2003年2月19日
NHKの海老沢会長ら3人を刑事告発
インドネシア・メディアが大きく報道
浅野健一
NHKが坂本・元ジャカルタ支局長による「やらせ爆弾漁法」を最初に報じた月刊「現代」を相手取り一億二千万円の損害賠償請求を求めた訴訟の判決は、いよいよ二月二六日午後二時から東京地裁六三一号法廷で言い渡される。判決予定日の一週間前になっても延期の連絡がないので、三度目の正直であろう。
NHKとその代理人の喜田村洋一弁護士らは、この判決では原告だが、5000キロ離れたインドネシアでは名誉毀損訴訟の被告となり、間もなく刑事事件の被疑者になる可能性が高くなった。
「週刊金曜日」2月14日号の「情報アンテナ」欄に書いたが、NHKジャカルタ支局の元記者、フランス・パダク・デモン氏(ジャーナリスト)は2月13日、海老沢勝二NHK会長、坂本・元ジャカルタ支局長(カメラパーソン)、田端祐一・現支局長(記者)の三人をインドネシア国家警察本部(日本の警察庁に当たる)に刑事告発した。
フランス氏は代理人のソフィヤン・マルタバヤ、アンディ・M・アスルン両弁護士と共に、ジャカルタのクバヨラン・バルーにある警察本部の総務部門担当者を訪れた。フランス氏らは、刑法の名誉毀損で海老沢会長らNHKの三人を告訴した。その中で、坂本氏が一九九七年八月二四日正午過ぎ、インドネシア・スラウェシのバランロンポー島沖で行った「爆弾漁法やらせ」撮影行為は、インドネシアの刑法、非常事態法(一九五一年)、環境法(一九八二年)などの法令に明白に違反するとして、三人を刑事事件の被疑者として捜査するように通報した。インドネシアの法律で、爆弾事件の時効は18年。捜査が進めんバ、坂本氏と、漁民D氏に現金を渡したガイドのムクシン氏(国立大学職員)らは最高で拘禁五年の可能性がある。
これに先立ち、フランス氏は二月五日、NHKに一億ルピア(約一五〇〇万円)などを求める名誉毀損訴訟をジャカルタ中央地裁に起こしている。NHKジャカルタ支局の代理人は「やらせ撮影の事実は全くなく、フランス氏に対する名誉毀損の事実もない」と述べているという。また田端支局長は1月16日、ジャカルタの日本人特派員らに「フランス氏は、またもや金目的で、やらせだというでっちあげを行って裁判を起こし、刑事告発しようとしている」などと宣伝している。
NHK側は、講談社も浜野純夫次長の取材や東京地裁(NHKが講談社を訴えた損害賠償請求裁判)に出した陳述書などで、「NHKから金銭を得るために脅迫した全く信用できない人間」などとフランス氏を度々非難していた。NHKの報道局長、広報担当者ら幹部は、2000年8月末から9月初めにかけて、西日本新聞(宮崎昌治記者)、毎日新聞(明珍美紀記者)、週刊新潮(馬宮守人記者、2000年9月21日号)らの取材に対しても、フランス氏の人格を激しく攻撃している。田端支局長の最近の言動も名誉毀損の対象になる。
坂本氏は東京の裁判の証言で、ムクシン氏からD氏へ現金が渡ったことを認めた。またD氏はNHKが東京地裁に提出したビデオで、「今も爆弾漁法をやっている」とNHKのカメラに向かって言明している。
インドネシア警察と海軍は、バリ島などのテロ事件もあって、爆弾漁の取締りを強化しており、坂本氏の「やらせ」に関心を示している。
フランス氏からの報告によると、2月13日の告発では、国家警察本部は総務部の警部が対応し、数時間をかけて告発状の書類の記入を指導してくれ、正式に受理された。警察本部が「刑事告発を確かに受理した」という文書を発行し、フランス氏に渡した。告発の場面を10人の地元記者が取材した。Indosiarという影響力のあるテレビも取材した。またKontan Weeklyという雑誌が13日発行の号で、フランス氏のNHK提訴を詳しく伝えたため、 フランス氏にかなりの取材があった。またインターネットで配信している Detik.com(女優の来るクリスティン・ハキムさんらが発行するリベラルな媒体) も報じた。
警察への告発については、前回の民事の提訴よりも地元インドネシアでは大きく報じた。アンタラ通信が配信したので、各地の地方紙が記事を載せた。
NHKは13日Detik.comの取材に対して、英語で「告発状を見ていないので分からない。ただし、インドネシアのメディアは二月二六日まで待ってほしい。東京の裁判でNHKは勝つと確信している」などと回答した。この回答文書には、レターヘッドも書いた人間の姓名も署名もないという。
