* 三浦和義さんの無罪が確定
「情報の銃弾」の犯罪の有罪決まる

2003年3月25日
浅野健一@SF

 いまサンフランシスコです。アメリカの全く不当な戦争について。
米国の建国以来の原理である「言論の自由」がいま瀕死の状態にある。三月九日から米国西海岸に滞在しているが、メディアの「イラク戦争」報道は、日本の戦時下における大本営発表ジャーナリズムとほとんど変わらないと思う。
 人類の歴史でも、こんなに理不尽で、不法な「戦争」はない。国連憲章などの国際法に違反する戦争テロだ。各キャスターは「我々の軍隊」「米国の国益」など客観報道原則を逸脱した言葉を乱発し、前線の軍隊を鼓舞し、「わが局こそ戦争の最前線で奮闘している」と自画自賛した。米メディアは世界の「ジャーナリズム隊列」の最後尾に位置してしまった。国民の自由と議会と民主主義がなくなったのは米国ではないか。
 三月二一日の反戦グループが「CNNは戦争をゲーム扱いしている」と抗議したが、その通りだと思う。
 日本で約一五年間、英字新聞記者などをして現在カリフォルニア州アルケータに住むブライアン・コバート氏は、「我々は勝つ」「米軍イラク全土で進撃」などの新聞一面見出しを見て、「米国のジャーナリズムは死んだ」とため息をついた。
 さて、報告が遅れてしまったが、私が『犯罪報道の犯罪』を出した年に、週刊文春とテレビ朝日の共謀で「情報の銃弾」を浴びた三浦和義氏の「ロス銃撃事件」無罪が、3月10日確定した。以下、報告。
 米国ロサンゼルス市で1981年11月に起きた「ロス銃撃事件」で、殺人などの罪に問われていた元雑貨輸入販売会社社長三浦氏について、最高裁第三小法廷(金谷利広裁判長)は六日までに、無罪の二審東京高裁判決を支持、検察側の上告を棄却する決定をした。
 朝日新聞は6日夕刊で《報道が捜査に先行する異例の展開をたどり、過熱報道も問題となった「ロス疑惑」は、発生から二十一年余りが経過し刑事裁判が終結する》と報じた。
 朝日新聞が指摘した通り、それまでの犯罪報道のやり方と全く違って、捜査当局がほとんど動いていない段階で、一般刑事事件に関して、「調査報道」と称して、三浦氏の人権を侵害する報道を展開し、警視庁、東京地検がこれに乗って、強制捜査に踏み切った。典型的な「犯罪報道の犯罪」であった。
 最高裁の決定については、検察、被告人が五日以内に異議申し立てをできるが、最高検は10日、最高裁決定に対し、異議を申し立てないことを明らかにした。重大事件では、異議申し立てを行うのが普通で、「検察トップは最高裁の判断を受け入れたことになる」(三浦氏)と言えよう。
 三浦氏に最高裁から決定を伝える郵便が届いたのは3月6日午前10時55分ごろという。三浦氏は同11時過ぎに柏市にある私の留守宅に電話で、連絡してくれた。妻から滞在中のウエリントンのホテルにファクスで連絡があった。私はすぐに三浦氏の携帯電話に電話を掛けて話をすることができた。三浦氏は「長い間、お世話になりました」と私に話した。三浦氏の無罪確定は、マスコミ報道の有罪確定だった。
 マスコミによる三浦氏への取材・報道は常軌を逸していた。最初は慎重だったNHK,朝日新聞、共同通信なども、警視庁のリークを受けて、あの騒動に参加した。社会部記者たちは、週刊文春が創ったストーリーを自ら確認せず、無責任で無定見な報道が重なり合って、あの酷い報道が展開された。「三浦氏は自らすすんでマスコミに出ていたし、捜査当局に逮捕されたのだから公人だ」(前沢猛・元読売新聞新聞監査委員、後に金沢学院大学・東京経済大学教授)「三浦報道は調査報道だ」(山川洋一郎弁護士)「メディアは一般刑事事件でも犯人探しをしていい」(田原総一朗氏)などと公言した「識者」「文化人」も有罪が決まった。彼らの人間としての対応を期待する。
 テレビ朝日の「ニュースステーション」のコメンテーターの清水建宇記者は、警視庁のリークで記事を書いたという私の批判に対して、「リークではない」と反論した。朝日新聞労働組合新聞研究委員会発行の「新研かわら版」に私との論争が載っている。清水氏は自らの言動を検証してほしい。
 いったん三浦氏の弁護人になりながら、「子供がそのまま大人になったような人」などとと著書に書いた五十嵐二葉弁護士の釈明も聞きたい。 
 最高裁が上告棄却を決めた段階で、三浦氏は被告人ではなくなった。ところが、三浦氏が見た限り、朝日新聞と東京新聞以外は三浦被告と報じたという。最高裁が上告を棄却した段階で、被告人ではなくなったはずだ。
 東京新聞が社説で、ロス疑惑を調査報道とみなしたのは誤りだったと指摘したのはすばらしい。
 マスコミは、三浦氏に対する取材と報道を反省する記事を全く載せていない。
 三浦氏は6日午後から開いた記者会見で、「若い記者は、当時の報道を見て、自分の新聞社がいかにひどい報道を仕方を振り返ってほしい」と述べた。
 三浦氏は3月13日、私の電話取材に「マスコミは反省する記事を載せていない。しかし、私と弁護団が午後5時から記者会見したのを一部民放が中継した。私がメディア批判をしたのが、そのまま生でオンエアされた。夜のニュースでも、記者会見の内容を、NHKや主要民放がそのまま伝えたのはよかった。マスコミに目を覚ませてもらうために、メディア訴訟が必要だ。東京新聞の飯室勝彦論説委員は私のメディア訴訟を非難したが、今回の社説はよかった。飯室さんの立場はどうなっているのだろうか。また、五十嵐弁護士のことも家族で話した」と述べた。
 「犯罪報道を根本的に変えるしかない。私のような一般市民は匿名でいい。報道される側は実名が出ることによって大変な目に遭う。新聞社がつくった人権と報道に関する委員会も、その委員の顔ぶれを見ると全く機能していない。放送界がつくったBROも、BROが問題なしと却下した案件が、民事裁判で名誉毀損と認められたこともある。これでは何のための組織かと思う。世界各地にある報道評議会やプレスオンブズマンを導入すべきだ」。
 1980年代には、さんざん犯人扱いした人の無罪が裁判で確定したときには、メディアが過去の犯罪報道を検証して、報道の加害責任を反省する記事を載せていたが、最近は全く見ない。各紙の「メディア欄」は何のためにあるのかと疑問に思う。
 三浦氏に対する何の根拠もない報道を「調査報道」と評価した人々の個人責任が問われている。三浦氏を公人とみなすのは無茶だった。
 ロス疑惑以降、さまざまなテーマで暴力的な取材・報道が繰り返された。犯罪報道は公人と私人、犯罪や疑惑の対象になった人の行為が、権力行使か個人間のトラブルかで分けるべきだと、私は主張してきた。
 マスコミも、私人間の犯罪を取材して報じてもいい場合もあるだろう。しかし、記者が一般刑事事件で、ある人を犯人扱いして、その後、その人が犯人ではないことが明白になったら、切腹するぐらいの覚悟でやってほしいと書いた。報道さる側は、マスコミ報道で家族、生活を破壊されるのだから、「報道する」側が、表現の自由だと言って逃げてはいけない。報じる側が、「取材・報道の自由」で逃げることは許されない。

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