2002年6月6日
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ロンドンからの報告1
浅野健一
*なぜ英国か
共同通信から同志社大学に移ってまる八年がたち、大学から1年間にわたる在外研究の機会を与えられた。外国のどこに行ってもよかったのだが、「9・11」後、混迷する状況下、欧州でじっくり「人権と報道」を考えようと思い、英国を選んだ。
私のゼミ(2002年度3・4回生)と卒論指導(同4回生)は同志社大学嘱託講師の栗木千恵子さん(中部大学助教授、元シカゴ・トリビューン記者で『ニュース−ペーパー・ウーマン』など著者多数)に担当してもらっている。
3回生栗木ゼミ(4回生のときは浅野ゼミの予定)は12人が登録した。新しい学生が5人参加して、メディア規制法案を共同研究のテーマに決めた。活発なゼミになりそうだ。4回生ゼミも栗木先生の指導を受けて学生生活最後の年をスタートしている。
栗木さんは9・11で米国はどう変わったかについて、「サンデー毎日」に3回連載。また、毎日新聞社出版局から近く単行本を出版する。
私は4月18日にロンドンへ到着。ジャーナリズム・マスコミュニケーション研究の分野では英国でトップにあるウエストミンスター大学コミュニケーション・創作産業学部の客員研究員として当地のメディア事情を調査している。
キャンパスはロンドン西北のHarrow地区にある。同学部の中に4学科があり、ジャーナリズム・マスコミュニケーション学科には25人の専任教員がおり、その半数がメディア現場で今も活動を続けているアカデミック・ジャーナリストだ。カルチャラル・スタディーズ研究で著名なコーリン・スパークス教授や放送学のピーター・グッドウィン先生らが、私の研究調査のサポートをしてくれている。この二人は同志社で講義をしたことがある。大学院は学生たちの半数が外国人で、国際的な大学だ。
英国でもタブロイド紙を中心に犯罪や有名人のスキャンダルをセンセーショナルに報道しているが、ブロードシートと呼ばれる一般紙の報道は抑制が効いている。司法と報道の役割の違いが明白だ。事故の被害者の姓名は原則として、本人または遺族の了解なしには報道されない。日本と北欧の中間という感じだ。政治家から法規制をちらつかされており、取材・報道の自由を守るために何をすべきかがいつも議論されている。
*メディア規制法案反対運動の限界
私が日本を離れてから、政府が国会に上程したメディア規制二法案に対する反対運動が盛んになった。報道界も大きく取り上げ、あの文藝春秋も社をあげて反対を宣言している。週刊文春6月6日号の新聞広告で、桶川事件の《実行犯「獄中手記」》の大見出しのすぐ横に被害者女性の顔写真を載せて、《(株)文藝春秋は「メディア規制3法案」に反対します》とあった。何も分かっていない。菊池寛の侵略戦争の責任を全くとらなかった出版社の無責任さが出ている。
「ダ・カーポ」編集部を事務局とする反対運動グループの一部から《浅野は法規制派》と言われている。彼らのほとんどは、あらゆる規制(市民のチェックも)反対という立場だ。「ダ・カーポ」は「精神障害者の犯罪をどうするか」などという特集を大阪池田事件後に組んで保安処分導入を煽った。大谷昭宏氏が連載で私を不当に中傷した問題(HPに詳細掲載)でも、私の反論掲載を拒んだ。
「浅野さんはなぜ、反対運動を一緒にやらないのか」とよく聞かれるが、グループの彼や彼女たちの中に、ワイドショーや新潮社・文藝春秋の雑誌などで非人間的な取材や報道をして市民を傷つけている自称「ジャーナリスト」群が少なくないので、こちらから声をかける気にはならない。グループの集会にいつも出てくるのが、東京渋谷の会社員殺人事件で被害女性の母親を泣かせ続ける佐野眞一氏らだ。
グループ関連の記者会見で、ある新聞記者が「浅野氏などが提言している報道評議会についてどう思うか」と質問したが、何の返答もなかったという。メディア規制がなぜ出てきたのかの社会的背景を理解せず、単に「報道の自由を守れ」「あらゆる規制に反対」と言っても市民の支持は得られない。
