2002年6月6日
「やらせ」撮影を認めた坂本・元支局長
金銭授受知ったのは提訴から10ヵ月後?NHK理事会は直ちに訴訟取り下げよ
NHK報道局は今すぐ「ニュース7」訂正放送をNHK受信契約者・浅野健一
日本放送協会(NHK)と坂本NHK元支局長が1億2000万円などを請求して講談社を訴えた損害賠償訴訟の第13回口頭弁論が5月7日午前10時15分から12時まで東京地裁631号法廷(裁判長・春日通良氏、右陪席裁判官・岸日出男氏、左陪席裁判官・塚田扶美氏)で開かれ、坂本・元NHKジャカルタ支局長に対する証言尋問が行われた。
私は4月18日から来年3月までロンドンのウエストミンスター大学で在外研究しているため、傍聴できなかった。以下は、講談社関係者、今回も傍聴のため訪日した元NHKジャカルタ支局助手フランス氏、傍聴した友人知人などから集めた情報に基づいて報告する。
非常に重要な報告が遅れてしまったことをお詫びしたい。
*原告坂本氏「やらせ」を認める
後で詳しく述べるが、坂本氏は、ムクシン氏が爆弾漁法撮影時にNHK取材班の一員であったことを明確に認めた。裁判所に提出された国立ハサヌディン大学学長の公式文書で、ムクシン氏が大学の一般職員で研究職ではないことがはっきりしているのに、坂本氏は「国立大学研究員」証言した。
坂本氏は「ムクシン氏から(爆弾を投げた)漁民D氏に金銭が渡ったことを2001年7月まで知らなかった」という衝撃的な事実を明らかにした。そのときの調査で初めて知って驚愕したというのだ。「月刊現代発売日の前日の提訴、及びニュース7(いずれも2000年9月4日)での報道は、ムクシン氏のまともな証言(金銭の授受があったかどうかを聞いていない)をもとにしていない」ことが明白になった。
「あなた方は金銭授受の事実確認もしないで提訴したのか」という講談社代理人の厳しい追及に、明確に答えられなかった。NHKは提訴前に調査団を派遣、提訴後も約3週間ムクシン氏の自宅周辺などにはりついている。佐藤国際部長がキャップ格だった。その後、NHK職員の真田弁護士も現地に出向いている。調査団はD氏にも一度会っている。佐藤氏は本事件当時、クアラルンプール支局長で、フランス氏が1997年9月に本件について初めて直接告発した人で、本裁判を毎回傍聴している。フランス氏によると、佐藤部長は、私がある雑誌に書いた裁判報告記事について、私や出版社には何も言わず、私の取材対象者に対し、「浅野は敵ばかりで、相手にする学者はいない」などと私を中傷する発言を行って、引用されているようなことを実際に言ったかと聞いている。いずれ詳しく公表する。
坂本氏はまた、「金銭を渡して何かをやってもらう事を、一般的には、メディアで何と言われているか」という問いには、「やらせと言います」と回答した。つまり、坂本氏は自分がしてしまった行為は(今となっては)やらせを批判されても仕方ないと実質的に認めたのである。
ただ、「当時は金銭の支払いなどもなかった」という認識であったので、やらせだというつもりは全くなかったと釈明した。当事は金がD氏に渡っていたのを知らなかったので、やらせではないという強弁は一般社会では通用しない。
また、重要な証言の中で坂本氏は何度か、あの時自分は「興奮していたのでよく覚えていない」という発言をしていた。興奮していたので、あまり細かな点は覚えていないということだったが、自分が起こした裁判で、これは、実に驚くべき発言だ。スクープ映像ともいうべき撮影が出来る時こそ、ジャーナリストとして冷静な判断を忘れてはならないのではないか。
坂本氏は、爆弾撮影の現場に行くときのことについて、島を回ってみようといったのは自分だとも認めた。
さらに、坂本氏は、爆弾撮影の現場に行くときのことについて、島を回ってみようといったのは自分だと認めた。
また、坂本氏は「やらせではないという理由はありますか」というNHK代理人の喜田村洋一弁護士の質問に、「3つあります。まったく偶然遭遇したこと、漁師が通常やっている場所だったこと、漁師たちに許諾をもらって撮影したことです」と答えた。この回答は準備していたようで証言の中で2回繰り返し、よどみなく発言していた。事前に練習していたのだろう。「漁師たちに許諾をもらって撮影した」という3番目の理由は、「やらせ」を認めたことになる。
坂本氏は証言で、フランス氏が爆弾撮影をもちかけたなどと、フランス氏に責任を転嫁する証言を繰り返した。部下に罪をなすりつけるのはどこかの国の政治家、官僚に似ている。
