2001年9月8日


「やらせ」を示す「ニュース11」
NHKが未編集テープで求釈明
喜田村洋一弁護士ら

浅野健一

 NHKが講談社に1億2000万円などを要求している損害賠償訴訟事件のその後について報告する。
 
1 第7回口頭弁論
 2001年8月28日午前、第7回口頭弁論が東京地裁631号法廷で行われた。被告講談社はマディニ氏の陳述書を提出した。また、前回出された未編集ビデオについての「求釈明」に対して、次のような準備書面を出した。《1997年8月18日から24日の取材により原告坂本が本爆弾漁法等を撮影したオリジナルテープの一部を、当時、原告NHKに雇用されていたフランス・パダク・デモンが同年10月末ころにジャカルタ支局内でダビングして保有しており、これをさらに本件記事を作成するために取材に際してダビングしたものである。》
 裁判長は、この準備書面について、講談社側に聞いたが、代理人の的場徹弁護士は「いまのところ争点にならない」と述べた。また、「原告は未編集ビデオについて何か主張するのか」と聞いた。NHK側の喜田村洋一弁護士は「今のところはない」と答えた。
 裁判長は《本件で問題になっている「現代」が発行されたのはいつか》と尋ねた。被告代理人の的場弁護士は「二○○○年九月五日だ」と答えた。
 また、裁判長は「原告側から二○○○年一一月一四日に出ている被告側の準備書面についての原告の認否はどうか」と聞いた。「相当性の主張をするのか」。「相当性というと取材についてということになる。浅野教授らの取材について、被告側の主張を聞いてからになる」。
 的場弁護士は「残る関係者の証言を次回までに出す予定だ」と述べた。裁判長は今後の立証計画について双方に聞いた。講談社側は一○月末までに追加の陳述書を出すと述べた。
 次回は開廷せず、11月9日午前11時から代理人同士で打ち合わせを行うことになった。

 全国紙が取り上げた名誉棄損やプライバシー侵害に高額の賠償を命じる判決が相次いでいることをメディア欄で取り上げたが、NHKが講談社に1億2000万円などを要求している損害賠償訴訟事件で、NHKの代理人を務める喜田村洋一弁護士のコメントが載っている。

 八月二九日の毎日新聞では、《名誉棄損訴訟に詳しい喜田村洋一弁護士は「公人よりも私人を手厚く保護すべきだ。公人への批判は本来自由であるはずで、公人は反論もできる。本来は犯罪報道で誤って加害者にされるなどした一般の人に高額な金を補償すべきだ」と話す。》
 九月八日の朝日新聞で、《日米の名誉棄損訴訟に詳しい喜田村洋一弁護士は「社会的地位も影響力もあり、反論もできる公人の賠償額をあまり高くすべきではない」と話す。特に、政治家は気に入らない言論を封じるため、名誉棄損を武器に訴えてくる危険があると指摘している。》
 まことにもっともな見解だ。
 NHKとNHKの元ジャカルタ支局長は公人中の公人だろう。NHKは雑誌の出る前日に「反論」も全国ニュースで流している。NHKの海老沢会長は保守政治家に極めて近い人だが、「気に入らない言論を封じるため、名誉棄損を武器に訴え」たのではないか。「現代」のやらせ問題提起は、本来自由であるべき「公人への批判」の範疇に入るのではないか。

