2002年4月4日
4・2浅野証言報告
 NHKによる訴権濫用「現代」訴訟

浅野健一

 NHKと坂本・元NHKジャカルタ支局長が講談社を訴えた損害賠償訴訟の第12回口頭弁論が4月2日午前10時から12時5分ごろまで開かれ、私が証言しました。人権と報道・連絡会、NHKのETV改ざん抗議運動から出発した「メディアの危機を訴える市民ネットワーク」(メキキ・ネット http://www.jca.apc.org/mekiki/index.html)などの仲間が来てくれました。傍聴に来てくださった方々に感謝します。私は「メキキ・ネット」のメールマガジンでも本裁判について連載(3回の予定)を2回行っている。
 5月7日は坂本・元NHKジャカルタ支局長の証言です。10時15分から12時まで。東京地裁631号法廷です。傍聴をよろしくお願いします。(私は4月18日から来年3月までロンドンのウエストミンスター大学などで在外研究です。7月11日に一時帰国します。)
 喜田村洋一弁護士やNHK幹部はこのHPを毎日チェックしているようです。これを読んで深く反省し、受信料を使っての事実隠蔽のための訴訟を取り下げるよう求めたいと思います。NHKがダイナマイト爆弾漁やらせでオンエアした中で、クンダリ基地での講習会(取材時には終わっていた)のシーンも漁民らに一人1万ルピア払った「やらせ」であることが判明しています。またNHKが頼みとしたムクシン氏は3月5日に開かれた第11回口頭弁論で「やらせの準備のために漁民に渡す、爆弾製作からの費用50万ルピアを1997年8月18日坂本氏から直接もらった。計画は中止になったがお金を渡したJ氏から返してもらっていないし、NHKはそのお金について何もその後言ってこなかった」と証言しています。
 坂本氏の報道倫理違反の「罪」はますます深まり明確になっています。
 ムクシン氏と漁民D氏の間で起きたことで、「NHKは全く関与していない」などということが社会通念上通るはずがありません。喜田村弁護士の論理が正しいとしたら、坂本氏はハサヌディン大学職員ムクシン氏とD氏が共謀して起こした「犯罪」を知らずに撮影して公共の電波で放送したことになります。坂本氏の監督責任は免れません。
 この裁判については、同志社大学人文学会発行の「評論・社会科学」68号に詳しく書きました。抜き刷りを希望の方はメールか、ファクス(04−7134−8555)で連絡ください。200円(印刷実費プラス送料)分の切手を大学(〒602−8580 上京区今出川通烏丸 同志社大学文学部社会学科 浅野健一研究室)に送ってください。
 NHKは裁判でもムクシン氏の実名を出しており、2000年9月4日の「ニュース7」で顔もアップで出しています。私はこれまでM氏としてきましたが、今後は原則として顕名とします。爆弾投擲の漁師はD氏とします。