坂本氏は「ムクシンは浅野氏に対して、私も浜野氏(「現代」の浜野純夫次長)に対して十分説明したにもかかわらず、それを無視し、悪意を持って書かれたことで憤りを感じます」と発言した。冗談ではない。坂本氏は「十分説明」するどころか、記事の根幹にかかわる、撮影前のムクシン氏からD氏への金銭授受について、確認することもせずに、取材に答えたのだ。「評論社会科学」(同志社大学人文学会発行)68号掲載の研究ノートに公表した坂本氏の取材に対するコメントを読めば、坂本氏が真実に反した発言を繰り返していることがわかる。
またムクシン氏の説明が大きく変遷していることは、われわれが明らかにしている取材テープを聴けば明らかであろう。
我々は悪意をもって書いたわけでも、印刷したわけでもない。悪意をもって本裁判を起こしたのはNHKである。海老沢勝二会長ら経営陣、報道・広報責任者の社会的責任は重大である。
不思議なことに、喜田村洋一弁護士は、坂本氏の不規則証言に対するフォローを全くしなかった。NHK代理人による坂本氏への再尋問がなかったのだ。*7月9日に最終弁論
春日裁判長は坂本氏の尋問が終わったあと、「裁判所としてはこれで事実確認の審理は十分だと思います」と言った後、原告、被告双方に「他に提出する書証はありますか」と尋ねた。双方の代理人が「ある」と答えると、「追加の書証はいつ頃までに出せますか」と聞いた。講談社側代理人が「2週間ぐらいで出せます」と言うと、NHK側代理人は「3週間ぐらいかかります」と答えた。すると裁判長が「では、5月いっぱいまでに出してください。最終準備書面はそれから1カ月ぐらいでしょうかね」と発言し、それに対して双方の代理人が異議を挟まなかったため、最終弁論の期日を7月9日と決めた。
そして、裁判長が「和解する意志はありませんか」と尋ねると、講談社代理人は苦笑して返答せず、NHK側代理人は「いやあ、裁判所がそうおっしゃっても、それは(応じかねます?)」と否定的なニュアンスだったが、歓迎する姿勢を示したとの見方もある。喜田村弁護士はにこにこすることが多い人だから真意はよくわからない。
ともあれ、裁判長、双方代理人が顔を見合わせた。そして、裁判長は「なかなか難しいでしょうね」と言いつつ、6月7日と決めた。6月7日は裁判所の判断らしきものが示されるので、その段階で裁判所の意向が分かると思われる。それを双方が持ち寄って検討することになる。したがって、最終弁論期日の前にさらに期日を入れる可能性もある。
和解のうちあわせでは、講談社「現代」側は和解する方針は持っていないようだ。裁判が終了した後、フランス氏は普段と同じように憤りを覚えているようだったが、「さっき、トイレの前で坂本さんと目があったとき、目礼してくれた。だから自分も軽く頭を下げた」と話していた。
*提訴自体が誤りを自己証明
裁判を起こす権利を私も否定しない。しかし、放送法で設立されている特殊法人のNHKと元NHKジャカルタ支局長が講談社に1億2000万円と謝罪広告を求めて民事訴訟を起こすには、それだけの根拠が最低限必要だろう。
提訴が雑誌の発売日前日で、かつ「現代」の取材後に調査団を現地に派遣したのに、「ガイドのムクシン氏がD氏に金を払ったかどうかを聞かないまま」提訴したというのだ。
今回の提訴が社会的常識に照らして、まともなものなのかという、提訴自体に大きな疑問が浮上した。今後、講談社側はこの点を追及すべきだろう。
また坂本氏の証言で、彼の証言にはウソが多いことが一段と鮮明になった。最大の焦点だった、ムクシン氏からD氏への金銭授受を坂本氏は否定できないどころか、肯定せざるを得なかった。また、金銭授受すら確認しないで提訴した(これも、提訴する前に確認しているはずなのに、していなかったというのは常識から考えて大変おかしい)ことも明らかになった。
さらに、浅野や「現代」次長の浜野純夫氏に十分説明したのに悪意を持って書かれたと言っているが、記事、坂本氏陳述書、坂本氏証言を読み比べてみれば、坂本氏のほうがうそをついていることは明白である。
坂本氏はガイドとして雇ったムクシン氏を研究員とまだウソをついた。また、依然としてフランスさんに罪をなすりつけることをやめない。
坂本氏のマザーテープの行方不明についての説明はおかしい。NHKは再捜索をすべきだ。坂本氏の管理下にあると私は信じる。そんなに大事なものをなくすわけがないし、かぎがかかっていないからといっても、ジャカルタのタムリン通りにある警備の厳重なヌサンタラビル内にあるNHK支局に侵入するのは難しい。そのテープをどこかに持っていく人は坂本氏以外にいないと思う。坂本氏はどこかに隠し持っていると私は信じている。*ニュース7で訂正を
このHPでも何度も書いているが、NHKはニュース7で、ムクシン氏をVTRで画面に出して「大学研究員はやらせはなかった」と言わせて、「現代」記事が虚偽だと決め付ける報道を行った。NHKが札幌の健康食品会社・玄米酵素に訴えられている裁判で、NHKデスクが証言したところによると、ニュース7はNHKの報道の中で最も信頼され影響力が大きいそうだ。
