2001年12月28日

在米日本大使館参事官に聞いた
ハーバード大学季刊誌上の見解

浅野健一

 既に本HPで明らかにしたように、米ハーバード大学の季刊研究誌「季刊ハーバード・アジア」(Harvard Asia Quarterly)編集部から二〇〇一年秋号に原稿を頼まれた。特集「九・一一に関するアジアの見方」で、「日本と米国の戦争 自民党タカ派は絶好の機会と見ている」というタイトルで三ページにわたって掲載された。特集の寄稿者はCNN北京支局長、ハーバード大学教授(中国政府研究)、インドのハーバード大学大学院生(タイムズ・オブ・インディア紙に寄稿)、シンガポールのストレートタイムズ記者、アフガニスタン物理療法・リハビリ支援(PARSA)代表らが書いている。
 私は一〇月二五日に原稿(英文資料1)を送った。編集部から「日本が湾岸戦争でお金しか出さず、軍事的な貢献ができなかったことが日本人のトラウマになっているのは真っ赤なウソだ」という一文をもっと説明してほしいということだった。私はその理由を挿入した。文章が指定の字数をかなり上回っていたため、編集部が短くしたものが送られてきて、私も同意して掲載された。
 雑誌が送られてきて、驚いたのは、私のエッセイの二ページ目にの三分の二ほどのスペースに、ワシントンの在米国日本国大使館のKAZUYUKI KATAYAMA氏が「日本大使館からの見方」というタイトルで、日本政府と自民党タカ派が繰り返している「日本は米国の同盟」「テロと最後まで戦う」などという見解を表明している。
 私はこの大使館員とのやりとりを、同誌の記事と原文を付けて、同志社大学人文学会発行「評論・社会科学」67号(2002年1月初旬発行)の研究ノート「極右化する日本とメディア」の中で紹介した。
 日本外務省北米一課によると、「在米合衆国日本国大使館に片山和之氏という経済参事官がいる」ことが分かった。
 片山氏は、「クウェート政府は米ワシントン・ポスト紙に、独立と主権を取り戻すに当たって支援してくれた三〇カ国の外国に感謝の意を表明する広告を掲載した。日本はこのメッセージの中で言及されなかった。その結果、日本は国際社会の中で、正当なメンバーとして扱われなかった。/このことは私を含む多くの日本人にとってトラウマになった」などと、外務省が九・一一以降展開してきた大うそを書いている。
 編集部は筆者紹介のところで、「京都大学を卒業,ハーバード大学修士号も取得しており,北京と香港でも学んでいる。ワシントン赴任前に北京に駐在した」と書いた。その上で,わざわざ「日本大使館の公式見解ではない」とことわっている。しかしタイトルの通り「日本大使館」を見事に代弁している。
 私の原稿をハーバード大は載せるだろうかと思っていた。片山氏の意見を載せてバランスをとったのだろうが、他の寄稿者にはそういう「配慮」はない。米国らしくない編集だと思う。
 私は一二月一二日、日本国外務省国内広報課を通じて片山氏と宮島昭夫外務省北米一課長に次のような質問書を送った。
 《片山氏と外務省の責任者の方に以下のことをお聞きしたいと思います。ご回答は私の研究教育活動、執筆活動などに使わせていただきます。
 まず、片山氏にお聞きします。
 1 この文章を書く前に、私の掲載予定の原稿を編集部からもらって読んだのでしょうか。また、私の原稿の内容を口頭で聞いたのでしょうか。
 2 クウエート政府が米ワシントン・ポスト紙に寄せた広告の中で日本のことが言及されなかった結果、日本は国際社会の中で、正当なメンバーとして扱われなかった、という事実はあるのでしょうか。その根拠を示してください。
 3 2で引用したことが、片山さんを含む「多くの日本人にとってトラウマになった」という事実はありますか。その根拠を教えてください。
 4 編集部は筆者紹介のところで、わざわざ「日本大使館の公式見解ではない」とことわっていますが、これは片山さんの要望で記載されたのでしょうか。
 次に日本国外務省の責任者の方にお聞きします。片山氏の記述について、どう思いますか。》

 片山氏から、一二月一三日午前、電子メールで回答があった。
 《質問番号に沿って下記の通り回答させて頂きます。なお、御自宅及び同志社大学研究室に直接電話を差し上げましたが、あいにく御不在でしたので、電子メールにて御連絡申し上げます。宜しくお願い致します。

