浅野健一インタビュー
「ジャーナリズムとアカデミズムの間で」以下のインタビューは「ジャーナリズムとアカデミズムの対比」をテーマとした、京都大学新聞社によるインタビューで、2001年2月13日に行われたものである。なおこのインタビューは「京都大学新聞」2001年3月1日号(2次試験受験生特集号)に掲載された。
―共同通信社を退社された後に大学を活動の場として選ばれたのはなぜですか。
選んだというか、私にとって同志社大学は自分の良心を守るための亡命先なんです。共同通信で私はいじめにあっていたんですが会社の幹部が間違っているのであって、自分が間違っているのではないと思っていましたから、自分の考えを曲げずに闘ったわけです。その結果、さらに嫌がらせが激しくなった。本当は共同通信の外信部記者を続けたかったんですが、できなかった。いわば政治亡命です。で、学生には申し訳ないのですが、私は今でも現場の国際ジャーナリストとしての仕事があったら同志社を辞めてそっちに行くと公言しています(笑)。
なぜ同志社なのかといえば、同志社のようなリベラリズムのある大学か、私を宣伝塔に使うような大学しか採用してくれそうになかったからですね。同志社のような大学には、私を嫌う人は少ないと思います。もっとも、今は私を採用したことを失敗したと大学当局の一部は思ってますよ。というのは、僕は徹底的な人民のための教育をしているからです。人民のための教育というのは徹底的に権力を批判するような教育のことですね。―実際に教壇に立ってみて感じていることはありますか。
若い人は感性が鋭く、一緒にいたり議論したり喧嘩したりするのは楽しいですね。僕は同志社に来る前から非常勤講師として東京経済大や慶応で教えていたし、京大や同志社にも講演会などで何度も呼ばれています。若い人と話すのはもともと好きなんです。
同志社大学文学部には新聞学専攻があってジャーナリストを目指している学生が多いし、日本のジャーナリズム研究における本流ですから、そこの学生と共に学べるわけです。教員公募に応募して受かったときはうれしかったですね。
最近多くの学生は保守反動化していますが、同志社大学の新聞学専攻に来て、きちんと現実を見据えて共に考え、討論して、人に会うことで学生は確実に変わりますよ。少なくとも小林よしのり氏らの本には騙されなくなる。事実を知らないから反動化してしまうわけです。だから若い人の可能性を考えると、教育が大事なんですよね。ただ決して教えるとか指導するのではなく、共に学ぶという姿勢が大事だと思います。教授が学生より偉いということは全然なくて、大学ではみんながスチューデント―学徒なんです。教員の役割は学生の持っている自分の経験なども踏まえて才能を見抜いて引き出して開花させるサポートをすることだと思っています。―ジャーナリストが教壇に立つことは、日本では珍しいですね。
僕はアカデミック・ジャーナリストという言葉を使うんですが、日本では馴染みがないですね。オーストラリア、アメリカなどにはたくさんいます。ジャーナリストがアカデミズムで研究者・教育者をしている。こういう職域はあって良いんじゃないかと思っています。例えば本多勝一さんのようなジャーナリストが教壇に立ったら面白いでしょうね。
ただ多くの教員が学問的業績がないじゃないかと強く反発しています。彼らはアカデミズムというのは、研究の内容ではなくて博士号を持っているのかとか、その博士号はどこで取ったものなのかとか、そういう風に考えているんですよね。だから僕みたいに何も学問的業績はないけど教授をしてるって人間はうっとおしくてしょうがないのではないでしょうか。僕はよく「あいつはアカデミックじゃない」と言われますが、それが嬉しくてね(笑)。向こうは軽蔑してるつもりなんですけど、こっちには「現在の彼らのようなアカデミックになんかなってたまるか。世の中の役に立たない学問なんて意味がない」という思いがあるわけです。
ジャーナリズムの側は逆に、あいつらアカデミズムの連中はメディアの現実なんか分からないくせにと馬鹿にしているんですよね。でもジャーナリストもやっぱりだめですね。タバコをふかして、酒を飲んで天下国家を論じてたら格好良いと思ってるけど違うんですよね。大学教員と互角に議論できるくらいちゃんと勉強しなきゃだめなんですよ。―ジャーナリズムとアカデミズムはどう違うんでしょうか。
僕はアカデミズムとジャーナリズムは、両方とも人民の知る権利に応え社会に貢献するという役割を担うべきだと思っています。そういう点では同じなのですが、一方でアカデミズムとジャーナリズムには大きな違いを感じています。ジャーナリズム活動が現場に出て今起きていることを伝えるのに対して、アカデミズムではあるひとつのテーマについて歴史的背景やその意味付けをじっくりと追っていくということでしょうね。ジャーナリストのほうはいろんな事を見てフォローしなければいけない。野球の結果から交通事故から、あるいは哲学的なことから、雑多なことを見るわけです。アカデミズムのほうは専門分野がいろいろあるわけです。