 NHK幹部と喜田村氏らはこのHPを毎日のようにチェックしているそうです。
 以下は私の証言の報告です。NHK関係者のみなさんも目を見開いてよく読んでください。

*弁護士倫理に違反した喜田村代理人
 講談社側の代理人、的場徹弁護士の主尋問では、「やらせ」の定義、現地取材の経緯などを詳しく話した。
 反対尋問でNHK代理人の喜田村洋一弁護士は、ムクシン氏への取材の際、なぜ「現代」の取材だと言わなかったのかと聞いた。身分を偽っての取材だと決めつけた。「私はジャーナリストであり大学教員であり、NHKの爆弾漁撮影について調査に来た」とムクシン氏に言っているわけで、雑誌の名前を言う、言わないは私の決めることだ。職業を詐称したわけではない。私は「取材の時点で最終的に記事になるかどうかは決まっていなかった。ジャーナリストがどこに書くかは当人が最終的に決めることだ」と答えた。
 「現代」記事におけるムクシン氏の発言内容の中に、私の陳述書に取材データとして書かれていないことがあると繰り返し聞いてきた。またD氏についても同様に聞いた。またフランス氏の第10回口頭弁論での証言での発言と記事との相違点も聞いた。
 喜田村氏は、ムクシン氏が坂本氏と事前にやらせについて相談していないとか、お金を坂本氏からもらっていないという発言を立証しようとして、細かなことを計1時間聞いた。
 私は取材の全記録を陳述書で明らかにしているわけではない。取材は対面、電話、メール、伝聞などさまざまで、取材の結果は録音テープ、ノート、PCに残し、頭の中で記憶しているものもある。
 陳述書の文章や添付した資料にないから、そういう取材はしていないのではないかという“追及”の仕方はいかがなものか。フェアではない。
 喜田村弁護士は取材、報道がどういうものなのか理解していない。またインドネシアの人たちが種族ごとの言語を持っている一方で、独立後は共通語であるインドネシア語も理解できることを知らない。そもそも喜田村弁護士は、取材・報道の実態を知らないから、書面だけを分析して、重箱の隅をつつくような質問ばかりを延々と1時間も続けた。
 本来は取材源の秘匿などを理由に答えなくてもいいのだが、裁判官に分かってもらうために記憶に基づいてすべて答えた。
 D氏が記事の内容と違うことを言っている点について、喜田村弁護士は「HPでDさんを全面的に信頼できると書いているのに、おかしではないか」と聞いた。いつどこのHPを指すのかも言わずに、証拠になっていないHPを持ち出すのは不当だと思った。また「あなたはムクシンの証言が混乱しているというが、あなたの方こそ(ムクシン氏より)矛盾しているんじゃないの」と私に言ったのは、証言者への中傷であり、名誉棄損だと思う。
 喜田村氏とは人生をかけて対決することになりそうだ。彼は「ロス疑惑」報道被害者の三浦和義さんの刑事事件や対メディア訴訟もやっているが、読売、文芸春秋、NHKの顧問弁護士などをして生計を立てている。NHKの代理人は今回が初めてのようで、ここで負けては後からNHKの仕事が来なくなるので必死のようだった。
 喜田村氏と同じミネルバ法律事務所の弘中惇一郎弁護士や大阪の木村哲也弁護士は「報道被害者とメディア企業の両方の代理人をやるのはおかしいので、自分はやらない」と常々言っている。喜田村弁護士ら多くの「リベラル」法律家がやっていることは、公害被害者の代理人を務める弁護士がチッソの代理人もやるようなものではないか。表現の自由とか報道される側の人権とかをメディアに出て言っている人が、こんなことをしていいのだろうかと思う。
 証人である私をばかにしたり、訴訟の証拠になっていない大学のHPでのを持ち出したことは裁判記録に残るので、弁護士倫理の問題として追及していくつもりだ。

 裁判官からの質問はなかった。
 講談社側はこの日、浜野純夫次長のムクシン氏に対する2001年4月と9月の取材経過を明らかにした陳述書を出した。私も同行取材した時のムクシン氏の発言内容の記録であり、ムクシン氏がいかにウソを言っているかがよく分かるものだ。
 今回も坂本氏は喜田村弁護士と梅田康宏弁護士(NHK総務局法務部職員)の間に座っていた。彼の表情は終始固く険しかった。
 傍聴席左前方に坂本氏の関係者と思われる女性が3人いて、閉廷後、私をにらみつけていた。NHKは前回よりも傍聴団が少なめだった。全員、無表情だった。