坂本氏の証言によると、坂本氏とNHK首脳は、ムクシン氏に「D氏への金銭授受」の事実を聞きもせずに、「やらせではなかった」と言わせる報道を行ったことになる。事実の捏造である。これまたやらせである。
NHKは坂本氏の証言を受けて、その日のうちに訂正放送を行うべきであった。ところが、今日まで何もしていない。これが公正中立の放送局かと思う。
坂本氏が「やらせ」撮影を認め、金銭授受を知ったのは対「現代」提訴から10ヵ月後だったと証言したのだから、NHK司法記者はニュースとして報道すべきだろう。NHK以外のメディアも取材に来ていた。なぜこんな重大な事実が社会に出ないのか。
NHK理事会は直ちに訴訟取り下げ、NHK報道局は今すぐ「ニュース7」の訂正放送を自主的に行うべきである。人に言われる前に訂正すべきだ。辻元前衆議院議員の「訂正」の遅れをあれほど厳しく報じたNHKは、「訂正」もしないでいいのか。彼女には「興奮していたから」では済ませなかったのだから。*多かった傍聴者
坂本氏の尋問の日は10時15分の開廷前から、地裁6階の613号法廷前にはNHK側からいつものように背広姿の集団が集まっていた。傍聴席も、開廷直後には80%の座席が埋まるほど人が詰め掛けた。裁判が進むにつれ、空いている席を見つけるのが難しいほどの混雑ぶりとなった。これまでと違ったのは若い学生らしき傍聴人がかなり来ていたことだった。
証言台で坂本氏は、あまり緊張している様子には見受けられなかったという。フランス氏が最初に証言台に立った時の裁判では、終日厳しく硬い表情をしていたのだが、今回は拍子抜けするくらい穏やかな様子だった。
最初のNHK代理人喜田村氏(新聞紙上などで公人への自由な論評を奨励している弁護士)からの質問では、冒頭、スラウェシで撮影してきた写真を使用して行われたため、傍聴席からはどのような写真なのか分からなかった。乗っていたボート、水中撮影用カメラなどの写真のようで、撮影には水中撮影カメラや特別のマイクなどは島に持っていっていなかったという話をしていた。いまどき、どういう意味があるのか。
講談社側は、浅野証言後に、NHKが要求していたムクシン氏とD氏に対する取材と2001年4、9月の両氏への取材の際の録音テープと翻訳文をすべて提出した。
NHKは坂本氏が撮影したときのマザーテープ(10本)を再捜索して、裁判所に提出すべきである。また当時の会計報告書も出すべきだ。私は情報公開法に基づいてNHKにこれらを開示するように求めたが、裁判中であることと、取材内容にかかわることだとして公開を拒否した。NHKは真実を隠蔽するために、訴訟したことが明白であり、受信料で運営される特殊法人による訴権の濫用は許しがたいことだ。*フランス氏解雇問題で示談要請
NHKジャカルタ支局(田畑支局長)代理人のLuhut Pangaribuan弁護士は、坂本氏の証言の数日後、フランス氏の雇用問題の代理人に対して、当時の解雇について、インドネシアの法令に基づいて退職金などを支払いたいと強く要請した。6月に入っても、示談書案を示して、2万3000ドルを提示している。示談書案には「これをもってNHKとフランス氏の間に何も問題は存在しなくなったことを確認する」とあるという。なぜ、フランス氏との雇用問題の解決を急ぐのだろうか。
「フランスは勝手にわわがままなことを言ってやめた。やらせ撮影問題は金ほしさの脅しだ」とNHK幹部は2000年8月21日以降、繰り返し言ってきた。フランス氏に対する人権侵害の罪も犯しているのだ。フランス氏は「NHKが講談社裁判を取り下げ、私と浅野さんのことをあちこちで中傷したことに謝罪し、私の解雇を不当だったと公式に認めて謝罪しない限り、雇用問題の解決はない」と述べている。
フランス氏を不当解雇したことについては、「現代」記事の問題とは離れて、ILO、インドネシア労働関係法などに基づいて、解決すべきである。
NHKは対講談社裁判を取り下げ、講談社、フランス氏、私に謝罪すべきだ。そして受信料を使って訴権を濫用したことについて、「みなさま」に報告し、謝罪すべきだ。海老沢会長はただちに辞任すべきである。*坂本氏の尋問内容
以下に傍聴者のメモを頼りに再現した。坂本氏は早口で聞き取りにくい点も多かった。間もなく裁判所作成の尋問調書ができる。(敬称略)喜田村洋一弁護士 ムクシン氏の職業は。紹介されてなぜ信用したのか
坂本 大学の研究員ということだった。WWFから紹介され、国立大学の研究員ということで信頼できると思った。
喜田村 8月18日以前に、フランス氏からはどんな報告があったのか。
坂本氏 ムクシン氏に頼めば爆弾漁法を撮影できるだろう、ムクシン氏は研究員で、漁師もよく知っているということだった。
喜田村 8月18日以前の謝礼についてはどう思っていたか。