読売新聞が5月12日の一面トップで発表した修正試案の解説記事の中で、「報道の自由のみを主張する余り、報道によって人権・プライバシーを侵害された被害者が救済を求める道さえも封じるような論調に、本社は同調しない」と強調している点に注目したい。ここでいう論調は、田島泰彦氏、桂敬一両氏と両氏を持ち上げる朝日、毎日やメディア労働団体を指しているのであろう。これは正しい問題意識だ。
しかし、読売は、政府与党との緊張関係に欠けるため、法案反対、メディア責任制度と論理的に進まず、修正という方向に行ったのが完全に間違っている。読売新聞社社長は現在、日本新聞協会会長でもあるので、重要だ。誤った「現実的対応」だ。
しかし、「報道の自由」だけを強調して、報道界全体でメディア責任制度をつくろうという動きを見せようともせず、読売新聞の提案を非難している朝日や毎日、労働団体も問題なのだ。読売試案を攻撃するだけではなく、「報道によって人権・プライバシーを侵害された被害者が救済を求める道」を共同して模索すべきだ。
最近BROが開いたシンポのパネリストを見ると、「人権と報道」で、少年も実名報道すべきだというような、無条件に「報道」の側に立つ文化人がずらりと並んでいて呆れた。80年代なら、メディア側の主催でも、パネリストの顔触れはもっとバランスがとれていた。
日本のマスコミ企業は既に、記者クラブと社屋の国有地払い下げなどの特権供与によって、政権党・官僚と経済界によって実質的にコントロールされている。人民と共に歩む調査報道を中心とするジャーナリズムをどのように創生するがいま問われている。
英国では1953年にスウェーデンの制度を参考に、英国報道評議会が誕生し、90年から報道苦情委員会(PCC)に改組された。PCCは十分に機能しているとは言えないが、法規制を阻止する砦にはなっている。
報道界が一致して倫理綱領を策定して、市民と共に報道のありかたを考える報道評議会などの制度を設置するという具体的動きを見せることなしに、法規制を阻止できないと思う。今回、継続審議になっても、また法規制の危険がやってくるだろう。
*カーシュさんの願い
来年3月まで、ロンドンを拠点に「人権と報道の旅」をしたいと思っている。5月5日から3日間、パリで仏大統領選挙を取材した。また、5月15日から20日までスウェーデンの元「すべての市民のためのプレスオンブズマン」、トシュテン・カーシュ博士に会うため南仏のカンヌに滞在した。
スウェーデン外務省は対外広報の一環として、オンブズマン制度を日本に紹介するため、1981年3月にプレスオンブズマンだったカーシュさんを日本に派遣。カーシュさんは日本新聞協会、都内の大学などで講演し、メディア責任制度を紹介した。
人権と報道・連絡会がカーシュさんを招き、この時も新聞協会がプレスセンターで講演会(司会は桂敬一氏)を開いた。日本弁護士連合会の「人権と報道調査研究委員会」でも講演している。
21年前は新聞協会が北欧のメディア責任制度に注目していた。今は、新聞社が社内に設けた苦情対応機関を「日本独自のオンブズンマン」「オンブズマン的組織」などと詐称しているのだ。
カーシュさんは、日本にも早くメディア責任制度ができるように祈っていた。「まだプレスオンブズマン、報道評議会はできていないのですか」というのが、今回6年ぶりに再会したときに、最初に聞かれたことだった。
朝日新聞は5月31日の「オピニオン」ページで、 《報道被害、多様な救済策(焦点!海外の人権擁護とメディア)》と題して、《世界各国は「報道の自由」と「人権擁護」のバランスをとるために工夫をしている。報道評議会による自主規制のスウェーデンやオーストラリア、記者の倫理観にゆだね、裁判所の役割が大きい米国――。報道被害を防ぎ救済する仕組みは多様だ》という特集を組んだ。
