2001年2月22日
1・23質問書に対する朝日新聞からの回答 浅野健一
私は二〇〇一年一月二三日、朝日新聞東京本社の箱島信一社長、佐藤公正「報道と人権委員会」事務局長と同委員会の大野正男、原寿雄、浜田純一各委員に対し、次のような四項目の質問書を送った。
1浜田純一委員の「抱負」について
浜田純一委員の「抱負」の中での次のような発言には、かなり問題があります。
《メディアの人権侵害が問題になっています。以前よりメディアの数が増え、取材と報道が集中豪雨的になったことと、国民の人権意識が高まったために起きている問題だと思います。
最近、人権侵害の面が強調され、報道の自由の意義を擁護する意見があまり聞かれません。メディアが委縮し、本来報道すべきことまで抑制してしまうのではないかと気がかりです。
人間の好奇心は抑えきれません。それはメディアも同じでしょう。でも、それではもう通用しませ
ん。メディアは自主的に取り組む必要があります。具体的には、各社ごとに内部チェック機関を設け、専門家や読者の意見を聞く。メディア側も自らの考えを述べ、議論を紙面で紹介するなどオープンにすべきです。
いま必要なのは、問題点を共有して社会的な議論をすること。人権侵害と報道の自由について、バランスの取れた考え方を見いだすことだと思います。
問題解決を急ぐあまり、権威を持った第三者機関をすぐに設けるのは反対です。裁判所でも意見が割れている問題を一律に解決できるとは思いません。「こうすべきだ」とメディアを従わせる方法は危険を伴います。むしろ開かれた議論の場作りが大切なのです。
名誉棄損の裁判では、公共の利害に関する事柄で、公益目的があって真実と信ずるに足る相当の理由を裁判所が認めれば、メディア側の責任は問われません。メディア側はそれでよしとせず、仮に報道内容に問題があったと自ら判断すれば、追加記事で補うことが必要です。書かれた側の事実上の救済にもなり、読者の知る権利にさらにこたえることになると思います。
被害者の人権救済も報道の自由も共に大切な価値。対立的にとらえず、並行して考えたいのです。》
浜田氏の見解で傍線部分に対する貴社の見解をぜひお聞かせください。
2 国内新聞初めてという記述について
一月三日付の紙面では、新・委員会は「人権問題に絞った本格的な社外組織を持つのは国内新聞社では初めて」とうたっています。しかし、毎日新聞は二○○○年一〇月一四日、社告で「『開かれた新聞』委員会」の設置を発表し、毎日新聞が独自のオンブズマンと自称しています。毎日新聞の委員会は、「人権問題に絞った本格的な社外組織」ではないということでしょうか。
「国内新聞初めて」という記述は誤っていないのでしょうか。
3 オンブズマン制度と呼ばれていることについて
毎日新聞は本日(一月二三日)の「追跡 メディア」の頁で、「我が国」の朝日新聞など四社の新組織を「複数の社外委員による日本の独自のオンブズマンともいえる」と定義しています。「当社のは年に三回集まってもらうだけで、八人の委員の意見を紙面に反映させてもらうもので、オンブズマンではない」(新潟日報編集局)という声も上がるなど、混乱が見られます。
また新聞労連は二○○一年一月一○日の会議で報道評議会原案の一部を手直しし、成案を作成しましたが、その中で《昨年秋から毎日新聞が「開かれた新聞」委員会、朝日新聞社が「報道と人権委員会」を立ち上げるなど、新聞各社の自主的なオンブズマン制度創設を受けて、[はじめに]の中の「市民の報道への信頼は、もはや各報道機関ごとに読者対応室や法務室などを作って対処するだけでは回復できない段階にきている」との表現を削除》しました。貴社と毎日新聞の委員会を「オンブズマン制度創設」と見なしています。また、二○○○年一月一日の新聞労連の機関紙によりますと、新聞労連の「01春闘」運動方針案は、毎日新聞の委員会を「オンブズマン・システム」と呼び、朝日や共同通信と地方紙などの「報道と人権」機関の設置を評価しています。労連のこの見解に私は到底賛同できませんが、貴社と三委員の方々は、自分たちのことを「オンブズマン」と認識されていることについてどうお考えでしょうか。
4 報道評議会設立について
昨年一○月横浜市で開かれた日本新聞協会の第五三回新聞大会最終日の研究座談会で、新聞倫理綱領検討小委員会委員長の中馬清福・朝日新聞社専務が、六月に制定された新しい新聞倫理綱領の精神などについて特別報告しました。
《中馬氏は「人権の尊重」や「プライバシーへの配慮」など新綱領策定にあたって特に重視した点にふれた後、昨今の報道による人権侵害が「知る権利」や「表現の自由」の規制につながりかねないことに懸念を示し、「手遅れにならないうちに、新聞は人権問題について手を打つべきだ」と指摘した。さらに「その場合、肝心なことは、あくまで新聞自体が、自主的に解決を策定し、具体的に実行することだ。政府をお目付け役にするなど論外、『政府から独立した新しい人権機関』も受け入れるわけにはいかない」などと述べた。》(一○月一八日の朝日新聞)