坂本 取材協力してもらったら一般の人にも払うが、ムクシン氏は専門家だから払うものだと思った。フランス氏も同じ理解で、それ以上のことは話していない。50万ルピアとか具体的な金額の話はしていない。
喜田村 8月18日に会った際は、どんな話をしたのか。
坂本 インドネシア政府が取り組んでいるサンゴ礁の破壊を辞めさせる取り組みを取り上げたい。その一環として、可能であれば爆弾漁を撮影したい。通常行っている自然な漁を撮影したいと言いました。
喜田村 ムクシン氏は撮影の可能性についてどう言っていましたか。
坂本 可能性としては難しい。しかし、近くの島でもやっているからできる可能性はある。ムクシン氏は何年も島に住んでいるし、漁師を知っているからということだった。
喜田村 ムクシン氏からビデオがほしいと言われましたか。
坂本 放送したビデオのコピーがほしいと言われました。爆弾漁の撮影はなかなか難しいので、私(ムクシン)が取り組んでいるプロジェクトの参考にしたいということでした。
喜田村 ビデオは送ったのか。
坂本 それは知りません。フランス氏がやっていると思いました。
喜田村 ムクシン氏は他にどんな場面が撮影できると言っていましたか。
坂本 爆弾を製造していれば、その場面の撮影も可能でしょうと言っていました。ただ、私は爆弾製造には興味がなかったので、それには関心もありませんでしたし、撮影の必要を感じませんでした。
喜田村 ムクシン氏から製造費用が必要と聞かされましたか。
坂本 聞いていません。
喜田村 8月18日の話し合いは何を話したのですか。
坂本 8月23日に戻ってくるので、23,24日に撮影できないかと言った。誰に頼むとかの問題はムクシン氏に任せていた。
喜田村 ムクシン氏の事前のリサーチとはどんなものであるか。
坂本 いろんな漁師に会って撮影協力してくれるか探ってくれていたと思う。
喜田村 ムクシン氏への謝礼はどうやって決まったのか。
坂本 50万ルピアという数字は18日に初めて聞いた。決して安くないが、調査に船などを使っているから仕方がないと思った。ムクシン氏には払いますと伝えました。
喜田村 内訳は
坂本 事前取材に使った舟代、漁師への御礼、助手などへの謝礼ということだった。
漁師への御礼というのは趣旨が違うし、問題になるかも知れないと思った。8月18日に「漁師に御礼をしてもらっては困る」とは言っていない。このお金は事前調査とこれから同行してもらうための謝礼という意味だった。8月23日に戻ってきて、自然な漁の撮影はどうなっているかを聞いた。自然な漁は撮りたいと言ったが、やらせをやらないとかは言っていない。
喜田村 島へ行こうと言ったのは誰の発案だったのか。
坂本 ムクシン氏の発案だった。カメラを持たずに行ったのは、ドキュメンタリーを作る場合、取材が難しいときはカメラを持たずに行って、信頼関係を築くことからはじめるからだ。
喜田村 8月23日には爆弾を製造している人、爆弾漁をしている人には会わなかったのか。
坂本 会わなかった。会っていたら、どういった撮影ができるか聞こうと思っていた。
喜田村 8月23日の夜、フランス氏と議論しましたね。どんな内容だったのですか。
坂本 漁師への御礼というのが気になっていましたので、その件について話し合いました。私は御礼の一部でも漁師に渡ればダメという意見でしたが、フランスはこちらが払うのはムクシンに対してであり、それ以降は関知しないということでした。その夜、国際部に連絡はしていません。これくらいは私で判断できます。8月24日、フランスを通じて「御礼の一部でも渡ったらダメだ」とムクシン氏に伝えました。前の晩、フランスと話し合いをした確認の意味と、NHKの立場を理解してくれると思っていたが、そうではなかった。ムクシン氏が誤解するかも知れないから、再度確認した。そして、島での取材が終わって、フランスが「爆弾漁をやっている」と言ってきた。
喜田村 島から船団に会うまでにカメラは撮影の準備ができていたのか。
坂本 ボートはスピードが出て揺れるため不安定であるし、水しぶきがかかるのでカメラは準備できていない。
喜田村 漁師たちの反応はどうだったのか。
坂本 逃げようとしました。ムクシン氏はボートの後ろに座っていましたが、前に出てきて大声で話しかけた。何を話したのかは分からない。フランスにも確認していない。私も爆弾漁を見るのは初めてだったので興奮していた。その後、フランスから「早く撮影しろ」と言われた。お金を払わなければ撮影できないとは聞いていない。爆弾を投げる際の撮影は40、50メートル離れた距離で撮影し、望遠レンズも使った。ムクシン氏がお金を渡したことは知らなかったし、フランスからも聞いていない。
喜田村 漁師の舟と接近したことはなかったのですか。