記事のトップがスウェーデンの紹介だ。この記事は正確で、1993年にあった朝日新聞の欧州総局長による虚報の実質的な訂正とも言えるだろう。以下引用する。
《報道による人権侵害については、世界で最初にできた自主規制機関「報道評議会」が対応している。ジャーナリスト組合や新聞発行者協会が1916年に設立。評議会を補うため、69年にプレス・オンブズマン制度も導入された。オンブズマンが報道倫理綱領に違反していないかを審査し、違反の疑いがあるものが同評議会にかけられる。今年から、雑誌出版協会も評議会に加わった。
寄せられる苦情は年間約400件。約50件が倫理違反と判定されている。メディアは最高約2万2千クローネ(約28万円)を評議会に払ったうえ、判定文を自社の報道媒体で公表しなければならない。
00年12月、子どもを虐待した疑いで父親が逮捕された事件で、地方紙がその息子の年齢と小学校の写真を掲載した。「匿名でもわかってしまい、子どもが傷ついた」とする母親の訴えに評議会は倫理違反と判定した。
オンブズマンのウラ・ステンホルム氏は、「評議会が救済機関として機能するには、市民とメディアの両方からの信頼が必要。長い歴史を経て培われたもの」と話している。(ブリュッセル=久田貴志子)》
*脱・記者クラブ宣言から1年
一時帰国のため5月29日夕、成田に着いた。6月10日にロンドンに戻る。6月2−5日は韓国に行った。7月14日にソウルで国際コミュニケーション学会(ICA)があり、延世大学のユンチョンイル助教授と一緒に「日韓記者クラブ比較」の発表を予定しており、その打ち合わせと、W杯日韓ふれあい共同応援参加のためだ。1998年フランスW杯に、在日韓国人と日本人の共同応援に参加したKJクラブが今回のW杯も参加した。今回は、朝鮮総連系の在日朝鮮人も多数参加した。総数は1000人を超えるようだ。6月2日にソウルに入り、4日に韓国vsポーランド戦を共同応援した。朝鮮籍の在日の人たちは在日韓国人と一緒に韓国に入国するのは初めてのことで、現地では私のコメントも報道された。韓国の歴史的初勝利をこの目で見た。日本ではスポーツ報知などが私の談話を載せた。毎日新聞が5日夕刊社会面で報じた。日本テレビが14日の「今日の出来事」で取り上げる予定。
6月9日にはKJクラブの一員として横浜で日本ーロシアを共同応援する。
ICAの発表では、田中康夫長野県知事の「脱・記者クラブ宣言」を取り上げる。そのため一時帰国中に田中知事にインタビューし、雑誌に「あれから1年」を書く予定。
7月14日に開催されるソウルでの国際コミュニケーション学会参加後の7月17日にもう一度、一時帰国し、7月末まで日本に滞在する。『現代用語の基礎知識』2003年版の「ジャーナリズム」の項の執筆などに当たる。
今年末か来年初めから在外研究の拠点をオーストラリアか他の外国に移すことも考えている。
英国でもメール・アドレスは現在のメール(asanokenichi@nifty.com)で届き、Faxは+44-20-7911-5942で大学の研究センターで受けられますが、大学には毎日行かないので、その点、了解ください。
*共同アピールに賛同を
5月22日には、浅野が世話人の一人を務める市民団体「人権と報道・連絡会」(84年7月発足、山際永三事務局長,郵便番号168ー8691 東京都杉並南郵便局私書箱23号、ファクス03ー3341−9515)が、「人権と報道関西の会」「マスコミと人権を考える東海の会」「『人権と報道』研究会(仙台)、「報道について語る福岡の会」「報道と人権の会」(札幌)とともに「メディア規制法案の廃案とメディアの自己改革を求める共同アピール」を発表した。山田悦子さん、河野義行さんも賛同した。アピールは次のようにうたっている。
《私たちは、長年、報道の自由を守る立場から、メディアの市民に対する人権侵害を批判し、メディア自身による自主的な問題解決を訴え続けてきた市民グループです。私たちは、そのような立場から、現在国会で審議中の人権擁護法案・個人情報保護法案の廃案と、メディアの自己改革を強く求めます。