2 NHKが放送ビデオを提出
 2001年7月10日午後1時15分から、東京地裁631号法廷で行われた第6回口頭弁論で、NHKは5月15日の第五回口頭弁論で裁判所から求められていたオンエアされているニュース番組2本のビデオを提出した。我々が既にコピーを持っているNHK衛星第一放送(BS1)「アジア情報交差点の番組(1997年9月6日放送)とNHK総合テレビ「ニュース11」(1997年8月29日)のビデオだ。
 初めて「ニュース11」のビデオを見た。坂本支局長がナレーションを担当している。BS1の番組とかなり構成と内容が違っている。爆弾漁法のシーンが最初にきている。驚くべきことに、「やらせ」のために爆弾を投げた漁師が、残っている爆弾を見せて、ポリタンク(燃料タンクにカモフラージュ)にしまうところのシーンがある。またジョロロと呼ばれる爆弾漁法の船団の全景も写っている。これらはBS1にはなかった。
 BS1の番組は総合テレビの8日後にオンエアされている。総合テレビの映像を見て、NHK内部から「なぜこんな映像が撮れたのか」という疑問の声が上がったのではないか。実際、私の知人の何人かが、違法な爆弾投擲のシーンがなぜ撮影できたのかと思ったという。
 この日の口頭弁論で、私は長文の陳述書を提出した。フランス氏の元同僚のマディニ氏の陳述書も出した。
 講談社側は、フランス氏がオリジナル・テープから一部をダビングしたテープ(以下、未編集テープと表記する)を提出した。これに対し、NHK側は準備書面で釈明を求めた。

 《オリジナルビデオ・テープは、当初、原告日本放送協会のジャカルタ事務所に保管されていたものであるが、現在所在不明である(本件記事が掲載された頃、捜索したが、発見できなかった)。
 民事事件においても、強度の違法性を帯びた入手方法で取得された証拠については証拠能力が否定されるべきである。本件では、オリジナル・ビデオテープは盗取された可能性が高く、この場合にはオリジナル・ビデオテープあるいはそれを基に複写された複写ビデオテープを証拠として採用することには嫌疑がありうる。
 したがって、この点を明らかにする必要があり、原告らは、被告らに対し、上記の諸点を釈明するよう求める。》

 「本件記事が掲載された頃、捜索したが、発見できなかった」と括弧にくくられている記述にもびっくりした。「本件記事が掲載された頃」というのは、2000年9月4日頃ということになる。フランス氏が「やらせ」をNHK幹部に内部告発したのは1997年9月で、「現代」の浜野次長が取材を始めたのが2001年8月20日頃だ。なぜ、未編集のマスター・テープを見ようとしなかったのか。「現代」記事が出て、初めて「捜索」したというのはあまりにも無責任だ。
 自らの不徳を反省もせず、フランス氏がダビングしていた未編集テープのコピーについて、「強度の違法性を帯びた入手方法で取得された証拠」などといちゃもんをつけるNHKと代理人の弁護士の品格を疑う。
 フランス氏は坂本氏のやらせ取材に反対したことが大きな原因となり、98年10月末解雇された。解雇の直前に、解雇した坂本氏の「やらせ」の証拠を残すためにダビングしたのだ。
 
 ジャーナリストの坪内圭氏は「マスコミ市民」2000年10月号の「マスコミウオッチング」の9月5日の項で次のように書いている。《きょう発売の月刊『現代』10月号で、NHKが三年前に放送したインドネシアの爆弾漁法で違法にもかかわらず漁民に金を支払って撮影した「やらせ」があったとの記事が掲載された。問題は九分間のオリジナルビデオテープだが、NHK側はたまたま遭遇した場面を遠くから撮影しただけだと反論。記事掲載を見越して昨日、東京地裁に民事訴訟を提起。訂正・謝罪記事の掲載、謝罪広告、賠償一億二○○○万円を求めている。この件でNHK側は「金を支払わなければならないことを了承していたことはない」と記事の虚偽性を争っていく方針。先月末時点で同誌に対し、掲載前に間違った記事が掲載された場合には、法的な措置をとる強い覚悟を示していた。しかし、訴状には『現代』に掲載の記事に詳しく書かれたオリジナルテープの存在に全く触れていないのが気にかかる。》

