00・8・24

下野新聞の不当な言論介入
共同通信記者の上司が“聴取” 

浅野健一

 「『別冊宝島』に中国新聞を批判する記事を書いただろう。肩書きに共同通信記者を使っているから、中国新聞が広島支局長と大阪支社長を通じて、共同通信はどう考えるかと聞いてきている。どう責任をとるのか。始末書を書いてくれ」。私が共同通信外信部記者だった一九八八年三月、編集局長が私を局長の横のソファーに座らせてこう迫った。外信部長が同席した。
 『別冊宝島』72号の「ザ・新聞」で、「新聞の人権意識を問う」と題して、中国新聞が広島大学の学部長殺人事件で被疑者の写真として、全く別人の顔写真を掲載した問題を取り上げた。共同通信の記者が加盟社を批判していいのかということだった。中国新聞は私の記事の内容にもクレームを付けてきたが、不思議なことに、私本人、発行所のJICC出版局には何の連絡もなかった。
 私が共同記者時代の二二年間のうち、八三年末からの十年あまり、現役企業内記者でありながら、外部のメディアで、メディアのあり方を中心に言論活動をしえきたが、「共同の記者として書いているのか」と糺されたことが何度もある。家族で出掛けた会社の保養所の食堂で、社会部系の幹部に取り囲まれて「マスコミで飯を食いながら、マスコミ批判をするのはけしからん。辞めてからやれ」と大声で怒鳴られたこともある。
 八月一一日号の本欄で、共同通信記者で人権と報道・連絡会メンバーの中嶋啓明氏《「良心宣言」違反を免罪 労連が『下野新聞』に賞》と題した文章を次のように結んでいる。
 〈「『下野』は、私が以前、ある雑誌で「オウム報道」を批判した際、私の所属会社を通じ「会社としての見解か」と糾してきた。もちろん、その時と同様、この文章も私個人の見解であることを明記しておきたい。〉
 下野新聞による卑劣な言論抑圧があった直後に、中嶋氏から聞いていた。中嶋氏のいうある雑誌とは、「むすぶ」(ロシナンテ社)だ。中嶋氏は「むすぶ」346号の特集《オウムがえし 「公共の福祉」と人権》で、「違法処分を煽るマスコミ」》を書いている。旧オウム真理教の信者らが各地で居住を拒否されているケースに関するマスコミの報道の在り方を批判、特に象徴的な事例として下野新聞の報道の仕方を題材の一つに取り上げた。この特集では、松本サリン事件被害者の河野義行氏も《松本サリン事件の体験から見る「オウム追放運動」》を書き、拙稿「官製住民運動とオウム新法」を載っている。
 中嶋氏によると、下野新聞社から共同通信社を通じて「共同通信としての見解かどうか」を質す問い合わせが口頭で来た旨、中嶋氏が所属する報道部の当時の部長から聞かされた。問い合わせは、共同通信社の関東総局を経由して報道部長に回されたようだ。
 これを受け中嶋氏が部長から約一○分「事情聴取」された。「共同としての見解かと尋ねてきたけれど、そんなものでないのは分かっているから」というような雑談的なものだった。そして、中嶋氏が「共同通信記者」の肩書きを使った理由を尋ねた上で、「就業規則」を示しながら、社外に書く際には、共同の肩書きは使わない方がいいのでは、という忠告を受けた。部長は、私が書いた文章のコピーを手にしており、下野新聞が問題にしたと思われる個所に傍線などが付けられていたが(傍線は、部長が付したものなのか、下野側で付けたものなのかは分からない)、内容についての言及はなかった。加盟社である下野新聞からの問い合わせなので一応、形式だけ事情を聴いたというように中嶋氏には感じられたという。
 下野新聞から中嶋氏に対する直接の問い合わせは、現在までのところ一切ない。
 私は九九年一一月一日、下野新聞社の早乙女哲編集局長に、次のような質問書を送った。
 《中嶋啓明さんが住民運動の雑誌「むすぶ」に書いた記事について、貴社が11月中旬、共同通信社に、「共同通信記者」の肩書きで書いているので、共同通信社としての見解を聞きたい、という趣旨で関東総局編集部へ連絡されたと聞きました。これについて事実関係を確認したい。@共同通信社への連絡をしたのは誰で、何を目的にどのように伝えたのかA共同通信の誰が連絡を受けて、どういう返答があったのかB「むすぶ」発行人、編集者、筆者には連絡をしたかどうか。》 
 下野新聞から何の返事もなかった。中嶋氏が本誌に書いたので、八月一○日、改めて現在の水沼富美夫編集局長(添付・早乙女哲総務局長)に、「私が前に問いあわせた件について、中嶋さん本人が、その概要を貴社の社名を明らかにして公にしました。貴社として、こうした事実があったのかどうか、お答えください。前の質問書と一緒にご回答ください」という再質問書を送った。
 水沼編集局長は八月一二日、次のようなファクスを送ってきた。
 《今回のご依頼についてこれまでの経緯などを社内関係者から聞き取りhし、ご返事を検討させていただきました。結論から申しあげますと、お尋ねに対する回答は差し控えさせていただきたいと考えます。
 お尋ねいただいております案件は、ひとえに弊社と共同通信社にかかわる事案と考えております。事案内容についても報道機関としての考え方を確認し合ったもので、他意は全くありません。
 浅野様のご要望にお応えできず申し訳ありませんが、ご理解いただければ幸いです。
