「やらせ」目撃のインドネシア人元助手が証言
NHK「やらせ爆弾漁法」裁判ヤマ場に
2002年2月12日
浅野健一*坂本氏が初めて出廷
NHKの坂本・ジャカルタ支局長(当時)が一九九七年八月、インドネシア・マカッサル沖のバランロンポ島の漁民に金を渡して「ダイナマイト爆弾漁」をやらせて撮影したという月刊『現代』二○○○年一〇月号の記事に対し、NHKと坂本氏が名誉毀損で講談社に一億二000万円などを求めている損害賠償請求訴訟で、元支局助手のフランス・パダック・デモン氏が二○○二年二月五日、証言台に立った。
フランス氏は一九八八年から十年間、同支局助手を務めたが、坂本氏のやらせを示す取材ビデオテープのコピーをとって、NHKトップに告発してきた。フランス氏は、やらせ撮影に異議を唱えたために坂本氏から解雇された。坂本氏は「解雇は東京の決定」と通告し、いまだに退職金も支払っていない。
東京地裁民事第四五部合議係(春日通良裁判長)の六三一法廷で開かれたこの日の第一○回口頭弁論では、原告の坂本氏も二人の弁護士に挟まれて原告席に初めて座わった。私は坂本氏を見るのは初めてで、最初は新しい弁護士が加わったのかと思った。熱心にメモを取っていたが、ほとんど表情を変えなかった。
傍聴席にはNHK職員が多数詰めかけた。NHKはいつもいる司法記者(私が聞いても名乗らないメガネをかけた男性)と常連の広報・法務担当者。彼らの外に、フランス氏が当時信頼しており、やらせの翌月にメダンのガルーダ航空機事故取材で一緒になった際に、やらせ問題を伝えている佐藤俊行元クアラルンプール支局長(現在、報道局国際部長)もいた。午後からは海老沢勝二会長の小型のような局長クラスの「大物」も傍聴(時折、居眠り)に駆けつけたが、その際、傍聴席にいたNHK職員は最敬礼するような感じだった。坂本氏を守るためではなく、海老沢体制を擁護するために必死だ。NHKはまた、インドネシア語のベテラン通訳(女性)も連れてきていた。*「やらせ」を詳細に証言
フランス氏は午前一○時一五分、よく通る重厚な声で堂々と宣誓をした後、休憩をはさんで午後五時二○分まで計約六時間にわたり主尋問、反対尋問、裁判官の質問に明確に答えた。坂本氏のすぐ目の前にある証言席で、坂本氏が「現地へ行った初日から、どうしても爆弾投擲の映像を撮りたいと言っていた」などと、「やらせ」撮影の模様を詳しく証言した。坂本氏が「やらせ撮影」に成功した経緯について、「島での取材を終えて船でマカッサルへ帰ろうとしたときに、坂本氏が急に島の裏側を回ってみようと言った。そこで船団に遭遇し、コーディネート役の国立ハサヌディン大学職員M氏(以下、M)の知り合いの漁民がいて、材料費として金を払って爆弾を投げてもらった。坂本氏は支局のカメラ助手のマディニ氏に、水中マイクをセットするように指示した」などと語った。フランス氏は記憶に基づきすべて真実を話したと思う。フランス氏に隠すことは何もない。NHK側の代理人の若い弁護士は、にやにやしてインドネシア人の彼を蔑むような態度を見せていた。
NHK取材班は、もともと、爆弾漁を行う漁民を更正させるために、インドネシア海軍がダイビング講習会を開いているという話をメインにしていた。しかし、この日のフランス氏の証言によって、この講習会の撮影までもが「やらせ」であったことが明らかになった。取材班が海軍基地に行ったときにはすでに講習会は終了していたため、一人一万ルピア(約一一○円)を払って漁民を集めて、あたかも講習が行われているかのように撮影したのである。改めて、NHKの報道倫理を問いたい。
またクンダリ基地のウトモ大佐が「サンゴ礁を壊さない場所で爆弾を投げて撮影できる」と提案したと坂本氏が書面で主張している点について、「ウトモ大佐との面談の際は私がずっと一緒だったが、そういうことは全く聞いていない」と否定した。
NHKの代理人の喜田村洋一弁護士は反対尋問で、コーディネート役のMが爆弾を投げた漁民にお金を渡したことは認めたうえで、そこに坂本氏の明確な指示はなかったと強調する作戦に出た。「正式にはMにも漁民にも指示していない」ということだけを証明したかったようだ。つまり、爆弾投擲と金銭授受はMと漁民との間で起きたことで、坂本氏は偶然に撮影できただけだと主張したいようだ。すべてをMと漁民D氏のせいにするという戦略だろう。
