高松市の告訴と報道を検証
成人式騒動で市民集会

浅野健一

 「荒れた成人式」の象徴として全国的にクローズアップされた高松市の「事件」にかかわる一連の経緯に高松市民は驚くと同時に、不可解さと後味の悪さを残した。市当局の対応は適切なものだったのか、新聞・雑誌・放送などメディアの報道に人権上の問題はなかったのかといった、市や報道の主体性への疑問がぬぐいきれない。そこで、行政や報道に携わる人たちや多くの若い人たちにも参加してもらい、これまでの情報を整理し、問題の検証と今後の課題を、広く一般市民と共に考ようという「シンポジウム クローズアップ、高松市成人式〜市の対応とマスコミ報道の検証〜」が二月一八日(日)午後、香川県社会福祉総合センターで開かれた。
 パネリストは生田 暉雄弁護士、「若者代表」植田 真紀さんと私の三人。コーディネーターはフリージャーナリストの砂古口 早苗さん。主催は高松市成人式を考える市民の会で、「歴史は消せない!みんなの会」「女性を議会に!みんなと政治をつなぐ会」「香川・PTA問題ネットワーク」、真宗大谷派、讃州寺子屋、死刑廃止・四国フォーラム高松、「神戸事件・少年Aの力になりたい会」などが協賛した。
 この集会には約七○人が参加した。来年成人式を迎える市民や元議員らが活発に議論した。「市が五人の謝罪文提出を伏せたことを知らなかった」という声が相次ぎ、市の対応の悪さを批判する意見が相次いだ。集会でとったアンケート調査では、告訴すべきでなかったという意見がほとんどだった。
 次の日の新聞各紙を比較してみた。
 毎日新聞香川版は野上哲記者の署名記事で、《シンポジウム「クローズアップ・高松市成人式」 市の告訴や報道に批判》という見出しで次のように書いた。
《先月10日、騒いだ新成人が連名で増田昌三市長に謝罪文を出したのに市がそのまま告訴したことについて、浅野氏は「市は告訴時の記者会見で謝罪文の存在を明かさず、若者を警察の手に渡した。市民に『謝罪さえしない若者』と思い込ませた」と批判。「微罪」なのに実名報道を続けたマスコミによる報道被害も指摘し、「週刊誌は家族のことまで書いた。こんな報道は市民に何のメリットがあるのか」と批判した。
 生田氏は、事件は威力業務妨害より軽い軽犯罪法違反(儀式妨害など)を適用すべきだとし、「逃亡の恐れのない新成人を捜査機関が逮捕し、10日間も拘置した。許可した裁判所も厳罰ムードに流された」と司法手続きの問題点も指摘した。
 若者からは新成人の行動を批判しながら大人側の対応にも疑問の声が出た。“若者代表”パネリストの植田真紀さん(25)は「増田市長は『先輩』として新成人に向き合っていない。大人になれと言うが今の政治家たちは大人なのか。大人とは自らの価値観を持つ人。日本全体が子供なのでは」と話し、若者を処罰してこと足れりとする風潮に疑問を呈した。19歳の女性は「事件は同世代としてすごく恥ずかしい。だが謝罪を無視した市長の対応は人間としてとても冷たく感じた」と話した。》 