坂本 爆弾を見せてくれると言われたとき、その撮影のために近づきました。ムクシン氏には23,24日の舟代として40万ルピアを渡しました。その中にダウドに支払った分は含まれていません。
喜田村 ムクシンがダウドにお金を払ったことについて、どう思いますか。
坂本 取材期間中、通常やっている漁を撮影したいといっていたので理解してくれていると思っていた。だから、(支払ったことが分かり)驚いている。
喜田村 やらせではないという理由はありますか。
坂本 3つあります。まったく偶然遭遇したこと、漁師が通常やっている場所だったこと、漁師たちに許諾をもらって撮影したことです。
喜田村 現代の記事に対してどんな感想がありますか。
坂本 ムクシンは浅野氏に対して、私も浜野氏に対して十分説明したにもかかわらず、それを無視し、悪意を持って書かれたことで憤りを感じます。宮川弁護士(講談社代理人) 取材依頼の決定権は誰にありますか。
坂本 最終的には私です。
宮川 撮影したテープの保管はどのようにしていますか。
坂本 日本にオリジナルを送る場合もあるし、保管したり、破棄することもあります。
保管する場所には鍵はかけていません。
宮川 ムクシン氏にビデオを送ったかどうかは確認しましたか。
坂本 確認していないし、フランスに指示もしていません。
宮川 8月18日にムクシン氏からどんな話を聞きましたか。
坂本 漁師たちは近づくと逃げるし、撮影は難しいということでした。漁師にどのように協力依頼をしたのかは具体的には聞いていない。50万ルピアは私が直接渡した。ムクシンがどのような事前リサーチをしたかについては聞いていない。
宮川 23日に戻ってきて、どんな話をしたのか。
坂本 自然な漁を撮りたいと言ったが、それは簡単ではないと言われた。
宮川 フランスさんが「村人がダイナマイト漁をやっていると言った」となっているが、一緒に行動していて、村人が教えたのが分からなかったのか。爆発音を聞いたり、沖合に船が見えたりしたのか。
坂本 爆発音は聞いていないし、船は見えなかった。それなのになぜ、フランスがそう言うのかについては聞いていない。
宮川 あなたがこれ以前にフローレス島で爆弾漁を見たとき、それは島の近くでやっていたのか、それとも遠くでやっていたのか。
坂本 島の遙か遠くでやっていた。
宮川 撮影を終了した後、ムクシン氏にお金を払ったのか。
坂本 23,24日の舟代として40万ルピアを渡した。
的場弁護士 結局、ムクシン氏がお金を払わなければ存在し得ない映像が撮れたということではないか。金銭を渡して何かをやってもらう事を一般的にはメディアで何と言われるか。
坂本氏 やらせです。その時点ではやらせはなかった。何度も私が指示をしたのに、それを超えたものだった。
的場 ムクシンはNHKの取材陣の一員ではないのか。
坂本 それはそうだが、彼は国立大学の研究員でもある。
的場 ムクシンがダウドにお金を払ったのを知ったのはいつか。
坂本 2001年7月の調査班としてインドネシアに行ったときだった。
的場 その調査班で行ったとき、ムクシンは金を払ったと言ったのか。
坂本 覚えていない。
的場 お金を払ったのかどうかを聞いていないのか。
坂本 覚えていない。設定されたものかどうか、自然な漁だったかどうかを聞いただけだ。
的場 なぜあなたは提訴をしたのか。
坂本 現代に書いてあることが誤りだったので、提訴しました。
的場 ムクシンがお金を払っていた事実を知っていたら、提訴ができたのか。
坂本 (この部分の答えは聞き取れていません。)
的場 ムクシン証言に寄れば、漁師に頼んだ場合、材料費が必要と言っているが間違いないか。
坂本 記憶にない。
的場 18日に払った50万ルピアの内訳は。
坂本 事前リサーチ代、漁師への謝礼がいくらかは分からない。
的場 内訳も分からないで出金できるものか。最初の計画が中止になった際、お金を返せと言っていないのはなぜか。
坂本 一度払ったお金だから、請求はしていない。
的場 カメラ助手のマディーニもあなたが撮影に積極的だったと言っている。
坂本 23日の晩はフランスとは食事をしていない。議論したのは私の部屋で、フランスと二人きりだったからマディーニは同席していない(から分からないはずだ)
的場 ムクシンにビデオを渡すと約束したが、それは目的外使用になるはずだ。あなたにそんな権限があるのか。
坂本 難しい取材に協力してくれて、しかも健全な目的で使用するということだったので了解した。
的場 24日の撮影はどんな段取りを踏んで撮影となったのか。
坂本 その場の雰囲気と、フランスに早く撮影するように促されて決まった。
的場 ムクシンが交渉していたとき、あなたは何をしていたのか。