報道の自由は、市民の知る権利に応え、民主社会を支える重要な権利であり、とくに厚い保護が認められるべき権利です。これを権力が法律で規制することは、報道を萎縮させ、市民の知る権利を奪い、民主主義を形骸化させるもので、容認することはできません。私たちは、メディアに対する法規制を含む人権擁護法案・個人情報保護法案に強く反対し、その廃案を求めます。
しかし、一般市民に対する、多人数の押し掛け取材、プライバシー報道、容疑者犯人視報道などによる人権侵害は、黙視することができません。メディアは、多くの批判・警告・提案にもかかわらず、「容疑者」呼称の導入、社内「第三者委員会」の設置等の微温的改善を行うにとどまり、問題の解決に真剣に取り組んではきませんでした。それが権力の法規制による介入という事態を招く一因となっていることを、メディアは厳しく自覚すべきです。私たちは、メディアがこれらのことを率直に反省し、次のことの早期実現に向けた具体的第一歩を直ちに踏み出すよう、強く求めます。
1 メディア全体を通した統一的倫理綱領を策定すること。
2 メディア横断的な市民参加のプレスオンブズマン・報道評議会を設立して、倫理綱領の遵守を見守らせること。
3 実名報道原則を根本的に見直すこと。
メディアによる人権侵害は、厳しく批判され、その防止・救済が図られなければなりません。しかし、それは、あくまでも市民を基盤にしたメディアの自律的コントロールによるべきであり、法規制によるべきではありません。私たちは、報道・表現の自由を守る立場から、多くの団体・市民がメディアと協力してその人権侵害を防止・救済するためのメディアの自主的なシステムを早期に構築し、法規制を排除していくよう呼びかけます。
2002年5月22日
人権と報道・連絡会
人権と報道・関西の会
マスコミと人権を考える東海の会
「人権と報道」研究会事務局
報道について語る福岡の会
(他にも賛同を呼びかけ中)》
メディア法規制については多くが“廃案”を主張しているが、一方で、メディア側に一般市民への人権侵害を反省・改善していくよう「自己改革」を求めている団体、個人は少ない。
共同アピールを最初に呼びかけた「マスコミと人権を考える東海の会」代表の平川宗信名古屋大学教授は、名古屋では22日開かれた「メディア規制法案を考える市民の集い」で参加者にアピール文を配布した。
平川代表によると、23日の朝刊では、朝日は「市民団体主催」には触れずにパネリストの柳川・御嵩町長の「野放図な取材も見受けられる」との発言を紹介したのみで、毎日は朝日の記事に加えて柳川町長の「法案を作らせた責任はメディアにもある」との発言を紹介、地元紙の中日がこれに加えて「市民4団体の主催、会場から人権侵害防止のルール作りと第三者機関設置の意見」という記事を出した。読売と日経は、報道しなかった。
また、24日の午後、司法記者クラブで記者発表した。10人ほどの記者が30分以上に渡ってかなり熱心に話を聞いた。反応は予想以上に良かったが、25日朝刊を見ると名古屋地方版だけの地味な扱いだった。平川代表の採点では、中日は見出しに問題があったが内容的には「優」で、朝日・毎日が下駄を履かせた「可」というところだという。
報道各社は、規制法に反対とは言うが、法案の社会的基盤となっている報道公害の現実をどう解決するかについての積極的な提言を市民に伝えない。だからメディアは権力になめられるのだ。
報道評議会もできないうちに法規制攻撃をかけられているのはなぜかをみんなで考え、人民のために調査報道を展開するメディアをつくりあげるために力をあわせよう。このアピールを広げていこう。賛同団体は私か、人権と報道関西の会に連絡ください。(了)
Copyright (c) 2002, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2002.06.07