NHKやらせで、講談社が東京高裁へ控訴手続き
ジャカルタでは4月24日にNHKが被告の民事裁判開始

 講談社は三月五日、東京高裁に控訴手続きをとった。
インドネシアの違法な爆弾漁をNHKジャカルタ支局が「やらせ」取材で撮影し放送したと報じた月刊「現代」2000年10月号を、NHKと坂本・元ジャカルタ支局長が「事実と異なる」と名誉毀損で一億2000万円の損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁民事第四五部(裁判長・春日通良氏、右陪席裁判官・岸日出男氏、左陪席裁判官・塚田扶美氏)は2月26日、春日裁判長は講談社に対し、計四百万円の損害賠償支払いと謝罪広告を同誌に掲載するように命じる不当な判決を言い渡していた。
 判決は、その一方で、爆弾を投げた漁師D氏に現地コーディネーターから金銭が支払われたことを容易に知り得たはずで、取材方法や撮影責任者として問題があったと指摘、「やらせ行為」を事実上認定した。
判決をおおまかに言うなら、「やらせ」はあったが、坂本氏が「強力に推し進めた」ということを裏付ける証明はなかったから、名誉毀損が成立するというのだ。
 全く信じられない判決である。HPの読者の多くからも、いったいどういう判決なのだという声が届いている。
 春日裁判長は、「やらせ」を告発した元NHKジャカルタ支局記者、フランス氏らの証人尋問の際、午後の口頭弁論で目を閉じていることがよくあった。私はいつも傍聴席の最前列の中央にいたので、よく見えた。左陪席の裁判官が文書を手や腕にぶつけて、目を開かそうとしていたが、効果がないときのほうが多かった。
 NHKは開廷前に裁判長の映像を撮影し、「ニュース7」でオンエアしたが、このときはきちんと目を開けていた。
 裁判長が証人の話をきちんと聞いたのかと思う。
 口頭弁論の過程でNHKがろくに内部調査もせずに起こした不当な提訴だったことが、はっきりしている。
 東京地裁の判決文はwww.courts.go.jpで近く読むことができるそうだ。まだいつかはわからない。私の名前が判決文にたびたび出てくるので、「実名をどうしますか」と講談社の代理人を通じて聞いてきた。「不当判決で、私の名誉を毀損する文章なので、当然匿名にしてほしい」と答えるように、代理人に伝えた。