3 「浅野がやっている」と恫喝
 私がNHKの提訴を知ったのは、2000年9月4日午後10時頃だった。私は8月30日から船上講師として船に乗っていた。友人の記者が船まで船舶国際電話をかけてくれた。この提訴を知って、NHKの傲慢さを痛感した。
 NHKの滋野武理事と畠山博治広報局長は記事が出る9日も前の8月28日付文書で、それぞれ講談社の野間佐和子社長と中村勝行「現代」編集長に対し、「間違った記事が掲載された場合、NHKは直ちに法的措置をとる強い決意であることをあらかじめ申し上げておきます」などという手紙を配達証明郵便で送付していた。
 特別取材班の責任者である「現代」次長、浜野純夫氏がNHKと坂本氏の見解を取材した際にも、フランス氏の言い分をもとに記事を書き、発行すれば法的措置をとると強調している。取材を受けた側が、取材の質問項目を見ただけで、「名誉棄損」と断定して、訴訟を行うなどと脅すことは報道機関として許されないことだと思う。
 私は「現代」が発行される前の8月27日ごろから、新聞2紙(甲新聞と乙新聞とする)と通信社(丙通信とする)に情報を提供した。三人とも私の信頼する優秀な記者で、「9月5日発売の『現代』に掲載される」ということを明記したうえで、報道してもらおうと考えた。いわゆる「前打ち」の記事を書いてもらうためだった。 
 NHKは新聞社2社の取材に対しても、「現代」を訴えると通告したうえで、「『現代』記事をもとにして記事を書いたら、おたくも法的措置をとる」と通告している。
 乙新聞記者は、ウマル氏やフランス氏らの電話インタビューや坂本氏が撮影した未編集テープからとった写真も入手するなどの独自取材も行った。この写真を都内の著名なメディア学者に見せて「やらせに間違いない」というコメントもとっていた。この記者は、一面トップ用に記事を提稿したが、編集責任者が記事をボツにした。NHKが事実関係を完全否認し、「法的措置をとる」と表明したためだと思われる。共同通信社会部はいったんジャカルタ支局に取材を指示しておきながら、「浅野が絡んでいるらしいので、もういい」と、連絡したという。
 NHK広報局の遠藤雅敏担当部長らは取材に訪れた甲新聞記者には、「この情報を提供したのは浅野ではないか」「浅野がやっているのだろう」などと言って恫喝した。遠藤部長と米本信副部長は、乙新聞記者には、「情報提供者は誰か」と繰り返し聞いたが、私の名前は出さなかった。
 また、NHK幹部は両新聞社の取材に対し、「情報源は、NHKを不当解雇と訴え、やらせをっでっちあげて、脅して金をとろうとしている」などとフランス氏の人格を中傷するような発言を繰り返している。このやらせを認めると海老沢会長の辞任にもつながるということで、民事で提訴して、多くのメディアが報道しないように圧力をかけたわけだ。
 NHKは視聴者の受信料(私も契約している)で運営される特殊法人である。予算は国会の承認を得なければならない。市民の受信料から印紙代51万6600円と弁護士費用(莫大な金額だと思われる)を出しているのだから、呆れる。
 NHKと坂本氏の準備書面の主張に流れているのは、フランス氏らインドネシア人に対する侮辱ではないかと考える。フランス氏の名誉を毀損する書面だ。
 この民事裁判の口頭弁論はこれまでに5回開かれた。NHK側が2001年1月30日午前の第3回口頭弁論で出した書面は、フランス氏の「供述」をすべて「虚偽」と決めつけ、フランス氏が爆弾漁法の現場に坂本氏を連れていき、撮影するように促したというのだ。彼自らがサンゴ礁保護活動について取材しようと考え始め、1997年6月から取材のための準備を開始したとも言う。また、撮影した前夜と当日朝、やらせになってはいけないから、ガイドに渡した謝礼からお金が漁民に爆弾の材料費として渡ってはいけないと「ゆっくりと一語一語噛みしめるように話した」というのだ。通訳したフランス氏も坂本氏の考えを十分理解したという。翌日に爆弾漁法を撮影するということは全く決まっていないのに、なぜこんなことを言うのだろうか。NHKは、フランス氏が助手としての契約問題で有利な解決をはかるため、97年10月28日に突如「やらせ」問題を持ち出したと主張している。フランス氏が言ったことや行ったことを、自分の言動のようにウソをついていると思われる。
 2001年5月15日に開かれた第5回口頭弁論では、講談社側は、次回法廷に未編集テープのコピーを提出すると表明した。裁判長はNHKに対して、放送された番組のビデオを提出するように求めた。喜田村弁護士は「放送局にとってビデオ提出は問題がある」と渋ったが、次回までに検討すると答えた。
 NHKのやらせは未編集テープが証明してくれる。NHKはこのテープのオリジナルを持っているはずであり、自ら提出すべきだと思う。
 我々は97年8月29日に放送された「ニュース11」のビデオを持っていなかった。アクセスすることができなかったのだ。