謝罪文提出を黙殺し続ける朝日新聞
 毎日新聞の記事は集会の模様を正確に伝えていた。このように集会では市長らが、五人による告訴前の謝罪文提出を隠していたことが大問題として議論されたのに、朝日新聞と四国新聞 にはそのことが全くふれられていなかった。集会参加者のほとんどが、この謝罪文の存在を知らなかった。
 朝日新聞は謝罪文のことを一字も報道していないので、この集会を機に報じるのではという見方もあったが、謝罪文のことはなかったことにしてしまったようだ。朝日は、私の「クラッカーをならした五人に責任はあるが、一方で行きすぎた制裁がなかったかと考えないといけない」というコメントと、弁護士の生田暉雄さんは「事前に注意するなど、適正な手続きを経ていない告訴だった。マスコミが騒ぎ、ムードに流されていた」という指摘、さらに若者代表の植田真紀さんの「大人の先輩である市長が、どうして若者と向き合えないのか」という発言を掲載。《会場からは、来年度に成人を迎える女性が「市長の対応は冷たい。来年は、大人につくってもらう成人式でなく、私たちでつくる成人式をやりたい」と発言し、大きな拍手を誘った。》と結んだ。
  四国新聞は私の発言を《「高松市の成人式は、たまたま映像がとらえていたこともあり、センセーショナルに描かれた」と報道に疑問を投げ掛けた。さらに「未成年者を除く四人を大半のマスコミが実名報道したが、その必要はなかった。被疑者段階であり、国際的にみても問題」と主張した。》と紹介した後、次のように書いた。
 《生田さんは事件が威力業務妨害罪や逮捕、拘置に当たるかを検証。「正式の裁判をやっていたら威力業務妨害罪が成立したか疑問。軽犯罪法違反が妥当ではないか」と述べた。
 二十五歳の植田さんは「新成人を一方的に非難する報道に危険性を感じた」とした上で、「大きな問題提起となった今回の成人式を契機に、今後どんな成人式をすればいいのか、若者が考えていくことが大切」と話した。》
 成人式で市長にクラッカーを投げたとして逮捕された五人のうち一九歳の少年について、高松家裁は二月二七日、「反省している」などとして不処分の決定をした。家裁の判断は妥当だと思う。

