2001年7月7日 

書評
『インドネシア』後藤乾一編 早稲田大学出版

浅野健一



 私は四月末から五月初めにかけてインドネシアに滞在した。初めての民主的な選挙で選ばれたワヒド大統領が議会から二回目の問責決議を突き付けられ政治的混迷を深めたことを日本のメディアは大きく報道していた。一九八九年から九二年まで、私は共同通信ジャカルタ特派員を務めたが、当時はスハルト元大統領が強権政治を敷いており、大きなニュースがあまりなかった。九八年五月にそれまで三二年間続いていたスハルト政権が崩壊した後、インドネシアに関する報道の量は、一挙に増えた。
 それでも日本人はまだまだこの東南アジアの大国をよく知らない。「日本軍の占領はインドネシアの独立を助けた」「親日派が多い」などという誤った歴史解釈がまかり通っている。戦時中に日本が行った侵略の傷跡がいまだに深刻で、戦後も日本の政府開発援助(ODA)と民間投資がかならずしも人民のためには使われていないことを、私自身もジャカルタで三年半暮らして初めて知ったことだ。
 日本にとって非常に重要な国であるインドネシアの最新事情を知るには最適の本である。ジャワの社会史の権威である倉沢愛子氏が一九九九年の総選挙と大統領選を、スハルト体制をラディカルに批判してきた村井吉敬氏が、フィールドワークをもとに日本が支援してきたインドネシアの「開発」でいかに多くの人々が傷つき倒れてきたかを論証。若手の研究者ディディ・クワルタナダ氏は最新の調査を駆使してインドネシアの華人問題を論じている。後藤乾一氏は九九年八月の住民投票で独立が決まった東ティモールと日本のかかわりを国際的な視野で検証している。
 先の総選挙は私も選挙監視員の一人として参加し、国連主導の東ティモールの住民投票も現地で取材した。スハルト体制の人権抑圧、環境破壊と日本とのかかわりは極めて密接だった。スハルト体制の遺制が強く残る中で民主化へすすむインドネシアをあたたかい目で見守る四人の研究者の真摯な姿勢と、「私たちがカネとコネの関係から脱却していくことこそが、インドネシアの人びとの願いに応えることになる」(村井氏)という提言に私も応えたいと思う。

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