4 本裁判に思う
(1)生かされているのか「ムスタン」の教訓
 NHKのやらせは今回が初めてではない。93年2月3日付『朝日新聞』朝刊の報道によって発覚したNHKスペシャル「奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン」でのやらせが有名だ。
 この「ムスタンやらせ」後に、NHKは番組基準ハンドブックを見なおし、やらせの再発防止に取り組んだ。民放でもやらせ事件が絶えない。
 やらせが話題になるたびに、メディア各社は謝罪を行い「二度とこのようなことがないように…」と強調する。社内マニュアルも強化されているはずなのに、なぜやらせは繰り返されるのであろうか。
 今回のNHKによる取材も、漁師は日常的に爆弾漁法を繰り返しており、「事実でないこと」が「ねつ造」されたわけではないという言いわけをするかもしれない。しかし、ウマル氏の証言で明らかなように、当初は爆弾の材料を用意するところから「やらせ」を意図していた坂本氏は、「自然な形での爆弾漁法」を撮影することも放棄して、時間がないから、ここで投げてくれとブディ氏に頼んでいる。しかもその場所は、漁民が普段爆弾を投げるような漁場ではなかった。一回目に失敗した後、もう一度投げてほしいと伝えているのだ。違法で危険な爆弾漁法を、お金を払って依頼することは犯罪もしくは報道倫理違反以外の何ものでもない。
 メディア各社に欠けているものは、市民の目で社内の不正を発見し、それを取り締まるメカニズムではないか。今のメディアには、不正を取り締まるどころか覆い隠そうとする姿勢が目立つ。NHK取材班の爆弾漁法取材も、フランス氏からの内部告発が何度もありながら全く取り合わなかった。海外の地元採用の助手が何を言うかという姿勢こそが問題である。