坂本 NHKに協力してくれるかどうかを交渉していたことは知っていたが、内容は分からない。爆弾漁を間近で見られるから興奮していた。交渉は流れに任せていた。ムクシンは私の方針を理解してくれていると思っていた。
的場 自然な漁の撮影なら、謝礼はいらないのではないか。
坂本 (これに対する答えも聞き取れません)岸裁判官 島を一周してみようと言ったのはあなたでいいですか。
坂本 はい。
岸 沖合1`のところで7,8艘の船がダイナマイト漁をやっているとなぜ分かったのですか。
坂本 たくさんの船が集まっていたし、ムクシンが大声で叫んでいたから。
岸 爆弾の音を聞いたのか。
坂本 聞いていません。
岸 漁師が逃げようとしたと、なぜ判断できたのですか
坂本 固まっている集団が散りはじめたからです。ムクシンが声をかけると、漁師は安心して戻ったのです。*フランス氏の反論
以下はフランス氏が傍聴した後に寄せた感想(原文はインドネシア語。「現代」編集部訳)だ。坂本氏の発言のうち15項目について反論している。
〈2002年5月7日 坂本氏証言についてのいくつか覚書〉1.「フランス氏が“ムクシン氏に依頼すれば、爆弾漁法の撮影が出来る”と語った」
この証言は事実ではない。1997年8月18日以前に爆弾漁法の撮影について議論されたことは全くなかったからである。私(NHK)がムクシン氏に依頼していた主な点は「ロロン・ジャンダ」(夫を失った女性の通り)であり、また潜水病や爆弾漁法によって被害を被った漁民達の問題であった。
8月18日の夜、レストラン「ラトゥ・ムダ」において初めて坂本氏がムクシン氏に対して爆弾漁法撮影の可能性について質問したのである。2.「50万ルピアについてきいたことはない」
8月18日の夜まで、爆弾漁と爆弾の製作過程の「やらせ」撮影用という50万ルピアについて話し合ったことはなかった。これは、ムクシン氏が8月18日の夜にレストラン「ラトゥ・ムダ」で言い出してきたものである。
3.「ムクシン氏はビデオのコピーを頼んでいた」
私は、ムクシン氏はNHKで放映された後のビデオをコピーしてもらいたいと言っていると坂本氏に伝えたと思う。バランロンポ島での撮影が終了した後、記憶違いでなければ1997年8月24日、レストラン「ラトゥ・ムダ」で昼食をとっていた時であったと思う。それ以前にビデオのコピー依頼という件が持ち出されたことはなかった。ムクシン氏は、バランロンポ島でのコーディネーションを行うためにNHKから雇われた人物であった。
4.「ムクシン氏から爆弾製作のために材料費用をNHKが支払う必要があるという話を聞いたことがない」
これは事実とは異なる。8月18日と23日、レストラン「ラトゥ・ムダ」での夕食の席で、ムクシン氏は爆弾製作のためには材料費として50万ルピアが必要であるという話をしていた。その時坂本氏は「高いね」と発言している。ムクシン氏は化学薬品の購入は袋単位でなくてはならず、少量ずつでは購入できないことを説明した。
5.「ムクシン氏は協力してくれる漁民を探していたようだ」
1997年8月18日以前に、ムクシン氏が爆弾漁を見せてくれるような漁民を探していたことはない。というのも、爆弾漁法をやらせで撮影したいという依頼すら行われていないからである。
6.「ムクシン氏へ支払った報酬は50万ルピアであった」
私の記憶によれば、最初に電話でバランロンポ島でのNHKコーディネーションとして協力してほしい旨ムクシン氏に依頼した際、私は一日の報酬は10万ルピアであると伝えたと思う。そしてそれは、ムクシン氏に対してのみであり、ムクシン氏の友人たちに対して協力を要請したことはなかった。交通費、モーターボート費用もNHKが負担することになっていた。
7.「最初から私は自然な爆弾漁法を依頼していた。ムクシン氏はそれを誤解してしまったのだろう」
これは事実とは異なる。ムクシン氏が自然な漁法を撮影するのは難しいし、また時間もかかると説明した際、坂本氏はやらせで撮影する可能性について質問した。彼は爆弾漁法の「スクープ」映像を撮影することにとても意欲を見せていた。自然な様子が撮影したいと繰り返し主張した事実はない。
8.「私は、50万ルピアには漁民への支払が含まれているのかどうかと尋ねた。もし漁民に支払われているのであれば、私は撮影はしなかった。しかしフランス氏が、我々はムクシン氏に支払っただけだと言ってきた」
これは全くの虚偽であり、作られた証言であるとしかいいようがない。このような話は、8月24日の昼にレストラン「ラトゥ・ムダ」で食べている際にムクシン氏から発言があったものだ。あの時、私が坂本氏に対して、NHKはムクシン氏を通じて漁民にお金を払っていることになるため、先ほどの爆弾漁法の撮影には問題があると話していた。
9.「ボートに乗る前に、フランス氏が“あちら側に行きましょう”と言い出したと記憶している」