社内基準を公表もせず回答拒否する朝日新聞
 高松市の成人式騒動に関する報道について、私は二〇〇一年二月一六日、吉川幸男・朝日新聞高松支局長にファクスで次のような質問書を送った。朝日新聞「報道と人権委員会」事務局長の佐藤公正氏にも参考に送った。翌日届いた「回答」はたったの三行だった。見落とさず読んでほしい。朝日新聞幹部の体質がよく分かる。
 《2000年1月8日に行われた高松市の「成人式」にかかわる「威力業務妨害」事件で逮捕された五人のうち成人四人が、毎日新聞を除いて、逮捕直後から実名報道されたことと、増田市長のこの間の姿勢に関する報道について疑問に思っており、質問させていただきます。
 1 4人を実名報道する必要があったのでしょうか。
 朝日新聞は1990年8月5日に、「微罪事件の被疑者や、単純な事件の被害者など実名を伝える必要性に比べて当事者に与える不利益が大きいケースは匿名にする」と表明しています。一部地方紙でも、微罪は匿名にという流れにありました。
 今回のケースは微罪にあたると思われます。また警察の身柄拘束があれば実名にするという社内基準の例外としてもよっかたのではないですか。いかがでしょうか。
 2 1月22日に罰金刑が決まった際に、4人の姓名が出ていなかったと思いますが、なぜでしょうか。
 3 貴社のHPの検索で入手できる電子データに四人の姓名が今も流れていると思いますが、これを削除するお考えはありませんか。
 4 この事件で暴行を受けた新聞記者は年齢は出ていますが、匿名になっているのはなぜでしょうか。一般の事件では被害者も実名が原則で、不公平ではないでしょうか。(匿名が悪いと言っているのではありません)
 5 4人の逮捕、勾留は、見せしめの意味のほかに、新聞記者への傷害事件の取調のための別件逮捕だったという見方がありますが、貴社はこうした問題についてほとんど報道していないように思われます。それはなぜでしょうか。
 6 1月23日の毎日新聞(大阪本社統合版)で報道された「妨害の4人に罰金」という見出し記事の末尾の段落にこう書いてありました。
 《一方、5人が告訴当日の10日、連名で市長あての謝罪文を出していたことも分かった。同市秘書課によると、告訴の前に届いたが、「方針を既に決めており、司法の判断にゆだねたい」として告訴したという。》
 私が2月2日、氏部秘書課長に聞いたところ、謝罪文を連名で書いたのは6人で逮捕された5人のほかにもう1人いたということです。毎日新聞高松支局の久田宏記者は2月7日付「記者の目」で《大反響に一変、「微罪」告訴 大人げなかった大人側》と題して、逮捕された5人が市長の告訴前に謝罪文を出していたことを伏せた経緯を伝え、「どこが氏名不詳なのか。市側は5人に直接対応することなく、準備していた告訴状に謝罪文を添えて提出した。そして、市は告訴の記者発表では、なぜか謝罪文が出ていることを伏せた」と指摘しています。市長は謝罪文を本人たちの了解もなしに警察に提供したのでしょうか。しかも「氏名不詳」で告訴したのです。
 1月26日に行われた市長の定例会見でも、一部の記者が謝罪文の提出の事実を伏せていた問題を追及しましたが、市長は「告訴の方針を既に決めていた」としか説明しなかったということです。
 市当局が謝罪文提出を伏せていたことを報道したのは毎日新聞と読売新聞だけだということですが、貴社は報道していないのでしょうか。もしそうであれば、それはなぜでしょうか。
7 (6の質問で謝罪文のことを報じていない場合)高松市以外の自治体の成人式騒動では、問題を起こした若者が謝罪し、首長らと話し合いで一定の解決をしたのに、高松のクラッカー騒ぎの人たちは名乗り出なかったということで、市長の告訴や警察検察の強制捜査を支持する世論ができていたように思われます。市当局が12日間も謝罪文の存在を伏せていたことを「ニュース」にしない理由をお聞かせください。
8 増田市長は1月16日付の市のHP「市長のひとりごと」で、1月11日付けの産経新聞「産経抄」を引用して、「私たちは,戦後50数年間にわたって日本と日本人をスポイルしてきたある種の民主主義、正義、人権といったものを、今こそ冷静に見直し,検証しなければいけない時期を迎えているのではないかと、切に感じております」と書いています。
 このことを報道していますか。していなければ、それはなぜでしょうか。
9 貴社を含む日本の主要な報道機関は、政府の機密費を流用した疑いを持たれている外務省の松尾克俊・元要人外国訪問支援室長の名前を約20日間伏せていました。1月25日夕刊から松尾氏の姓名と顔写真を報道しています。
 貴社は1月6日に「外交機密費流用か 一時は預金二億円に」と初めて報道。その後、17本の記事を出しましたが、ずっと名前を伏せていました。1月25日朝刊では「「業務上横領の疑いで警視庁に告発する」とまで書いているのに名前がなかった。一般刑事事件で「正確な事実の報道」「権力チェックのために実名が不可欠」というメディアが、馬やマンションを税金で買ったことが判明しているのに、姓名を書かないのは全く理解に苦しむとこころです。
 朝日新聞はかつて、神奈川県警の公安警察による共産党緒方国際部長宅盗聴の実行犯を、警察庁が認めるまで匿名にしていたことがあります。「警察が逮捕していないから匿名」「逮捕されれば実名」という
説明では市民は納得できません。四国新聞には、なぜ室長は匿名なのかという読者からの問い合わせがあったと聞いています。貴社ではいかがでしょうか。高松の成人になったばかりの4人の氏名の扱いとの関係でお答えください。
 以上9つの質問をさせていただきます。高松で18日に開かれる集会との関係で、1月17日夕方までに回答ください。私がお電話でお聞きするという形でも結構です。急なお願いで申し訳ありません。
 文書の場合は、回答に回答者の役職名、姓名を、明記してください。公表の際、匿名を希望される場合は、そうさせていただきます。》
 この質問書とともに、増田市長が1月16日付の市のホームページ「市長のひとりごと」に書いた人権、民主主義に問題があるかのような記述を引用し、私の見解を伝えた。

 吉川支局長は二月一七日午後五時半、ファクスで次のような回答をしてきた。
 《ファクスでいただいたご質問にお答えします。
 高松市の成人式などの報道につきましては、社内基準に基づいて総合的に判断をしています。
 よろしくお願いします。》

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Copyright (c) 2001, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2001.03.03