(2)ジャーナリストの倫理とは
 スハルト大統領の強権政治の下のインドネシアでは、軍も警察も、爆弾漁法を黙認する傾向にあった。1998年にスハルト体制が崩壊してからは、取り締まりが厳しくなったようだ。実際、ブディ氏はNHKのやらせに協力した数カ月後に逮捕され、今は足を洗っている。
 当時は、バランロンポ島の漁師たちも、船団一回の爆弾漁法につき150万ルピアを賄賂として払っている。バランロンポ島だけで、1カ月に1億8000万ルピアの賄賂が当局のふところに入る勘定だ。漁師が爆薬を簡単に入手できるのも不思議なことだ。
 NHKジャカルタ支局長であった坂本氏が、この状況に本当に危機を感じていたのなら、彼はこうした腐敗の実態を調査報道すベきだった。ジャーナリストとして爆弾漁法を止めさせるための大々的なキャンペーンを、在任中に張るべきではなかったのか。そして公共の問題として人々に論点を気付かせるメディアの「アジェンダ・セッティング(議題設定)」機能として、爆弾漁法を行っている映像が本当に必要だったのならば、どのようにしてその映像を撮ったのか、その出所も堂々と明らかにしてよいはずである。
 しかし、フランス、マディニ両氏によると、坂本氏は爆弾漁法によるサンゴ礁破壊などについて、その後、継続した取材を全く行っていないという。これでは坂本氏が爆弾漁法の映像をほしがったのは、ただのスクープほしさで興味本位の目的だったと言わざるを得ない。
 坂本氏は撮影終了後に、ガイドを通じて爆弾を投げたブディ氏に現金15万ルピア(当時のレートで約6400円)を支払ったというのだ。ブディ氏は受け取った額について「5万ルピア」だと証言したこともある。ウマル氏は8月24日午後マカッサルに戻った後にホテルのロビーで精算した際、NHKに対して「15万ルピアを渡した」と言って請求している。
 私が取材した際、ウマル氏は「15万ルピアを渡した」と述べたが、すぐ傍にいたブディ氏が「5万ルピアだった」と発言した。ウマル氏は「ルピアはその後下落しており、いまの貨幣価値では15万ルピアぐらいということだ」と弁解した。NHK側は15万ルピアとして会計処理していると思われるので、15万ルピアとした。NHKは坂本氏の会計報告書(領収書)を保存しているはずで、ぜひとも開示してほしい。
(3)「絵」をほしがる傾向にあるNHK
 私はNHKのジャーナリズム性がここ数年弱まっていると考えている。私は大学教授になってから、NHK報道局の、犯罪報道を詳しくみてきた。民放との視聴率競争に参入したり、番組を下請けに出すなどの「改革」で、報道番組も一部はワイドショーのようになっていると考えている。とくに事件報道は、2001年6月8日に大阪で起きた校内児童殺傷事件でも顕著だが、オウム報道をきっかけにして様変わりしてきた。一般市民の間で起こる犯罪についても、被害者の姓名や写真をすぐに出し、逮捕段階で被疑者を「この男」とか「この女」などと呼ぶことに典型的に現れているように、無罪推定の法理を無視した犯人視報道が顕著になっている。
 98年7月に起きた和歌山毒カレー事件では、8月25日に「疑惑の夫妻」が報道された後、夫妻の住宅を報道陣が取り囲み、子どもたちが学校に行けない事態になった。地元の自治会、和歌山市教育委員会、警察などが集団取材による生活破壊について報道機関に文書で自粛を要請していた。ところが、夫妻宅の玄関の真ん前に脚立を立てて取材していたのがNHKで、海老沢会長が9月、玄関前を訪れて、檄を飛ばした。
 99年2月末、高知県で第1例目が行われた脳死臓器移植報道でもNHKは報道被害を与えた。この脳死移植では、全くの私人の法的脳死判定が行われる2日前に、NHKは「ニュース7」で「間もなく脳死判定が行われる」と報じた。NHK記者はドナーの性別、職業、住む町の名前、年齢なども報じてしまい、家族は「完全に特定されてしまった」と非難している。
 日本テレビなども同様の情報をつかんでいたが、報道を見送っていた。NHKの報道で、多数の報道陣が病院に押しかけ「移植記者会」を結成し、院長や主治医に会見を迫った。