*調査報道の視点で判決を解剖した西日本記事
 以下は三月一日の西日本新聞の検証記事(東京報道部・中島邦之、宮崎昌治両記者の署名入り)である。《 爆弾漁でとれた魚を、カメラに向かって示す漁師たち (NHKテレビから)》という説明付きの写真が載っている。
 宮崎さんらが2000年8月末から9月初めにかけて行った、当時のNHK報道局幹部への取材の内容も書いてあり、すばらしい記事だと思う。
 見出しは《検証・「やらせ報道」訴訟 NHK 金銭提供を軽視》である。
 リードは次のようだった。
《インドネシアの違法な爆弾漁をNHKが「やらせ」取材したと報じた月刊「現代」(講談社)を、NHKが「事実と異なる」と名誉棄損で訴えた訴訟で、東京地裁は講談社に四百万円の支払いを命じる一方で、NHKの撮影の不自然さも指摘、「やらせ行為」を事実上認定した。NHKは「取材に問題はなかった」とするが、それなら、NHKにとって「やらせ」とは何なのか。NHKの一連の対応、姿勢には疑問が残る。一方、判決は今後の調査報道の在り方に懸念を抱かせるものになった。訴訟と判決を検証した。(東京報道部・中島邦之、宮崎昌治)》
 本文は《内部調査=「取材に問題はない」》という見出しでこう書いている。
《NHKは自らが当事者である今回の裁判をどう報じたか。判決当日の午後七時のニュースは、東京地裁が講談社に損害賠償の支払いなどを命じたことだけを伝え、判決がNHKの取材にも「問題があった」としたことには一切触れなかった。
判決は(1)NHKが撮影した爆弾漁は、NHKの現地コーディネーターと漁師の間で、爆弾の材料費を支払うとの約束のもとに行われた(2)元特派員は漁師への金銭支払いを知り、または知ることができた―と認定。元特派員の積極的関与は認めなかったが「取材方法や撮影責任者としての行動に問題があった」と判断した。だが、NHK広報部はこの点も「取材に問題があったという判決ではないと考える」と語る。
元NHK記者の川崎泰資・椙山女学園大教授(メディア論)は「カネを払ったのがコーディネーターでも、取材の責任はNHKにある。裁判の勝ち負けより、報道機関なら、この点をまず反省すべきだ」とNHKの対応を疑問視する。
そもそも「やらせ撮影」を報じた月刊現代の記事はNHK現地職員の内部告発が端緒。同職員はNHK幹部にも告発の手紙を送っていた。だが当時、職員とNHKには雇用契約をめぐるトラブルがあり、NHKは裁判でも「労働問題を有利に解決するため、やらせ問題なるものを利用している」と職員を攻撃した。
市民団体・公益通報支援センター代表の片山登志子弁護士は、一般論として「内部告発は公益と組織への恨みが併存するケースが多い。情報の質こそ重視すべきだ」と指摘する。NHK側が告発を建設的に受けとめていれば、地裁が指摘したことぐらいは簡単に確認できたはずだ。
NHK側はこの問題の「核心」である漁師への金銭支払いを、裁判が始まってから初めて知ったという。提訴後、コーディネーターが法廷で金銭支払いを認め、元特派員も支払いの事実を「初めて知った」と証言したことを指す。だが、NHKは提訴前、西日本新聞社の取材に対し「現地に人を入れて調べたが、やらせはない」と強調していた。NHKがいう調査とは一体何だったのか。
 判決後も「こちらの主張がすべて認められた」というNHK。この姿勢からは、自らの手で問題点をただそうとする自浄力は感じられない。》
 続いて《名誉棄損=調査報道 制約の懸念》という見出しを立てて次のように調査報道のあり方の視点から論じた。
《 今回の判決は、調査報道の今後のあり方にも悪影響を与えかねない。
 記事の核心は、さんご礁を爆弾漁から守ることを訴えたはずのNHK報道が、実は「やらせ」で爆弾漁を撮影し、さんご礁を破壊していた事実を告発することだった。だが判決は、「やらせ」を基本的に認めつつ、元特派員自身が積極的に指示して「やらせ」を行ったとする記事の肉付け部分の証言について「的確な裏付けがない」として、記事全体の信用性を否定する論法を取った。
 調査報道は通常の報道と違い、ほとんどの当事者が「事実」を否定する中で、取材者が独自に周辺の証言や物証を積み重ね、隠された事実を掘り起こす作業だ。
 調査報道に詳しいジャーナリスト・魚住昭氏は「取材で事実を詰めることはもちろん必要だが、最終的にはある一方の証言者に寄り掛からざるを得ない。集めた物証と状況証拠が基本部分で矛盾しなければ、その人の証言で記事の肉付けをする以外に方法はない」と調査報道の特性を指摘。
魚住氏はその上で「判決は記事の核心の『やらせ』を基本的に認めており、取材者の常識からはどうして講談社側が敗訴するのか理解できない。このレベルで名誉棄損が成立するなら、調査報道は成り立たない」と、判決の報道現場への影響に強い危機感を示す。
また、報道機関であるNHKは公共性が強く、一般人に比べ名誉棄損が成立するハードルは高いとされる。この分野に詳しい木村哲也姫路独協大教授(情報法)も「記事の主要な点が事実であれば名誉棄損は成立しないという過去の判例から見ても、やらせ自体を認めながら、細かい点の食い違いをとらえ、名誉棄損を成立させる今回判決はかなり強引だ」と、疑問を投げ掛ける。
 メディアの現状には、過熱取材などをめぐる厳しい世論もある。これを追い風に政府はメディア規制の法案を次々と国会に提出している。今回の判決も、こうした風潮と軌を一つにして「言論の自由を軽く扱う流れの中にある」(魚住氏)との懸念がぬぐえない。》
 記事には《裁判の経緯》として、《講談社の月刊現代が2000年9月5日発売号で「NHKジャカルタ支局長が犯した『やらせ』報道が発覚」というタイトルの記事を掲載。NHK取材班が現地漁師に現金を渡す約束を事前にした上で爆弾漁のシーンを撮影、「ダイナマイト漁からサンゴを守れ」と題する特集を放送したと報じた。NHKは「記事は事実でなく名誉棄損」として同年9月4日提訴。今年2月26日に判決があった。》という説明記事を載せている。
また《判決の要旨》として《元特派員知り得たはず 記事裏付ける証拠なし》という見出しで次のように書いている。
《元特派員は、撮影数日前に現地コーディネーターから、爆弾漁の撮影に金銭を支払うことになる話を聞き、そのための手配を依頼するか、少なくとも積極的な態度を示していた。だが、撮影前日か当日朝、金銭を払えば取材倫理の点で問題があると考え、撮影の中止を申し入れた。
しかし、撮影直前にコーディネーターと漁師が話した後、爆弾漁が行われており、元特派員は漁師に金銭が支払われることを知ることができたのに、あえて撮影を行った。現にコーディネーターから漁師に金銭が支払われたことも、元特派員は容易に知り得たはずで、取材方法や撮影責任者として問題があった。
だが、記事は取材に問題があったというにとどまらず、元特派員が自ら「やらせ」取材を強力に推し進めたと指摘し、元特派員の悪質性を強調している。
このことを証言した現地職員の証言を裏付ける的確な証拠はなく、記事は真実であると信じる相当な理由があったとは認められない。》