この発言も事実とは異なる。病気に苦しむ漁民たちの取材や撮影を終えた後、私はもう全て終了したのでなるべく早くマカッサルに戻りたいと考えていた。その日の夕方にはジャカルタ行きの飛行機に乗らなくてはならないためである。
10.「私は、“これは本物か?”と尋ねた。するとフランス氏は早く撮影するようにと指示してきた」
これも全く虚偽の発言であり、事実とはそぐわない話である。彼は私に本物なのかどうか質問してこなかったし、また私が撮影するように依頼、支持した事実もない。
11.「漁民に対して金銭が必要か尋ねたこともないし、また“ノー・プロブレム”と発言したこともない」
これは事実と異なる。ムクシン氏を通じてNHKは漁民と交渉を行ったのであり、漁民は爆弾の費用を立て替えてほしいと言ってきた。理由として、その場には魚が多くいないからということであった。この漁民からの依頼について知らせると、坂本氏ははっきり「ノー・プロブレム」と言ったのである。その後、漁民はNHKの撮影のために爆弾を投げる準備を始めた。
12.「ムクシン氏が漁民に支払ったことは知らなかった」
これも事実を異なる。というのも、NHKが漁民に対して御礼を述べて別れの挨拶をしている時、すべての人がムクシン氏が漁民に金銭を渡しているのを見ていた。
13.「私は何度も自然なものをお願いしていたし、また漁民に金銭を渡してはならないとも言っていた」
これも事実とは異なる。私の方がこの件を問題視していたのであり、私の印象では坂本氏はやらせというのは間違ったことだという認識を持っていない、又は知らないという様子であった。
14.「8月23日の夜、レストラン・ラトゥムダでは爆弾漁法について話し合われなかった。部屋の中で、マディニ氏がいないところで話し合った」
これは嘘であり、事実と異なる。レストラン「ラトゥ・ムダ」で夕食をとっていた際、爆弾漁法撮影の可能性について話し合いが行われた。同席していたのはムクシン氏、マディニ氏、エド氏(ムクシン氏の友人)であり、それ以外にもちろん私と坂本氏がいた。坂本氏と部屋の中で議論したことはない。マカッサルに滞在中、私は坂本氏の部屋に入ったこともないし、また坂本氏も私の部屋を訪れたこともなかった。(私はマディニ氏と同室であった)
15.「私は東京に電話していない」
この証言は、坂本氏が8月23日深夜、私に告げた話とは異なる。レストラン「ラトゥ・ムダ」で議論した後、私は坂本氏に爆弾漁法のやらせについて国際部と相談するよう伝えた。その後、私は海岸近くにあるレストランに一人で飲みに出かけていた。深夜、部屋に戻ると坂本氏から電話があり、国際部には連絡し、爆弾漁法の「やらせ」依頼は中止すると決定したと伝えてきた。
*フランス氏が2002年5月13日に私に寄せた「5・7証言」の感想(英文)
Following are some important points of Mr. Sakamoto’s witnessing in Tokyo court.:
* Mr. Sakamoto finally admitted that there was a "rekayasa" / fabrication or media hoax in the fish bombing shooting on August 24, 1997 but at that time he did not know that Mr. Muchsin paid money to the bombing fisherman.
* Mr. Sakamoto said that NHK had asked Mr. Muchsin to arrange the fish bombing before August 18, 1997 when I called Mr. Muchsin to ask for help.
* Mr. Sakamoto admitted that NHK paid Mr. Muchsin and Mr. Muchsin was a member of NHK team in doing shooting in Barang Lompo Island. But he said that he had warned Mr. Muchsin and me not to pay the fisherman.
* Mr. Sakamoto said that he promised to send a copy of video to Mr. Muchsin but he did not know if the video copy was sent to Mr. Muchsin or not.