*取材録音テープ
 私の証言が終わった後、裁判長は喜田村、梅田両弁護士が2月13日に出した「文書提出命令申立書」について、「証人(私)に任意提出する意志があるかどうか聞いてみても良かった」などと述べた。講談社代理人がNHK側の「申立書」に対する意見書を出すことになった。
 NHK側が求めているのは、私と院生の助手が2000年8月2、3日にムクシン、D両氏に取材した際の録音オーディオテープと、フランス氏が同年2000年8月13日午後1時38分付けで発信した私への電子メール。
 報道機関が取材のテープを裁判所に出すことについては様々な問題がある。NHKは未編集ビデオテープの法廷内上映に反対した。また、NHKは自分が訴えられた名誉棄損訴訟では、取材内容についてほとんど証言を拒否している。
 私は、例外的に取材のテープ起こしと取材テープを出してもいいと思っている。ムクシン、D両氏の発言の全体を読めば、坂本氏を責任者とする爆弾漁法撮影がやらせだということがさらによく分かるであろう。ムクシン氏は8月23日以前にD氏に接触していることもわかる。なぜ、ムクシン氏が「自分のポケットマネーから出した」とウソをついているかも分かる。
 私は裁判の判決が出た後、2001年4、9月のムクシン、D両氏への取材記録も含めて、すべてを公表することにしているから、録音テープも出していいと考えている。
 ただし、NHKも(1)NHK側が「捜索したが発見できなかった」と言っている坂本氏撮影の取材生テープ(フランス氏の証言では、ベータカム30分が約10本、97年8月18日から24日)(2)97年8月18日から24日までのNHKジャカルタ支局の出張精算書・領収書(3)2000年8月18日の「現代」編集部によるNHKへの取材開始後に「調査」したという調査報告書---などを裁判所に提出すべきである。

*インドネシア大使館広報部長も関心示す
 私は4月1日、東京目黒のインドネシア大使館で、広報担当者らに会った。担当者は判決が出た段階でコメントを出すと述べた。本件の4種類のビデオを全部見てくれた。ムクシン氏の行為について、「公務員とか大学職員であるという前に市民として、お金を渡して爆弾を投げさせるという行為はあってはならない」「インドネシアは犯罪を行った者には法に基づいて処罰が加えられるような社会にしようと努力している。元の政権党議長やスハルト大統領の息子が逮捕されたり、中央銀行の元頭取が3年の禁固刑を受けるなど、大きく変わっている。爆弾漁をやっても賄賂を警官に渡せばどうということはないというのは違う」などと述べた。
 
* 「公人と私人」を区別せよ
 喜田村弁護士は3月17日の朝日新聞「オピニオン」ページで、「特集・個人情報保護法案とメディア(私の視点)」で、行政機関と民間の個人情報取扱事業者を対象にした二つの個人情報保護法案について次のように書いている。
 見出しは《公人に関する報道、減少招く」。顔写真の下に、「きたむら・よういち 東京都生まれ。東大法学部、米ミシガン大ロースクール卒。ニューヨーク州でも弁護士登録をしている。著書に「報道被害者と報道の自由」「プライバシーと出版・報道の自由」(共著)など。51歳。」という略歴が載っている。
 《(略)この法案では、情報の商業的利用と憲法的利用を区別せず、原則として同じ規制を及ぼすことにしている。しかし、この両者を同等に取り扱うことには無理がある。たとえば、商業的利用の場合には、個人情報を、最初に約束した目的以外に使うことを認めるべきではないだろう。これに対し、憲法的利用の場合に、ある事件である人について収集した情報が他の事件に役立つことは日常的に見られる。したがって、この場合に、目的外利用を厳格に禁止することは、情報の流通の不当な制限となる。
 商業的利用と憲法的利用を同一に扱うと、どのような結果が生じるだろうか。商業的利用の場合には、対象となる情報は多ければ多いほどよいから、この利用の対象になるのは社会の多数を占める私人一般である。他方、憲法的利用の場合には、情報の対象者は、報道する価値のある人であるから、公人と、少数の私人(事件・事故の当事者や関係者など)である。
 そして、この両者の情報利用を同じ厳格な規制に服させるならば、公人に関する報道は減少するだろう。この状態が表現の自由を保障した憲法の予定するものと異なることは明らかだ。》
 《もちろん、私人に関する現在の報道のあり方に問題は大きい。しかし、たとえば日本新聞協会や日本民間放送連盟の委員会が「集団的過熱取材」についての見解や対応策を発表し、日本雑誌協会が人権ボックスを設置する動きに見られるように、メディア界も真剣に報道の向上に努めている。メディアは、公人に対する大胆さと、私人に対する繊細さの両立を目指すべきであろう。
 なお、この法案では、報道機関が報道目的で個人情報を利用する場合には、厳格な規制は適用しないこととされている。しかし、憲法が保障しているのは、あらゆる「表現の自由」であり、その中の「報道の自由」だけを取り出して優遇することはできない。私たちの生活は、事実の報道だけでなく小説によっても豊かになっている。事実に基づき創作として昇華した小説が姿を消すことは耐え難い。
 このように、個人情報保護法案は、情報の商業的利用/憲法的利用の区別を行わず、公人/私人を区別しないため、公人に関する報道の減少という結果をもたらす。
 その一方、この法案は、「表現の自由」の中で、報道目的/その他目的という区別を持ち込んでいるのであり、この区別が憲法に照らして許されるかは疑わしい。このような根本的欠陥を有する個人情報保護法案は根底から見直すべきであろう。》
 もっともな主張だが、日本の「メディア界も真剣に報道の向上に努めている」というのは過大評価だろう。喜田村氏が顧問をしている文芸春秋、読売新聞などが「公人に対する大胆さと、私人に対する繊細さの両立」を目指して努力しているとは思えない。私人に対する大胆さと、公人に対する繊細さばかりが目立っているように思う。
 公人とともに《少数の私人(事件・事故の当事者や関係者など)》を挙げているのも問題だ。事件・事故の当事者や関係者などを公人扱いする文春などの論理が問題なのだ。
 またNHKの不当な裁判で、フランス氏や私の証人尋問で見せた喜田村氏の姿勢は、「公人/私人を区別しないため、公人に関する報道の減少という結果をもたらす」だろう。NHKとNHKの元ジャカルタ支局長であり撮影部門のエリートである坂本氏は、「公人中の公人」であろう。喜田村氏は自己矛盾を感じないのであろうか。