1. 浅野教授の原稿を事前に編集部からもらって読んだ事実はありません。そもそも、浅野教授が原稿を寄稿していることは、今回外務省国内広報課経由で転送されたFAXで初めて知りました。ちなみに、一二月一二日現在、雑誌編集部からは寄稿が掲載されている雑誌の送付を受けておらず、したがって、当該雑誌をまだ入手しておりません。浅野教授を含め、他にどのような寄稿者が予定されていたのか編集部から事前に連絡は受けておらず、また、こちらからも聞いた経緯はありません。したがって、御指摘のようなレイアウトで掲載されていることを聞き、正直びっくりしました。

 なお、私が本件執筆を引き受けた理由は、同雑誌編集部に知人の知人がいたこと、ハバード大学の東アジア研究のコースに八〇年代後半籍を置いていた経緯があることから、編集部より私宛執筆を依頼されたもので、全く個人的な立場であればとの前提で寄稿したものです。したがって、本件寄稿は、私の全く個人的な行為で大使館・外務省は関与していません。

2. 一三〇億ドルも財政援助を行ったにもかかわらず、クウエイト政府の感謝広告の中に日本の名前がなかったという事実が、当時個人的にショックであったし、イラクのクウエイト侵攻に反対する国際的な主要活動のメンバーとして、日本がクウエイト政府に認識されていなかったのかと非常に残念な気持ちがしました。私としては、当時、日本の貢献が正当に評価されていないとの不満を有するとともに、一方で、国際社会の厳しい「現実」をも見せられたという思いを持ちました。上記広告がクウエイト政府の“Global Family of Nations" への感謝メッセージの形となっていたので、そこに含まれていない日本は、クウエイト政府によって “Japan was not treated as the `Global Family of Nations'" であったとの私の率直な思いを書きました。

3. 新聞や雑誌で発表される各種の意見・評論、あるいは、今回のテロ対策特別措置法が迅速に国会で立法された事実等から、私としては、国際社会に対する明らかな挑戦に対し、日本として主体的に何をなすべきかとの問題についての国民及び政府の意識が以前に比べより高まっていると判断しています。そして、この背景の一つには湾岸戦争の教訓もあったものと個人的には考えています。そのことを、“This severe reality was traumatizing to many Japanese including myself" と表現しました。

4. 執筆に当たっては、上記1の経緯があったため、全く個人的な見解であると編集部に対し当方から強調した経緯があります(私が属している経済班は、テロ事件の直接の担当班ではありません)。また、私が寄稿すること及び寄稿内容について、大使館・外務省は関知していません。

   在米日本大使館経済参事官

               片山和之》

 片山氏の回答が事実なら、「季刊ハーバード・アジア」編集部のレイアウトに問題があったと思う。片山氏は《クウエイト政府の “Global Family of Nations" への感謝メッセージの中に日本が含まれていなかったから、日本がクウエイト政府によって “Global Family of Nations" のメンバーとして正当に評価されていなかったと説明しているが、同誌に掲載された英文は “Japan was not treated a legitimate member of the international comunity." となっており、クウェート政府の言う「地球家族の一員とはは書いていない。“As a result," から後は、クウェートから見た世界のことではなく、国際社会が日本をそう見ていたということだと思う。
 外務省のキャリアの人たちが付き合っている米国などの支配層の人たちの間で、片山氏は《国際社会の厳しい「現実」》を見たのかもしれないが、かつての侵略で日本軍の犠牲になったアジア太平洋の人々や多国籍軍の軍事行動に同調しなかった国々と民族もまた、国際社会の一員であることを忘れないでほしい。
 北米一課長からは何も返事はなかった。
 片山氏から一二月一四日に届いたメールによると、《まだ、雑誌そのものを見ていないのでよくわからないのですが、私が編集部に出した原稿では、新聞広告の表現をそのまま引用して、Japan was not treated as the `Global Family of nations' と書きました。ご指摘の表現に変わっているとするればなぜかよく分かりません。また、戴いたファクスの私の記事の分量から推察すると、最後にパールハーバーとの関係について書いた部分も削除されているような気がします》ということだった。
 片山氏にはこの間のやりとりを「評論・社会科学」などで公表することを伝えている。

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