 私は99年3月から8カ月間、厚生省の臓器移植専門委員会委員を務めた経験をもとに、2000年3月に『脳死移植報道の迷走』(創出版)を出版したが、その中でNHKの取材と報道の問題点を指摘した。
 高知のドナーの主治医は、記者会見で、《家族がNHK取材班について「取材・報道は非人間的」と批判している》と公表したほどで、医師、移植コーディネーター、市民から批判を浴びた。NHK高知放送局の幹部がドナー家族に非公式に謝罪を試みたが拒否されている。
 ところがNHKは、「リアルタイム報道がなければ、医療の透明性は確保できない」「脳死判定に同意したドナーは公人だ」などと叫ぶ文化人にコメントさせて、自己正当化した。しかし、あれほどリアルタイム報道に固執していたNHKは2例目以降は、すべて脳死確定後に第一報を流している。なぜ脳死確定前の報道をやめたのかについて全く説明していない。
(4)二重基準
 NHKは自分が訴えられた名誉棄損裁判では「取材源の秘匿」「編集権の自由」を盾に答えない。
 日本の新聞やテレビは、被疑者が逮捕されたり家宅捜索を受けると、実名や顔写真を明らかにして報道する。警察が公式発表を行っていないのに、取り調べの内容が詳しく伝えられることも多い。NHKも同じだ。当局が発表しないのに、どうしてこのような情報が流れるのかについて説明してほしい。
 例えば、札幌に本社のある健康食品会社、玄米酵素(岩崎輝明社長)が北海道と宮崎県、それにNHKを相手取って札幌地裁に起こしている損害賠償民事訴訟を見てみよう。
 宮崎の医師が玄米酵素の「ハイ・ゲンキ」を服用したために体調を崩したと告発。北海道警と宮崎県警は、同社が甲状腺ホルモン系の医療品を混入し、製造販売したという薬事法違反の疑いで、96年9月20日、全国11カ所を家宅捜索した。家宅捜索について当局は一切記者発表を行っていない。ところがNHKは9月20日午後3時からローカル、全国中継ニュースで同社社屋などの映像を入れて伝えた。北海道新聞と毎日新聞なども同日の夕刊で報道。他紙も翌日朝刊で報道した。道警生活安全部の幹部が親しい記者にリークしたと思われる。
 その後、書類送検されたが、97年11月、証拠不十分で不起訴になった。ホルモン剤を入れたという証拠など全く出てこなかった。岩崎社長は96年11月、NHKを相手取って謝罪報道と計1億9800万円の損害賠償を求めて提訴。翌月には、北海道と宮崎県を相手取り国家賠償を求める訴訟を起こした。
 98年5月21日午前中の口頭弁論では、道警生活安全部の幹部2人が出廷し、「報道機関には情報を提供していない」「夜回りの記者は来たこともない」と証言。また証人として出廷したNHK札幌放送局の篠田憲男記者は「具体的に証言すると警察取材がやりにくくなる」などとして証言を一切拒否した。
 河野義行さんに対する報道被害についてもNHKの対応はかなりユニークである。
 94年6月27日夜、長野県松本市で起きたガス中毒事件。長野県警は、第一通報者の会社員、河野義行さんを「重要参考人」と非公式に表明、被疑者不詳のまま殺人容疑の関連先として河野さん宅を家宅捜索した。NHKなどすべての報道機関は、河野さんが特定される形で報道した。調合に失敗(傷害致死になるはず)したのなら、なぜ殺人容疑になるのかと考えなかったのだろうか。
 NHKは6月29日午前7時の全国ニュースで、河野さんが搬送しに来た救急隊員に、「妻と一緒に除草剤をつくろうとして調合に失敗して煙を出した」と語った、と報じた。毎日新聞も6月29日朝刊で同じように伝え、他のメディアも午後から一斉に報道した。調合失敗の報道は、直後に虚報と判明していたのに、各社は放置した。
 NHKは河野さんを搬送した救急隊員3人のうち2人から、放送前にそういう情報はないと「裏取り」し、放送の数時間後もう一人から虚報と確認したのに訂正しなかった。各社は95年6月までに一斉に謝罪(NHKは11月18日)したが、その理由は、河野さんが提訴の動きを見せたことと、「捜査本部が松本事件もオウムと断定した」からだった。NHK(田端和宏報道局長)は11月9日に示談書を交わした。「河野さんとの共著『松本サリン報道の罪と罰』(第三文明社、2001年4月に講談社文庫)、ビデオ『人権と報道の旅』(現代人文社)を参照。

