとマイクを向けた。彼女の性格、評判などが、顔写真とともに好き勝手に報道された。マスコミにとってはいつものことだろうが、取材される家族の側は初めての経験で、さぞかし困惑し、動揺したことだろう。犯罪の被害者にとっても、被疑者との関係や殺され方を伝えてほしくない場合も多いのではないか。裁判の過程では、被告人と被害者のことが明らかにされるのは仕方がないだろうが、全国の読者、視聴者に伝える必要など全くない。
死亡すると必ず実名報道になるのはおかしい。被害者は原則として匿名にすべきだと思う。ところが、朝日新聞は三月二七日、事件報道で「新たな指針」を掲げたのだが、犯罪被害者についても「実名報道」原則を踏襲すると表明した。米国などで実践されている「原則として、本人や家族の同意を得た場合に実名にする」というぐらいの「改革」はできるはずだ。
私は四月中旬、新潟県柏崎市の女性監禁事件の現場を歩いたが、少女の父親を取材した記者によると、あるテレビ局は被害者の家族が住む集落全戸に、「取材で迷惑を掛けているので」という理由で、菓子折りを配った。全国紙記者は黙って玄関を開けて家の中を覗いているところを家族に発見され騒ぎになったという。「デスクは家族の気持ちを聞いてこいというので、いやいや記事を書いた。ワープロを打つ指がこんなに重く感じたことはなかった」と若い記者は振り返った。
京都の小学生刺殺事件では、周辺住民たちは「犯人も怖いが、マスコミはもっと怖かった」と話していた。
何の罪もない犯罪被害者にさえ、興味本位で群がるマスコミは、殺人事件の加害者と同じぐらい凶悪だと思う。
Copyright (c) 2000, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2000.05.08