*インドネシアではNHK3氏が被告
 フランス氏の弁護士アスルン氏から、三月四日以下のような連絡があった。
《ジャカルタでの動きについて報告する。
1 坂本、田端、海老沢各氏に対する民事の訴えはジャカルタ地方裁判所に2003年2月5
日届けられた。第一回公判は4月24日予定。ジャカルタ領事館を通じて東京の彼らへの出廷が通知される。
2 2月13日、インドネシア警察にフランスと共に行き、名誉毀損について通報した。三氏が対象。(三名が通報対象になった理由説明、略)
3 略》
 フランスさんは、NHKが、フランス氏の実名を出して、証言の信用性を地裁が否定したと広報したことに強く抗議している。広報文がほぼそのままアンタラ通信で流されて、インドネシアの新聞に載った。
《NHKはプレスリリースをまわし、NHK事件の証人として、また記者としての私の信
頼を崩壊させようとしている。
 NHKとその弁護士が、事実を覆い隠そうと努力の限りを尽くしていることが残念でならない。そして、裁判官がNHKとムクシン氏の証言のみを鵜呑みにしていることも。ムクシンはNHKから口を閉ざすように依頼されているようで、またD氏も実際に起こったことを言わないようにしむけられている。
 D氏とムクシン氏に、事実を述べてもらうためには、インドネシアの警察に捜査してもらうしかない。この二人は違法の爆弾漁法を行ったと公的に述べているからだ。
私は、NHKが裁判に勝つため私の名前を汚そうとしていることに非常に驚いている。また、この件で裁判官がNHKと協力していることも。この件で勝つという以外にも、私は個人的にNHKでの10年間の経験を本に書きたいと考えている。その本には、NHKでの良い経験も悪い経験も率直に書きたい。この本は、きっと日本の人々にも興味をもってもらえるのでは。NHKが公共放送としてどのような行動をとっているかについて書かれたものだからだ。》

 NHKが判決後にとった行動は、フランス氏が原告の対NHK名誉毀損裁判の証拠として提出される。NHKはフランス氏から、やらせ問題について事情聴取して、真相解明すべきである。また、フランス氏に対する謝罪も早急に行うべきである。

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Copyright (c) 2002, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2003.03.10