(5)くるくる変わるNHK・坂本氏の言い分
 「現代」10月号の取材で、NHK側は浜野次長に対して、「これだけ粘っても撮影はできないから、もう帰ろうとして桟橋に向かっていた。そうしたら、村人から聞いたのか分からないが、助手が島の裏側でやっているというのであわてて船に乗って向かった。二度ほど『実際にやっているんだな』と助手に確認して、そうだと言うので、遠くからぱっと撮って、さっと立ち去った」と述べた。
 毎日新聞9月4日朝刊では、《NHK広報局によると、取材は97年6月から8月にかけて何度かスラウェシ島の周辺を訪れて行い、自然保護の活動や、爆弾漁法をやめさせるための国の取り組みなどを撮影した。最終日、たまたま島民から「向こうでやっている」と教えられ、爆弾漁法の場面に遭遇できた、という》と述べている。
 別の新聞記者には、NHK広報局は8月末に「島の漁師からガイドのウマルが聞いてきた」と答えている。
 共同通信はNHK広報局の話として、 《NHK側は「現地に職員を派遣して調査したが『やらせ』の事実は一切ない。爆弾漁法は自然な形で撮影された」と話している。》(9月4日配信)と報じた。
 9月4日(月)のNHK「ニュース7」では、「同行した地方大学の研究員」という肩書きでウマル氏の録画インタビューをオンエアした。 
 《NHK特派員は「やらせ」撮影はせず本物の漁を撮りたいと言っていた》という字幕が出た。音声には、インドネシア語で、"Dia, itu mah, dia bilang bahwa dia ndak tidak tidak jadi melakukan pengambilan gambar yang direkayasa, dia maunya alam."(彼は、やらせの撮影をやるのはやめたと言っていた。自然なものを撮影したい、と。)その後、カットが変わって、《その場所で偶然爆発物を使った漁に遭遇した。それは絶対に「やらせ」ではない》と書いた字幕が写った。音声には、"Pas ketemu di sana, ada pemboman. Berarti itu kan alami, memang betul-betul membom. Jadi itu bukan, bukan direkayasa."(そこでちょうど出会った時に、爆発があったんだ。つまりそれは自然だということだよね、本当に爆破させていたんだ。だから、それはやらせじゃないんだよ。)というウマルの声が入っていた。
 インドネシア語の専門家によると、前半の"tidak jadi"という部分が重要だ。これは、「何か予定していたこととか考えていたことを、途中から変更してやめる」というニュアンスの言葉だ。つまりウマルは、坂本特派員がいったん「やらせ」を依頼していたことを明らかにしたのだ。ここでいう「やらせ」は、ウマル氏の独自の定義に基づくものである。前述したように、ウマル氏は、NHKが費用を出して爆弾を作る過程からすべてを撮影することを「やらせ」と解釈し、普段、爆弾漁法をやっている漁師たちにお金を払って「実演」してもたうことは「やらせ」ではないと考えているのだ。そのことが、NHKが放送したニュースで明らかになった。
 ウマル氏は、「週刊新潮」2000年9月21日号の取材に対して、重要な証言を行っている。同誌「サイト&サウンド」「TEMPO」は《やらせ報道を提訴したNHK「超強気」のワケ》と題する1ページの記事の中でこう書いている。【資料5】
 《本誌は、もう一人の当事者、ガイドのウマル氏にも話を聞くことができた。9月4日に提訴の事実を報じたNHKニュースにVTR出演し、やらせ疑惑を否定してみせたこの人物も、以下の点は認めるのだ。
 「協力してくれた漁民に金を払ったのはあくまでも自分だが、彼らと交渉する2分程の間、坂本氏らは黙って見ていたから、私が実演を依頼していることは暗黙の了解だったはず。》