また、喜田村氏は、フランス氏がMに出した手紙二通(日本語訳付き)と、フランス氏が97年11月22日に海老沢NHK会長らに宛てて出した手紙、99年9月10日NHK国際部長へ出した手紙を法廷に証拠として出した。喜田村氏はフランス氏の私信を裁判所に出したのだ。これは違法とは言えないが、倫理違反だ。しかし逆に、フランス氏がNHKに出した二つの手紙を読めば、坂本氏のジャカルタでの言動がいかにジャーナリストとしてひどいかや、フランス氏を解雇したことの不当性が明らかになる。NHKはこうした自分たちに不利になる手紙をわざわざ翻訳して出したことになる。(NHKの翻訳は、間接話法の個所を直接話法で訳したり、「あなた」を「お前」と意訳するなど問題が多い。)
しかし、右陪席の岸日出夫裁判官は最後に、「裁判所からお聞きします」と述べたうえで、「(やらせ撮影のあった)8月24日、島に行った後、ホテルに戻るはずだったのか。荷物は全部持っていったのか」「その日、漁の撮影の予定はなかったのに、なぜ水中マイクを携帯していたのか」「取材中、フランス氏とMはずっと一緒にいたのか」「NHKは事前にMと経費や報酬などの約束をしていたのか」などの的確な質問をした。フランス氏は「ホテルに一度帰る予定で荷物は置いていった。水中マイクをなぜ携行したかは私も不思議に思う。坂本氏に聞いてほしい。島にいた間、私は一人で役場などへ行って取材をしたので、Mとは別行動した時間も多い」と答えた。
閉廷後、坂本氏はフランス氏をにらみつけた。佐藤氏はフランス氏と目を合わせなかった。特派員時代あれだけ世話になっているのに、冷たいものだ。
次回は三月五日午前一○時から、東京地裁六三一号法廷で、NHKが申請したMが証言する。MはNHKの提訴直後は、「坂本氏は漁民との交渉を黙ってみていたから、私がやらせを依頼していることは暗黙の了解だったはず」とコメントしていた。Mが爆弾投擲の依頼者で、NHKは目撃しただけということであれば、公務員であるMの刑事責任、倫理も問われることになろう。*NHKが未編集ビデオ上映に反対
この日の口頭弁論では講談社側が証拠として提出している未編集ビデオを法廷で見せる予定だったが、NHK側が強硬に反対して実現しなかった。
講談社によると、東京地裁民事第四五部合議係から二月四日、講談社側代理人の的場徹弁護士に「明日の口頭弁論で、未編集ビデオのコピーを使いますか」と聞いてきた。講談社側は「やります」と回答し、それに従って準備した。講談社内で行われた打ち合わせで、代理人はフランス氏と一緒にビデオを見た。
ところが、五日開廷前に、裁判所がビデオを上映することをNHK側代理人の喜田村弁護士に伝えたところ、NHK側は「放送に使っていない未編集のビデオを上映するのはやめてほしい」と強く要請。裁判所は別室での上映も考えたが、結局取りやめた。ただし、裁判所とNHKの双方が、的場代理人によるフランス氏への尋問の中で、前日見たビデオを前提にして、多少誘導尋問的な聞き方になっても構わないということを了解した。ビデオ問題で開廷が約一五分遅れた。*NHK役人の迷走
自由国民社の一柳みどり『現代用語の基礎知識』編集長が2月6日午後電話で伝えてきたところによると、NHKの遠藤雅敏広報局経営広報部担当部長から自由国民社の社長宛てに電話があり、「社長にお会いしたい」と言ってきたという。社長は不在だった。電話に出た総務担当者(元『現代用語の基礎知識』編集長)が用件を聞いても「会ってから言う」としか言わないので、断ったという。
NHKの担当部長が出版社の社長に、用件も言わずに面会を求めるのも非常識だ。
一柳みどり編集長は前日の裁判を傍聴した。裁判が終わった後、私が「NHKは2002年版の内容には何も言ってきていないか」と聞いて、一柳氏が「全く言ってきてない」と答えたのをNHK職員は聞いていた。