 新聞編集に携わる者の一人として、人権やプライバシーにかかわる問題には最大の配慮を心掛けているつもりですが、報道との兼ね合いの中で常に腐心しているところです。弊社では昨年五月の創刊115年を機に、「下野新聞編集綱領」を制定しました。この綱領にも取材・報道における人権尊重を盛り込み、日々の報道の指針として努力しているところです》
 この「回答」を中嶋氏にも見せた。
 中嶋氏は八月一七日、下野新聞社の水沼富美男編集局長に、質問書を送った。
《同志社大学の浅野健一教授が御社に対し、この問題の事実経過に関する質問書を出されたとうかがいました。浅野教授は、私が事情聴取された直後にも、御社に質問書を送られていたようですが、御社からの回答はなかったということです。今回の質問書に対し御社は初めて「ひとえに弊社(下野)と共同通信社にかかわる事案と考えており(中略)報道機関としての考え方を確認し合ったもの」と回答され、質問に答えることを拒否しておられるようです。
 今回の件は、御社と共同にかかわる事案ではなく、「ひとえに御社と筆者である中嶋にかかわる事案」です。私の文章が、私の個人名を明記した評論であり、一読すれば「報道機関としての」共同通信の考え方などでないことは、「確認し合」うまでもなく明らかです。この点で私は、御社の認識に疑問を抱きます。一記者の考えが、全くその所属会社の「考え」と一致しなければならないとしたら、自由な言論や報道、評論活動を期待することはできなくなります。もし、御社の記者の評論に対し共同通信が御社の会社としての見解を求めたとしたら、どうお考えでしょうか。御社の記者は、みなさんが会社と同じ見解を持つよう、管理統制されているのでしょうか。御社は、そのような言論の自由のない会社なのでしょうか。御社の編集綱領の中に「新聞人の良心に従って自由に意見を述べ」とあることに敬意を表します。
 浅野教授に対する「回答書」の中で、御社は「人権やプライバシーにかかわる問題には最大の配慮を心掛けているつもり」と書かれています。御社をはじめとしたマスコミ企業内の労働者の「人権やプライバシー」が尊重されずにいて、どうしてマスコミ企業外の他者の「人権やプライバシー」を尊重することができるでしょうか。
 御社の編集綱領の中には「多様な価値観を尊重し、県民・読者の意見、提言、批判を広く謙虚に受け止め、『開かれた新聞』を目指」すと書かれています。どうか、読者の一人でもある私の「意見、批判を謙虚に受け止め」ていただけたらと思います。
 御社のどなたが共同通信の誰、あるいはどの部署に問い合わせをしたのか、目的は、どういう経緯、理由で問い合わせをすることになったのか、
共同通信から返答はあったのか、あったとすれば誰からどのような返答だったのか、「むすぶ」に対して問い合わせはしたのか、筆者である私に直接尋ねなかったのは何故なのか―についてお尋ね致したいと存じます。その上で、御社の今回の行動が、現場の一記者を萎縮させかねない軽率なものだったことについて謝罪していただきたいと思います。
 くれぐれも明記しておきますが、これは私個人のお問い合わせと申し入れです。
 よろしくご配慮下さい。》
 中嶋氏は、新聞労連に、「新聞人の良心宣言」に基づき救済を申し立てた。
 《今回の浅野教授に対する「回答書」の中で、下野は「人権やプライバシーにかかわる問題には最大の配慮を心掛けているつもり」と書いていま
す。下野をはじめとしたマスコミ企業内の労働者の「人権やプライバシー」が尊重されずにいて、どうしてマスコミ企業外の他者の「人権やプライ
バシー」を尊重することができるでしょうか。これは、私だけの問題ではないと思い、貴労連に救済を申し立てることに致しました。
 下野新聞の誰が共同通信の誰、あるいはどの部署に問い合わせをしたのか、目的は、どういう経緯、理由で問い合わせをすることになったのか、共同通信から返答はあったのか、あったとすれば誰からどのような返答だったのか、「むすぶ」に対して問い合わせはしたのか、筆者である私に直接尋ねなかったのは何故なのか―について調査の上、下野新聞に対し今回の行動が、現場の一記者を萎縮させかねない軽率なものだったことについて筆者に謝罪するよう申し入れていただきたいと思います。》
 新聞労連が九七年二月の臨時大会で採択した「新聞人の良心宣言」の「解説」で示した「基本姿勢」の一つに、次のような記述がある。「この宣言に基づいて、言論の自由を守り、真実の報道を続けようとする新聞人に対し、会社側が不当な圧力や処分をしてきた場合は、新聞労連がこの新聞人を守るために全面的に支援する。具体的には、新聞労連の本部にFAX(○三ー三二二一ー○九四八)を設置し、各組合かや個人からの訴えや意見を広く受け付ける。/さらに多様な価値観を尊重したうえで、メディア間の相互批判を積極的に行うとともに、報道被害をなくすための内部の自浄努力と合わせて、自主的機関としての第三者も交えた報道評議会の設立を目指す」。
 「良心宣言」の決定に尽力した北村肇・元新聞労連委員長は、私も同席したシンポジウムなどで、「もう一○年早くこの良心宣言が出ていれば、浅野さんは共同通信を辞めなくてよかった」と言っていた。そうだと思う。

浅野ゼミのホームページに戻る


Copyright (c) 2000, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2000.11.07