 週刊新潮の馬宮守人記者は2000年9月10日午前、国際電話でウマル氏に取材した。東京外語大学に学ぶインドネシア人が通訳した。馬宮氏は2001年3月3日、当時の取材ノートなどをもとに、ウマル氏との一問一答を再現してくれた。馬宮氏は、それを本陳述書に書くことを了承してくれた。
 「お金を漁民に渡したのか」という問いに、ウマル氏は「漁民に投げるように渡した」と答えた。「そもそもどういう経過でかかわったのか」という質問にはこう答えた。「坂本さんの方からフランス氏を通じて接触してきた。爆弾漁法を撮りたい、自然の形で撮りたいと言ってきたが、『それは難しい』と言った。『それなら場面をつくりましょう』と私が提案した。「爆弾を作る準備からやる」と言った。マカッサルのラディソン・ホテルで食事をしながら打ち合わせをした。そのための下準備のお金をもらった。しかし、そういう実演をしてもらうという話は、キャンセルになった」。
 漁民に渡した金額については、「5万ルピアを渡した。一回は不発だった。実演してもらった。私が『もう一回投げてくれ』と言った。『2,3回投げてもらうための資金の余裕があるからもう一回投げてくれ』と言った。当日、(ブディ氏らと)たまたま出くわした。爆弾漁法をやっていると聞いて、ぐるっと島を回って、いつも漁をしている場所を見に群れをなして漁場を目指していた。群れをなしてやっているので近づいて行ったら、逃げた。知り合いがいたので交渉した」と述べた。
 「その時、坂本氏に交渉の内容は承知していたか」という問いには次のように答えた。「坂本氏は何も聞かなかった。私も何も言わなかった。坂本氏もフランス氏もそういう交渉をしていることを知っていたから。交渉は2分ぐらいだった。何を話しているかは分からなかったかもしれないが、何をやろうとしているのかは承知していたはずだ。お金を払ってやってもらったことは承知していたはずだ。そうでなければ何か言ったと思う」。
 NHKはウマル氏を全国ニュースに登場させて、「やらせではない」と言わせた。その当人が、ブディ氏に実演(つまりやらせ)を頼み、お金を払ったことをはっきり認め、坂本氏もそれを承知していたというのだ。
 「現代」の浜野次長がNHKに対して、二回目の取材申し込みをした直後から「調査団」をインドネシアに派遣している。高田クアラルンプール支局長らはマカッサル近郊のマロスで三週間も滞在し、ウマル氏から事情を聞いている。佐藤俊行・報道局国際部長(フランス氏が最初に「やらせ」を直訴した当時のクアラルンプール支局長)も現地に飛び、ウマル氏に会っている。その際、NHK側は東京からファクスで送られた「週刊新潮」9月21日号の記事をウマル氏に見せて、日本語に堪能なNHKジャカルタ支局助手に翻訳させて、記事に引用されているようなことを本当に言ったのかと「質問」している。
 私は浜野次長と共に、2001年4月に、改めてウマル氏、ブディ氏と面談した。その際、ブディ氏からこんな話を耳にした。「現代の記事が出た後、名刺も持たず、所属も名乗らない日本人とマレーシア人がやってきて、爆弾漁法のことについていろいろと聞かれたよ。でも、どこの誰かとは言わなかった。名刺ももらっていない」。
 NHKは、2000年年9月4日、講談社に対して民事提訴したことを夜7時からの総合テレビ「ニュース7」で放映した。その際、ウマル氏を映像付きで紹介し、「これは絶対に『やらせ』ではない」とのテロップまでつけた。本誌記事を事実無根とする一方的な報道であり、「やらせ」問題の調査が続行中であり、ニュースとしては公正な伝え方とは全く言えない。また、爆弾漁法を行った漁師の話を聞いたとも伝えていたが、それでさえもブディ氏によれば、きちんと所属を名乗ったうえでの聞き取り調査ではなかったことが新たに分かった。ましてや、マディニ氏には一度も会ってはいないし、「やらせ」を告発しているフランス氏からは聴取しようとした形跡もない。
 NHKがつくったという調査メンバーは、報道局で坂本氏の直接の上司に当たる人たちがほとんどのように思われる。外務省の機密費問題や警察不祥事の調査では、当事者と直接の関係のない独立したメンバーに調査を委ねている。NHKの「調査」は、そのメンバーも公表されておらず、独立性にも疑問がある。調査結果は今日まで公表されていない。しかも、私たちが「やらせ」の動かぬ証拠としている未編集テープについては言及すらしていない。このように不十分な調査しかせずに、「やらせ」はなかったと言い切ってしまっているのだ。
 私はNHK側の主張、坂本氏の陳述書の問題点について、「現代」2001年8月号(7月5日発売)で詳しく書いた。(以上)

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