例えばインドネシアの味の素事件。問題になった味の素に対してインドネシアのイスラム教徒の民衆がどのような感情を抱いているか、どういう論調でいるかを調査してリアルタイムで伝えるのは全部ジャーナリストの仕事です。一方で、この事件の社会・文化的背景を研究するのはアカデミズムの仕事になってきます。どちらか一方がより大切だということじゃなくて、この両方が必要なんですよ。ただ、方法論は違っても目的は同じ、人民の知る権利に奉仕するということなんです。―ジャーナリズムとアカデミズムの世界を両方見てこられて、問題だと感じるところはありますか。
マスコミ企業と大学ってすごく似てるんです。両方とも自分たちは正義であって間違わないし、すごく偉いと思っている。それに周りも何となくそう思っているから、あまり批判されない。あんまり京大教授の悪口は言わないですよね。閉鎖的なアカデミズムの世界を指して、「象牙の塔」という言葉がありますが、世間が何を言おうと俺たちは俺たちの好き勝手にやれば良いんだと居直ってる部分があると思います。確かに経団連が何言おうが警察が何言おうが、権力からは独立して俺たちは勝手にやるぞっていうのは良いんだけど、人民に対しても勝手にやるぞという意識を持っているのが問題ですね。それを防ぐためには大学が本当に人民のために役に立っているのだろうか、大学で本当に自由に研究活動が行われているのかということを監視するシステムが必要です。
―浅野さんは著書(略歴参照)などで繰り返し、報道機関による自主的なオンブズマン制度が必要だとおっしゃっていますね。
それは、大学の場合にも全く同じ事が言えると思います。この場合は授業料払って教育を受けている学生が主体です。学生がこういう授業をしてほしいとか、今度の採点はおかしいんじゃないかとか、教員の採用がおかしいんじゃないかとか、そういうフェアじゃないと感じることを自由に注文することができて、それに対して大学はきちんと調査して対応を発表する。この仕組みは絶対必要です。ただし、この主体が文部科学省や文部科学省が指名する識者であってはいけないのです。京都大学オンブズマンを指名する主体は、京都弁護士会の会長など京都大学とは無関係な人たちでなければいけません。
今は大学の社会的責任が問われているわけで、人民からの、あるいは学生市民からの批判を受け付けないっていうのはおかしいですね。昔のように大学が一部のエリートだけが学ぶ場だったときにはそういう理屈も成り立ったかもしれないけど、今はだめですよ。にもかかわらずアカデミズムもジャーナリズムも自分たちの精神的自由を市民が提供してくれている事を忘れて誤ったエリート意識を持ってしまっていますね。ウォルフレンが『人間を幸福にしない日本というシステム』などの中で言うように、今の日本がダメなのは大学とマスコミがダメだからなんだと。僕もその通りだと思います。学生もそうなんですよ。労働者が納めた税金で京大の電気がついたり、コンピュータが使えたりすることをみんな忘れている。学生も市民のため、あるいは京大に入れなかった人たちのために、社会に対してきちんと責任を取らなければいけない。遊びたいだけなら大学に来てはいけません。―耳の痛いお話です・・・。ジャーナリズムとアカデミズムは市民のために、今後どのような関係を築いていけばよいのでしょうか。
ジャーナリズムとアカデミズムが市民のために協力することは非常に大切ですね。
ジャーナリズムを研究するアカデミズムや、ある程度時間をかけてアカデミズムのように取材するジャーナリズムなどがもっと増えるべきだと思います。アカデミック・ジャーナリストやジャーナリスティック・アカデミシャンが多くなったら面白いでしょうね。しかし、日本ではアカデミズムとジャーナリズムが対極としてとらえられています。ジャーナリストもアカデミシャンもお互いを馬鹿にしている。僕の教え子がある九州の放送局を受けたときに、その放送局の新聞社の天下りである社長が「ジャーナリズムやってんの!? だめだよ、ジャーナリズムとアカデミズムはあい入れない。ジャーナリズムを学問するなんてナンセンスだよ」と言ったそうです。だけどこれこそ間違えてるんですよね。
外国ではアカデミズムとジャーナリズムが相互に関連しています。僕のようにジャーナリストが大学の教員になったり、その逆も多い。ジャーナリストはアカデミズムから学ぶべきだし、アカデミズムを刺激するようなジャーナリズムじゃなきゃいけない。ふたつは緊張関係にあるべきなんです。―アカデミック・ジャーナリストとして浅野さんは今後どういう活動をしていくつもりなんですか。
やはり日本でジャーナリズム研究というものを学問分野の一つにしたいですね。ジャーナリズムのあり方というものを科学的に追求したい。例えば日本のワイドショーっていうのはどうなのかっていう研究も誰もしてないし、記者クラブもそうです。世界の報道評議会、オンブズマンというのはどういう風になっているのかとか、あるいはプライバシーや表現の自由の問題。そういういろんな問題について研究者を育てたいですね。何のためにジャーナリストは存在しているのか、ジャーナリストが今どこに立つべきなのかということを調査・研究してアカデミックに提示していきたいですね。
