2002年7月3日
NHKが漁民の違法認めるビデオを提出
本HPのプリントアウトも証拠に
浅野健一(ウエストミンスター大学客員研究員)*テレビ東京事件とNHK
テレビ東京の記者が窃盗グループに現金を渡して、事務所への侵入の様子を撮影し、ニュース番組で流したことが7月2日、毎日新聞の報道で明らかになった。テレビ東京は「取材に金銭を介在させたことは遺憾」と表明した。朝日新聞HPによると、テレビ東京は3日、取材チームを率いていたニュース取材部長、担当記者、上司ら計4人の処分を発表した。情報提供した男性に35万円を渡すことを当時、副部長として認めた横銭秀一部長は、役職剥奪(はくだつ)1カ月、減給(40分の1)3カ月。担当記者は減給(同)2カ月。「取材先との金品のやりとりを禁じた社内の報道倫理綱領に反する取材活動をし、就業規則に違反した」と同社は説明した。
また、2人を監督する立場にあった田村哲夫・専務取締役報道スポーツ本部長を譴責(けんせき)、藤延直道報道局長を減給(同)1カ月とした。
このニュースを聞いて1997年8月24日正午過ぎにインドネシアで、坂本NHKジャカルタ元支局長が犯した「やらせ爆弾漁」撮影とそっくりだと思った。坂本氏のやらせ問題を取材している渦中でも、窃盗犯が犯罪を実行している映像を撮るために、事前に常習窃盗犯み現金を渡したのと同じではないかと「現代」特別取材班はとらえていたし、NHKに対する取材でもそのように聞いていた。
テレビ東京も初めは、取材源にかかわることだから何も言えないと述べていた。いつもやっている人たちだとか、外国人犯罪の実態を伝えたかったとも主張。また、記者が渡した金は会社の金ではないなどと弁解もしていた。NHKと坂本氏の言い方とほぼ同じだ。
NHKと違うのは発覚が5週間後だったことだ。NHKのケースは3年後。テレビ東京の記者は、犯行前に警察に通報して逮捕に協力したことと、毎日報道を受けて、すぐに、報道倫理上、大きな問題があったと認めたことも違う。NHKは漁民と大学職員に犯罪をやらせ、今もその猟師は爆弾投擲を続けていると主張し、二人に注意した形跡もない。
NHKの関係者は処分されるどころか、取材にかかわった私(受信料支払者)や告発者のフランス元支局員を中傷している。
NHKジャカルタのやらせ撮影は、「現代」以外のメディアではほとんど詳しく報道されなかった。大NHKをマスコミ企業や政治家が怖がったのと、NHKが裁判を起こしたためである。
2日にあったテレビ東京の記者会見にはNHK記者も来ていたそうだが、NHK幹部は5年前にインドネシアでジャカルタ特派員のやらせ撮影とのあまりの類似性に困惑しているに違いない。NHK幹部と代理人の弁護士は、テレビ東京のケースと爆弾漁やらせ撮影の共通点と相違点を一覧表にして、冷静に考えてほしい。「取材先との金品のやりとりを禁じた社内の報道倫理綱領」や就業規則が日本放送協会にも絶対にあるはずだ。
*浅野ゼミHPを証拠提出
坂本・元支局長による「やらせ爆弾漁」撮影をめぐってNHKが講談社に対し起こした損害賠償請求訴訟は七月九日午前十時から東京地裁(春日通良裁判長)631号法廷で開かれるが、NHK側代理人の喜田村洋一・梅田康宏両弁護士は六月初旬、同志社大学・浅野ゼミホームページ、「現代用語の基礎知識」、「週刊金曜日」の中で本件に関して私が書いた記事などの大量の文書を証拠として裁判所に出した。なぜか、「メ・キ・キ・ネット」HPの連載などは含まれていない。
「週刊金曜日」については、二〇〇一年九月十四日、二〇〇二年三月十五日日号の原本を提出して、《「現代」(二〇〇〇年十月号)の記事を執筆した時点では「ニュース11」のビデオは見ていなかったこと等》を立証するためだという。
NHKは「現代」取材班が「やらせ」シーンを放送した「ニュース11」のビデオを見せるよう求めたが拒否した。元ジャカルタ支局記者のフランス氏も衛星放送で放送したビデオしか持っていないことは何度も明らかにしている。NHKが提訴から半年後に「ニュース11」のビデオを裁判所に提出して初めてみることができたのだ。
NHKが頼んだ通訳者が、講談社が前に出したムクシン、D両氏に対する取材テープの翻訳について、「立て替え払い」の翻訳が誤っているというわけのわからない陳述書も出ている。また、坂本氏が五月七日に行った証言の一部について訂正する文書も出しているが、これまた何が問題(心配?)なのかさっぱりわからない。
両氏は同時に、梅田弁護士がD氏に2001年7月に「インタビュー」したビデオと記録を出した。この「インタビュー」にはNHKの「やらせ」撮影の際の取材協力者であるムクシン氏が同席しており、坂本氏も傍にいた可能性が高い。D氏へ質問はNHK職員の弁護士である梅田代理人が聞いているが、後半に突然ムクシン氏が登場している。そこで、私のことを「あいつ」「アサノ」とムクシン氏が言ったと日本語訳されている。ほかの人にはすべて「さん」などの敬称がある。インドネシア語では、「itu」だから、「あの人」とか「その人」という意味で、「あいつ」は意訳過ぎる。