* Mr. Sakamoto said that there was no discussion about the payment for bomb material.
* Mr. Sakamoto said that on August 23, there was discussion on the fish bombing at the Ratu Muda Restaurant. The discussion was in hotel room and was not attended by Mr. Madini.
* Mr. Sakamoto denied that he made a phone call to NHK Tokyo at August 23rd night.
* When asked by Kodansha lawyers, Mr. Sakamoto often said: "I do not remember". I think he suffered a so called "selective amnesia" (he does not remember the things that give disadvantages to him, but always remember things that give advantages to him).
* Chief judge got angry and warned Mr. Sakamoto to give a direct answer to Kodansha lawyer’s question.
* Mr. Sakamoto said that two of the three reasons why the shooting of the fish bombing was not a media hoax or "rekayasa": 1. NHK found the scene not by intention. 2. The fisherman agreed that NHK shot the scene. It was very strange because I think reason no.2 actually indicates that the shooting was a fabrication because, as Mr. Sakamoto admitted that there was a negotiation and agreement between NHK and the fisherman.
Asano-san,
As I told you on the phone, the Judge offered to NHK and Kodansha lawyers to have a reconciliation.
NHK should apologize to Kodansha in public (on NHK Seven o’clock news and in national newspapers) and paid all the costs and expenses.
Personally, I would like NHK also to apologize to you and to me because NHK management has always make negative statements on me and you in order to defame or do character assassination. I also hope that in the conditions of reconciliation, Kodansha will ask NHK to pay me the money compensation because of firing me due to criticize Sakamoto on that case and defaming me through official statements.
The talks on reconciliation between NHK and Kodansha will be held on June 7. I hope this will end the long truth-seeking process, and those who are responsible for this media hoax should be punished.
Frans
(以上)
Copyright (c) 2002, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2002.07.12