今の社会には憲法改悪、徴兵制の時代、国家のために私的なものを捧げるべきだという時代が来る兆しがあります。本当に厳しく問われ、処罰されなければなければならないのは天皇の戦争責任であり、外務省の室長であり、私たちの期待を裏切っている公人なのに、今は国家の罪に対してはすごい寛容で、市民のちょっとした罪には厳しい時代です。昭和天皇の死を「崩御」と表現し、彼の戦争責任を書けないっていうのはジャーナリズムじゃないですよ。
アカデミズムもそうですね。ちょっと前の話になるけど、京大で野田正彰さんが非常勤講師をしているときに、授業で南京大虐殺のビデオを見せたらしいんです。そうしたらある学生が手を上げて「でっち上げです」と言ったと。その発言にも、野田さんの反論にも、他の学生はまるで無関心だったそうです。これはとても恐ろしいことだと思います。この原因としてひとつは右翼などの組織的なものがあると思うんですよね。もうひとつは小林よしのり氏ですよね。小林よしのり氏的なものが反権力だと思ってるんですよね。もうひとつの、しかももっと強力な保守なのに反体制みたいに見える。中曽根康弘氏や林健太郎氏ら歴史修正主義者の再来なのに。今の時代は、本当に1930年代に似ている。日本のアカデミズム・ジャーナリズムも1945年8月15日の前と後で深いところでつながっている。国民の意識などはかなり似ていると思いますね。戦中と戦後の違いは、今は憲法があるからこんな事を言ってもぼくは捕まらないということです。しかし、その憲法もいつまであるか分からないわけです。
将来経済不況など社会的混乱に見舞われる時代が間違いなく来るでしょうね。しかし今の政治にも何も期待できないし、お先真っ暗なわけですよ。だから皆さんのような若い世代がヨーロッパで今花開いている社会民主主義、オルタナティブな社会を求めていくことが、そして地道な活動が本当に求められていますね。まあジャーナリズムとアカデミズム、そして後は政治、この3つがうまく融合し有機的に動く社会を作るために発言していきたいですね。基本的には自分の領域であるマスメディア研究で主張していきますけど、最終的には本当の意味での民主主義、人間の尊厳を尊重する社会を作っていきたい。そのために逮捕されても殺されてもいい覚悟で戦う決意ですね。
大塚金之助っていう社会思想史の先生がいつも自分の授業の最後に言ったのは、「日本はファシズムになる兆しがあるときには、諸君は自分のできる範囲で戦って欲しい、それが社会科学を勉強している君らの責任だ」ということなんです。僕はたいしたことはできないけど、そのことはずっと忠実に守ろうと思いましたね。今は侵略戦争の兆しがあるから僕はできる範囲で闘うんですよ。たとえば2月11日に僕はあえてゼミをやりました。絶対にあの日を建国記念日にしてはいけないんです。そういう風に自分のできる範囲で闘うわけです。そういう風にして闘わなければならないときが来ましたね。―ジャーナリストを目指す受験生・学生たちへメッセージをお願いします。
ジャーナリストはすごく楽しいですよ。僕はもう一回大学4年に戻ってもマスコミを受けたいと思いますね。普通の人が行けない所へ行って、ニュースを送るっていうのは本当にやりがいがある仕事です。例えばワールドカップの日本対ジャマイカ戦をスタジアムの最前列で見られる人なんてめったにいないでしょう。
でも逆に真実に反したことを伝えたら、74年の甲山事件や松本サリン事件など残念ながら実例がいくらでも思い浮かぶのですが、それはもう犯罪です。ジャーナリズムは人を救うこともできるし、人を殺すこともできる。世界を戦争に導くこともあるし、戦争を止めることもできる。ジャーナリストとはそういう大変な仕事なんです。「ジャーナリズムは民間の教育機関である」と甲山の山田悦子さんは強調しています。
だから漠然と朝日新聞に入りたいとか、給料が高いから格好いいからっていう理由ではやめたほうがいい。自分は文章を書いたり取材するのが好きだ、あるいは人に何かを伝えることが好きだという人に、ジャーナリストになってもらいたいです。そして若い人たちに今の問題だらけのマスコミを変えて欲しいですよ。新しい世代の感覚で、国際的にも恥ずかしくないようなマスコミにね。そうしないと本当に日本の社会はだめになってしまいます。
将来ジャーナリストを目指す人は、学生時代からジャーナリスト的な活動をするのも良いでしょう。自分でホームページを開いて発信してみるとか、あるいは京大新聞社に入ってもいいし。そこで出会ういろいろな現実が自分を鍛えてくれます。
あまり肩肘張らないでいいかもしれないけれど、ジャーナリストという職業は非常にクリティカルな仕事なんだということは肝に銘じておいて欲しいですね。―ありがとうございました。
Copyright (c) 2001, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2001.05.17