このビデオではD氏は現在も爆弾漁を続けていると発言している。珊瑚のないところで投げているというのだが、海にダイナマイト爆弾を投げること自体が重罪だ。D氏は2002年4月に私たちが再取材したときには、「爆弾漁はやめた。今はナマコをとって生計を立てている」と家族の前で明言した。
D氏の証言は、梅田弁護士の一方的な質問だけで、中立的な第3者が入っていない。もちろん反対尋問もない。NHKはなぜD氏を証人申請しなかったのだろうか。
NHKはD氏が違法行為をしたと自白しているビデオを書面と共に提出したことになる。爆弾投擲を今も続けていると堂々と宣言もしたビデオを日本の裁判所に提出したのだ。インドネシア当局がこのビデオと書面のコピーを入手すれば、D氏は逮捕されるかもしれない。身柄拘束は免れたとしても、刑事訴追を受けて刑罰が科されることは間違いないであろう。D氏の話を聞いて注意もしていない長い友人のD氏も国立大学職員(公務員)としての倫理責任だけではなく、刑事責任も問われよう。坂本氏が事情聴取される可能性もある。NHKは自己正当化のために「取材協力者」を捜査当局に売ったことになる。最悪の事態である。
NHKはなぜ、D氏に今も爆弾漁を続けていると言わせ、それを証拠として裁判所に出したのだろうか。私は、D氏は「やらせ」撮影付近の海域で日常的に爆弾漁を行っており、「自然な爆弾漁」を撮影したのだということを裁判所に思わせようとしたのだろう。しかし、D氏が今なお爆弾漁を行っているとしても、それが5年前にNHKがD氏に「やらせ」をさせた罪を軽くするものではない。またNHK支局長が、刑法に違反していると認識している外国人にお金を渡してやらせたのだから、より罪が大きい。
NHKの主張でも、坂本氏らの船が近づいたとき、D氏らは「警察か何かと思って逃げた」と言っている。警察が何もしないという印象を与えているが、それはインドネシアの司法に対する侮辱だろう。アンタラ通信の報道に夜と、NHKが「やらせ」を行った前後に、同じ警察管区で爆弾漁をした漁民たちが二回逮捕されている。さらに、NHKの佐藤国際部長は、フランス氏の証言を否定する陳述書を出した。佐藤氏はこの中で、フランス氏が陳述書や法廷証言で、「やらせ」撮影後の1997年9月北スマトラ・メダンで起きたガルーダ航空機事故の取材現場に来た佐藤氏(当時クアラルンプール支局長)に「やらせ」の事実を伝えたと述べていることを、全面否定した。当時は事故取材で忙しくフランス氏からそんな話を聞く時間はなかったし、いつも坂本氏と一緒にいたからフランス氏と二人になる機会はなかったと主張している。
これについて、フランス氏は「坂本氏はカメラマンで、もっぱら映像撮影取材をしており、坂本氏と別行動のときが多かった。佐藤氏は記者なので、私は彼と一緒に取材していた。私は佐藤氏を88年のカンボジア問題のころからよく知っており、優秀なジャーナリストとして尊敬している。坂本氏が私に解雇を通告したときも、一番最初に電話連絡したNHK関係者は佐藤氏だ。佐藤氏に爆弾漁やらせのことを告発したとき、佐藤氏は、この問題に巻き込まれたくないということだった。解雇問題では、支局長は任期があるから、交代すればまた働けるように努力する、と言った」と話している。
「全部やったのは現地のムクシン氏で、NHKは知らない」。NHK側は、元支局記者のフランス氏、ガイドの国立ハサヌディン大学職員のムクシン氏、漁民D氏らインドネシア人たちに全責任を押し付けて、坂本氏とNHKの責任を回避しようとしている。
もし、米英などの先進国で起こった事件なら、絶対にこういう言い方はできないはずだ。途上国、とりわけ東南アジアの人たちに対する差別意識があるとしか思えない。
NHKの裁判の作戦はこういうことだろう。ムクシン氏がD氏に現金を渡したことは否定できない。しかし、ムクシン氏がD氏らに勝手に金を渡したことを坂本氏とNHKは当時知らなかった。爆弾漁の撮影は結果的に「やらせ」と指摘さても仕方がないが、坂本氏は「主犯」ではなく、坂本氏とNHKを厳しく批判した「現代」記事は書きすぎた。そういう印象を裁判官に与えようと必死だ。
確かに裁判官はテレビの取材現場がどうなっているかを詳しく知っているわけではない。NHKの支局長がそんな不当、違法なことをやるだろうかという素朴な疑問もあるだろう。
だが冷静に考えれば、NHKの描いたストーリーは矛盾だらけだとわかるはずだ。
まず、世界有数の公共放送であるNHKがこんなセンシティブな取材現場で、ムクシン氏に現場を仕切る権限を与えるというようなことがあるであろうか。ムクシン氏がNHKの提訴直後に「週刊新潮」の取材に答えたように、ムクシン氏は坂本氏の暗黙の了解(同意)があって初めて、金を支払う約束をして爆弾投擲を依頼したと考えるのが合理的であろう。