*傍聴の感想
 ある元新聞記者は3日こんな感想をメールで送ってくれた。
 《喜田村弁護士は職業とはいえ、重箱の隅をつつくような質問ばかりで、聞いていて疲れました。「現代」の記事に信憑性がない、執筆者の取材も不確かだ、という印象づけを懸命に行っている感じでした。インドネシア語とマカッサル語の件にしても、少しでも現地の事情を知っていれば、どのように使い分けているか察しがつくはずです。勉強不足ですよね。私の友達のバリ人だって状況に応じてバリ語とインドネシア語を使っています。
 「混乱している」云々の喜田村弁護士の発言には、私も聞いていて「ひどい言い方だなあ」と印象に残っています。11時25分ごろです。「あなたが矛盾してんじゃないの?」と証人をばかにしたような口調に驚きました。
 事実は一つで、どちらの言い分が正しいかは明らかです。完全勝利まで頑張りましょう。NHKも私たちの受信料を勝手に使っての無駄な裁判はやめてほしいです。》
 また戦争責任を問う活動を続けている牧師はこんな感想を送ってきた。
 《喜多村弁護士のネチコイ質問には驚きました。ホームページを読んでいるなら、それを利用して一撃を浴びせる必要がありましょう。公害防除のためです。(喜田村弁護士は)VAWW-NETの裁判でもあの調子でやって来るのだと思いました。》
 東南アジア取材が長く現在米国在住の友人がNHK裁判について次のようなメールを送ってきた。
 《ドキュメンタリー番組は、やらせがなくては作れないと思っています。その伝でいけば、坂本氏がやらせをやって、良い写真をとる誘惑にかられた、というより、日常的ないつもやっているやり方で撮影したと思います。つまりあまり深く考えない。不正が見つかる訳がない。なにせここは東南アジア。差別感、蔑視の情も根底にある。要するに、金を払えば、何でもできるという、今のマスコミのネガティブな面を反映したケースだと思います。東南アジアはまだ貧しいので、こうしたことが簡単にできる。先進国では、NHKはこうしたことは絶対にできないでしょう。ともかく、取材で金を払う、という特にテレビ取材陣の慣行は、一体いつから始まったのでしょうか。坂本氏のケースは、背後にこうしたテレビ、いやマスコミの構造的無感覚の問題を含んでいます。》
 NHKと坂本氏に東南アジア蔑視の思想があるというのは私も感じていることだ。またテレビがお金を払って取材するようになったことに問題があると思う。NHKは内外での取材で人と金をふんだんに使って取材するのも目に余るといつも思ってきた。この裁判は奥が深い。(以上)

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