中馬氏の問題意識は正しいと思います。「新聞自体が、自主的に解決を策定し、具体的に実行する」という宣言を現実化してほしい。「新聞自体」とは新聞界全体で自らの責任制度をという意味ではないでしょうか。
朝日新聞が日本に真のメディア責任制度(プレス界全体の統一報道倫理綱領制定と報道評議会・プレスオンブズマン制度)を確立するためにイニシアティブを発揮されるよう期待していますが、今後どのような取り組みをなさるおつもりでしょうか。
以上の四つの質問について、1月29日までに回答ください。回答には回答者の役職名、姓名を、明記くだされば幸いです。
二〇〇一年一月二三日、朝日新聞「報道と人権委員会」に対して送付した質問に対し、一月二九日事務局長の佐藤公正氏より以下のような回答があった。
《報道と人権委員会に関心をもっていただき、ありがとうございます。
以下、ご質問にお答え申し上げます。なにぶんにも発足したばかりでして、ご承知のような現実のなかで走りながら手探りであるべき姿を求めて考えていくことになろうと思っています。今後とも、ご教示くださいますようお願い致します。
^ 浜田委員の「抱負」について
ご指摘の下線部分は、浜田委員自身が述べられた意見です。個々の内容の当否について本社が論評するつもりはありません。
_ 国内新聞初めてという記述について
本社には、外部有識者による「紙面審議会」、読者との窓口である「広報室」の充実など、十数年来の仕組みと活動実績があります。そのうえに立って重層的に、とくに今日的な報道人権問題に本格的に焦点を合わせた社外組織を新たに用意したものです。「初めて」を競い合うつもりはありませんが、新聞社ぞれぞれに独自の経緯と理念を持った仕組みをつくりだしているのだと理解しています。
` オンブズマン制度と呼ばれることについて
オンブズマンなる外来の用語は、報道分野に限らず近年国内でよく使われるようになっています。しかし、その意味する内容や活動の実態はひとつの確定した定義でくくられるほどまでには必ずしも成熟していないように思われます。ひらたくいえば、ひとさまざまに思い描いている面があります。したがって、どのように呼称するかされるか――ということよりも、私たちとしては生まれたばかりの組織がいかに所期の目的にそって有効に機能するかが当面の最大課題です。その結果に対して、自他共に本当にふさわしいと考える呼称が定着してくるのかもしれません。
a報道評議会設立について
これまでの私たちなりの努力のうえにこの新しい組織があることは先述した通りです。これがご指摘の中馬報告を現実していくためのひとつの方策であることはいうまでもありません。まず足元をきちんと固めることが大切だと思っています。共通の問題意識のもと、各社それぞれに方策を考え、目に見える動きもさらに出てくるに違いありません。その先に、あるいは平行して新聞界全体として取り組む機運が出てくる可能性も十分ありえるのではないでしょうか。ともに排除しあうものとは考えておりません。》私は三人の委員にも質問したのだが、三人からは全く回答がない。
朝日新聞の回答は、私の質問に真正面から答えていない。浜田委員の意見について、「本社が論評するつもりはありません」というのだが、それですむのだろうか。「オンブズマンなる外来の用語の意味する内容や活動の実態はひとつの確定した定義でくくられるほどまでには必ずしも成熟していない」「ひとさまざまに思い描いている面があります」というのだが、言葉を大切にする新聞社の見解としてはお粗末すぎると思う。オンブズマンは北欧で開花した概念であり、国際的に見て最低限充たすべき基準がある。
メディア責任制度に関して、「新聞界全体として取り組む機運が出てくる可能性も十分ありえる」などと、まるで他人事のように言っている時期ではないはずだ。
前号で述べたように、毎日新聞の「開かれた新聞」委員会の事務局と委員に三回にわたって質問書を送ったが、委員会事務局長平沢忠明氏より、二〇〇〇年一二月二七日次のような回答があった。
《読者と毎日新聞の間に立った委員に「第三者」の視点から毎日新聞の報道をチェックしていただくシステムとして、弊社が創設いたしました「開かれた新聞」委員会につきましては、様々な方からご意見をいただいております。
弊社は、そうしたご意見を参考にしながら、この委員会をより充実させていきたいと考えております。》
これでは何の回答にもなっていない。委員会は研究者にも「開かれていない」ようだ。
Copyright (c) 2001, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2001.02.25