NHKは畠山博治広報局長名で、2001年版の「ジャーナリズム」の章で、私がNHKジャカルタ支局の「やらせ」について書いたのが気にくわず、自由国民社社長と一柳編集長に、数回「抗議文」を送っている。取材がなく一方的な記述だというのだ。一柳編集長が女性なので、威嚇していたのだと私は思っている。私には全く何の連絡もなかった。2002年版では2001年7月に送った質問書に回答してきたので、回答を参考にして記述した。
なぜNHKの遠藤氏が裁判翌日、自由国民社に電話してきたのか。大NHKの傲慢な姿勢が垣間見える。
NHK報道局総務部の幹部は、閉廷後、傍聴人の市民に「あなたは○○○○さんですね」と“人定質問”をしている。今は詳しく書けないが、彼らは公安警察のようだ。*喜田村弁護士への疑問
NHKが初めて名誉棄損で訴えたこの裁判で、NHKは代理人としてミネルバ事務所(ロス疑惑の三浦和義氏の弁護をしている弘中惇一郎弁護士や文芸春秋の代理人を務める弁護士が所属)の喜田村弁護士を選んだ。外国の名誉棄損訴訟にも詳しい法律家を選んだのだろう。喜田村弁護士は三浦氏の弁護人でもあり、私も一緒にロスまで現地調査に行った。「週刊金曜日」2月8日号に私が書いた三浦氏の最高裁民事勝訴の記事でも、喜田村氏のコメントを書いている。
朝日新聞、毎日新聞紙上などで、公人への損害賠償高額化を厳しく批判する喜田村弁護士が、NHKの代理人を務め、インドネシアで民主化のために闘う記者でもあるNHK元助手フランス氏を見下して尋問する姿に、弁護士という職業のありかたを問いたいと思った。NHKは日本で最も影響力のある公的機関の一つであり、海外の支局長は公人中の公人だ。なぜあんな映像が撮れたのかと、喜田村氏は疑問に思わないのであろうか。NHKに不当に解雇されたフランス氏の気持ちを分かったら、NHKのために弁護するなんてできないはずだ。
喜田村弁護士は、2001年1月30日に放映されたNHK教育テレビの番組ETV2001「シリーズ 戦争をどう裁くか」第二回「問われる戦時性暴力」が、NHK幹部による強力な現場介入がなされた問題の裁判でも、NHK側の代理人の一人となっている。
報道機関同士が裁判で争うのは全くおかしなことだ。NHKは「現代」発売前日に全国ニュースで、記事が虚偽だと一方的に放送している。これこそ講談社に対する名誉棄損ではないだろうか。この裁判に使っている膨大なお金は受信料から出ているわけだ。私も受信料を払っている。今回の裁判費用に関するデータの開示を求めたい。また「やらせ撮影」の時の坂本氏の会計報告の文書も開示してほしい。
3月5日には、NHKが申請した証人Mが証言する。MはNHKが講談社提訴をニュース7で伝えた際、録画ビデオで顔を出して「NHK特派員は『やらせ』撮影はせず本物の漁を撮りたいと言っていた」と証言したと字幕に出ていたが、音声には「坂本氏がやらせの撮影をやるのはやめたと言っていた。自然なものを撮影したいというわけだ」と語っている。Mが証言する時は、フランス氏も再来日し、裁判を傍聴する。フランス氏は、「このままでは、MはNHKの道具(犠牲)にされる。MとNHKとの間に“邪悪な共謀(陰謀)”(unholy conspiracy)がある」と見ている。MはNHKに完全に取り込まれているとみるべきだろう。Mがフランス氏と坂本氏の前で、どう証言するか極めて注目される。
同志社大学で3月7日にフランスさんの講演会を企画している。同志社大学社会学会の主催で、演題は「インドネシアの民主化とメディア」。
証言を終えて帰国したフランス氏から2月10日メールが来た。《東京での証言をスムーズに終えてほっとしている。また、うれしく思っている。みなさんの強力な支援と激励のおかげだ。弁護士のみなさんの熱心で賢明な仕事によって、最終的に「現代」が勝利すると思う。MがNHKと坂本氏を守るための道具(犠牲者)にならないためにどうするかをインドネシア法律扶助人権協会(PBHI)の弁護士と話し合う。喜田村弁護士が、私がMに宛てた私信の手紙(複数)をMから入手し、東京の裁判所に出したことに少なからず驚いた》。
裁判は今夏にも判決が出る見込みだ。坂本氏、「現代」の浜野次長、私が4月にも証言する予定だ。
Copyright (c) 2002, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2002.02.17