佐藤氏らNHK幹部は今も各方面で、「フランス氏は解雇された恨みと金目的で、やらせがあったとウソを言っているし、浅野氏は学者やジャーナリストの間で誰も相手にしない危険な人だ」などと宣伝している。NHK広報担当者(社会部出身者)は、「現代」記事が出る直前の新聞記者の取材に、本件は私が「やっている」と言っている。ある全国紙記者には「浅野さんから聞いたのだろう」とまで聞いている。
また、坂本氏は、「NHKの現地取材に協力してくれたクンダリ海軍基地司令官のウトモ海軍大佐が『サンゴのないところで漁民に爆弾を投げてもらうことはできる』と提案してきたが断った」などと証言した。
さらに、ムクシン氏は東京の法廷で、「インドネシア国立科学研究所(LIPI)のS教授が、『LIPIが漁民に爆弾を投げるように頼む場合は、数百万ルピアかかる』と私に語った」と証言した。
これらの発言もまた、インドネシアの人たちを愚弄するものだ。大佐や教授の発言は本当なのだろうか。NHK幹部たちは「人の言葉を勝手に引用して攻撃する」とあちこちで言っているようだが、NHKこそ組織のためならウソを平気でつく人が少なくないように思われる。NHKは今回、2001年7月の梅田代理人によるD氏への聞き取りのビデオまで裁判所に出したが、肝心の証拠を隠蔽したままだ。
テープに関してはまず、(1)坂本氏のカメラで撮った「やらせ」を含むベータカムのマザーテープ(フランス氏によると30分x10本)(2)NHK広報の米本信氏らが述べていた、坂本氏がマザーテープから粗編集して東京に衛星回線かOCS便で送った約10分のテープの二つが出ていない。(1)のテープは捜索したが見つからないと言っている。(2)は裁判では言及されていない。
また、NHKが講談社が本件で最初に取材を申し入れた2000年8月18日から、「D氏に金が渡っていたと知った」という2001年7月の調査までの間にあったNHKによる各種の調査(ムクシン氏はNHKの人たちが2,3週間にわたってマカッサル郊外のマロスの自宅に来ていたと私たちに述べている)についても、全く証拠が出ていない。
講談社側は、5月7日の坂本氏の証言で、提訴にいたる調査の杜撰さに呆れて、請求と利下げを求めているが、提訴を決めた2000年9月初めの理事会までにNHK内で作成された調査報告文書をすべて開示すべきである。それが原告としての公共放送の最低限のモラルであろう。
佐藤国際部長は調査における責任者と思われるので、彼はすべてを明らかにすべきだ。NHKは講談社の求めにもかかわらず、放送分のビデオを開示しなかった。我々はNHKが裁判所に出してから初めて見ることができたのだ。裁判を起こしながら、番組を見せない閉鎖性に驚くばかりだ。
裁判所は和解の可能性を打診しているが、講談社側は提訴自体が不当だと見ており、判決を求める方針で、9月前後に判決の見通しとなった。NHK代理人は最終弁論の文書を書いているところだろうが、テレビ東京事件も踏まえて、ムクシン氏とD氏が勝手にやったことという主張はやめるべきだ。
またフランス氏の雇用問題で、彼への謝罪もなしに、現金を渡して対講談社裁判が終結するまでに解決しようという姑息な手段を使うべきではない。
法律家としての良心があるなら、両代理人は本件提訴を取り下げ、インドネシア関係者に謝罪すべきであろう。
NHKは理事会を開いて、2000年9月4日の提訴が誤りだったことを確認して、調査委員会を設けるべきであろう。
NHK関係者によると、海老沢勝二会長は「BBC(英国放送協会)なんかから学ぶことは何もない」と周辺に豪語しているという。なんと言う驕り高ぶりであろうか。」主観金曜日」6月28日号で、鈴木健二成蹊大学教授(元毎日新聞記者)がNHKのW杯報道を批判していた。NHKの米軍のアフガン侵略戦争の報道と、NHKの報道を比較するだけでも、そのようなことは絶対にないと私は思う。
NHK代理人がこのHP記事も証拠に追加するのであろうか。NHK当局者はこのHPを常にチェックしているそうだ。よく読んで、自分たちのしていることが放送法、NHK内の取材報道ガイドラインに照らしてどうなのかをしっかり考えてほしい。
私は坂本氏の「やらせ」自体よりも、「現代」を提訴し、「やらせ」をなかったことにしてしまうNHKというテレビ組織の体質を明らかにしていきたいと考えている。その第一作品が「評論・社会科学」(同志社大学人文学会)68号に「研究ノート」として書いた裁判報告である。まだ抜き刷りは残っているので、希望の方はniftyのアドレスに連絡ください。実費でお送りします。
(筆者はNHK受信契約者)
Copyright (c) 2002, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2002.07.08