NHKのジャカルタの対応にはあきれるばかりだ。こういう態度をまさにcolonialism的というのであろう。「東京の裁判まで待て」というのだが、フランス氏らは国民の義務として爆弾事件を目撃し、その加害者であるD氏がNHK代理人の梅田康宏弁護士に向かって「今も爆弾を海に投げている」と言明し、そのビデオがNHKから東京地裁に提出されていることを問題にして、2月13日は警察に告発したのだ。NHKの田端支局長らも刑事事件の被疑者に近くなる可能性が高い。東京の裁判は、「現代」記事がNHKと坂本氏への名誉毀損かどうかが問われているわけで、まったく別個のケースだ。確かに無関係ではない。坂本氏とムクシン氏のどちらが爆弾投擲の主犯かが両方の裁判で明らかになる。
ムクシン氏はNHKの隠ぺい工作に従い、「自分が投げさせた」「坂本氏はやらせをやっていない」と東京の放送や裁判で主張したが、そうであるなら彼は爆弾事件の主犯となる。インドネシアの捜査当局、裁判所で同じ主張をするかどうか注目される。ムクシン氏は国立大学職員(国家公務員)である。
もしムクシンが、NHKにすべて頼まれたから、自分は主犯ではないという供述をすれば、彼の東京地裁での証言は偽証ということになり、NHKの主張の根底が崩れるわけだ。坂本氏とムクシン氏のどちらが、爆弾事件の主犯(MASTERMIND、首謀者、黒幕)かを決めてもらう捜査と裁判になる。坂本氏の証人喚問もありうる。私の証人喚問があればよろこんで応じる。NHKはフランス氏と私をセットにして誹謗中傷してきた。
NHKは日本でもインドネシアでも、「東京地裁で絶対勝つ」と豪語しているようだが、そううまく行くだるか。
ジャカルタにいる日本のメディアは今回も、フランス氏の行動を報道しなかった。ジャカルタから東京に原稿を送ったメディアもあったようだが、没になった。「報道しない犯罪」、Black outである。
フランス氏が警察に刑事告訴と通報をしたときには、助手も取材しなかった。日本人特派員の間では、「フランス氏は名誉毀損しか告訴しておらず、爆弾関係の告訴はしていない」と言っている人たちもいるようだ。爆弾事件で捜査し、起訴できるのは、国家権力(検察官)だけだ。フランス氏らは通報するだけだ。フランス氏は、爆弾投擲を示す、ビデオ、文書などすべてを警察に提供した。
もっとも、NHKは他の報道機関に坂本氏の「やらせ」を報道させないために、東京で提訴したわけだから、日本の情報産業企業には取材報道は無理かもしれない。
ジャカルタの日本メディアで現在働いているインドネシア人ジャーナリストたちも、「報道しない罪」を将来、告発するかもしれない。「キシャクラブ」はジャカルタのメディアにはないから、いずれ大きな問題になるだろう。
NHKはフランス氏が民事で提訴した日、北海道選出の自民党議員が週刊文春を訴えたことを本人の声も含めて詳しく報じていた。自分たちが講談社を訴えたときも「ニュース7」で全世界に放送した。フランス氏の訴訟はニュースにしない。他のメディアも伝えない。これが公共放送と言えるだろうか。
NHKという巨大「公共放送」に対するフランス氏の闘いは、そう簡単ではない。NHKは金と人員を湯水のように使って、フランス氏に対決してくるだろう。フランス氏は2001年にある日本の新聞の通信員の契約を切られている。NHKの起こした東京での裁判が背景にあることは間違いない。
このまま司法手続きが法に従ってすすめば、海老沢会長らが刑事事件の被疑者になるわけだから、あらゆる手段を使ってくるとみたほうがいい。NHKのフランス氏に対する「解雇」から誹謗中傷に至る不当、非人間的対応について、おかしいと思う人は支援してほしい。
しかし、NHKがフランス氏やフランス氏の周辺にかけてくる様々な圧力を我々はきちんと取材し、記録して後世に伝えていく。2002年8月21日以来のNHKの言動を緻密に取材してきたように、NHKを監視していきたい。
フランス氏の裁判闘争を支援する会(事務局:人権と報道・連絡会。連絡先のファクス 03−3341−9515、電子メールkimu@genjin.jp)が東京に設立された。インドネシアを代表する日刊紙コンパスの東京特派員が早くもメンバーになってくれた。みなさんもどうかご支援ください。〔別項でフランス氏の「私がNHKを訴えた理由」と題した英文の声明を載せます。ぜひお読みください。〕
Copyright (c) 2002, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2003.02.19