NHK靖国参拝報道に違憲の視点ゼロ
私の確認取材に答えない上滝賢二NHK経営広報部長
浅野健一
NHKから私が「週刊金曜日」2003年1月31日号に書いたことで文句を言ってきました。訂正しろというのです。NHKが私の言論に関して何か言ってきたのは、「現代用語の基礎知識」(自由国民社)への恫喝以来です。あのときは、NHK幹部が自由国民社に電話でいきなり「社長に会わせてほしい」と要求。その後、NHK理事が銀座の同社に黒塗りの車で乗りつけ、応対した役員らに、「おたくの流行語大賞もニュースにしている」と脅しています。私が「現代用語の基礎知識」のジャーナリズムの項で、NHKジャカルタのやらせについて書いているのが「事典としてふさわしくない」という抗議でした。今回も私には直接は何も言ってきていません。
このHPで詳しくお伝えしたように、NHKは元NHKジャカルタ支局助手フランス氏と講談社の名誉を毀損した2000年9月4日の「ニュース7」虚偽放送の訂正をまだしていません。
また、2003年2月26日の講談社を訴えた訴訟の判決でも、判決が元ジャカルタ支局長の取材を厳しく批判したのに、同日の「ニュース7」では、それには一言もふれずに、NHKの主張が100%通ったと虚偽放送をしています。
訂正すべきはNHKでしょう。河野義行さんへの報道加害でも、マスメディア界で訂正謝罪が一番遅かったのがNHKでした。河野さんが裁判を起こすとわかって、弁護士のアドバイスで、社会部長らが松本へ飛んでいったのでした。
ともあれ、NHKの訂正要求文書にあった事実関係を聞くため上滝部長に、確認取材を申し入れたのですが、私には3月9日朝まで、返事が全くありません。
この間の経過を報告し、私の見解を発表します。*上滝部長からの文書
2003年2月6日午前、「週刊金曜日」編集部の「人権とメディア」担当者から次のような連絡がファクスであった。
《1月31日号の「人権とメディア」の記事について、日本放送協会から訂正要求が来ております。本誌としては、明らかに事実に反した箇所があれば訂正に応じるつるもりですが、いかがでしょうか。ご検討いただいたうえでご連絡をお願いします。》
同時に送られた、NHKから金曜日に編集長に届いたファクスは次のようだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――週刊金曜日 岡田幹治 編集長 平成15年2月4日
日本放送協会経営広報部長 上滝賢二
前略
「週刊金曜日」1月31日号(445号)に掲載された、浅野健一氏の「人権とメディア」欄の、「反論を操作する“バランス”感覚」と題する記事には、事実関係の明白な誤りがあり、NHKに対する視聴者の信頼を大きく損なうものなので、誌面での訂正を強く求めます。
浅野氏は、今回の記事で「NHKのニュースのほとんどは官庁、大企業などの一方的な言い分の報道ではないか」とした上で、「例えば今年1月14日に小泉純一郎首相が靖国神社に憲法違反の参拝をした際、NHKは『国内の反響』として(中略)自民党議員3人の声を流しただけだった」と記述しています。しかし、これは明らかに事実に反しています。1月14日の小泉首相の靖国神社参拝について、NHKは、総合テレビ午後7時からの「ニュース7」、同午後10時からの「ニュース10」という、一日の中心的なニュース番組で、参拝の事実を伝えた後に、激しい意見が多数を占めた与野党7党の幹部のコメント(与党のうち公明党は批判、自民党、保守新党も支持表明はしていない)を詳しく伝えています。「『国内の反響』として自民党議員3人の声を流しただけだった」との批判は、事実誤認もはなはだしいと言わざるを得ません。
NHKは、公共放送機関として、放送法に則り、「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を常に心がけており、このような大きな問題ではほぼ毎回、与野党各党のコメントを放送しております。
ただ、時間が短いニュース番組の場合は、個々のニュース時間内だけでそれが完全に達成されていなければならないとは考えておらず、前後のニュースを含めて見て、総合的に判断していただければと考えております。
今回の浅野氏の記事は、「NHKは自民党議員3人の声を流しただけだった」という明白に誤った記述で、NHKに対する視聴者の信頼を大きく損なうものです。早急に誌面で訂正するよう強く求めます。
この「訂正要求」に対して私はNHKに確認を求めるファクスを送った。「週刊金曜日」編集部と相談した上で文書をつくった。
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2003年2月6日
同志社大学文学部社会学科新聞学専攻教授
同志社大学大学院文学研究科新聞学専攻教授 浅野健一日本放送協会経営広報部長
上滝賢二様
前略さきほど、週刊金曜日編集部から届いたファクスで、上滝さんが、私の書いた同誌1月31日号の記事に関し、「事実関係に明白な誤り」があるので「誌面での訂正」を求められていることを知りました。ファクスで関連事項について、お聞きしたいと思います。上滝さんからの「訂正」の要求について、事実関係をさらに確かめさせていただきたいからです。
週刊金曜日編集部とも打ち合わせて、ファクスを送っています。1 まず、1月14日の「ニュース7」と「ニュース10」で、与野党七党幹部のコメントを報じたということですが、7人の姓名、役職、コメントの概要を教えてください。
2 私が1月14日の小泉首相の靖国参拝を伝えたNHKテレビ・ニュースを自分で見たのは、海外でした。そのニュースは、「ニュース7」「ニュース10」ではなく、午後の定時でした。首相の参拝風景の後、首相の「ぶら下がり」インタビューがあり、中国・韓国の外交当局者の批判の声と続き、週刊金曜日で書きましたように、「国内の反響」として、森喜朗・元首相、青木幹雄・元自民党幹事長、古賀誠・日本遺族会会長の三人の自民党議員のコメントをオンエアして、他のニュースに変わりました。
このニュースは午後3時か5時のように記憶していますが、実際は何時のものでしょうか。海外のホテルなどで見ることのできるNHKのテレビ放送は「NHKワールドTV」というのでしょうか。またこのテレビ放送では、どのニュース番組が通常オンエアされていますか。
同日、「ニュース7」「ニュース10」を放送されるまでの、他のニュース番組で、首相参拝に関して、どういう国内関係者のコメントを報道したか、すべて教えてください。3 私は同記事を書くに当たり、NHK視聴者コールセンター(057―066−066)の管理職の方と、NHKアーカイブス(048−268−8000)の管理職の方に、電話取材しましたが、小泉首相の参拝に関するニュースの内容については、答えられないということでした。管理職の方のお名前を聞いております。本日もNHK視聴者コールセンターの同じ人に聞きましたが、「ニュースに関しては分からない。改善すべきだという意見は伺っておきます。公式のコメントは広報に聞いてください」ということでした。
同号記事で論じましたBS1の放送内容についても、結局NHKでは確認できませんでした。
多くのメディア研究者が、テレビ放送の検証が非常に難しいと言っております。今後、メディア研究者、ジャーナリストとして、放送済みのNHKニュースについて、どうような方法で検証できるか教えてください。以上、なるべく早くご返事いただければ幸いです。
以上
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上滝氏から全く返事がないので、2月17日、次のようなファクスを再び送った。海外にいたので、NHKへの再質問書を電子メールで送り、週刊金曜日編集部から送ってもらった。
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2003年2月17日
日本放送協会経営広報部長
上滝賢二様
前略2月6日に、貴殿から週刊金曜日編集部に届いた「訂正」要求文書(2月4日付)に関して、事実確認をお願いしたファクスを送りましたが、返事がありません。(念のため、ファクスで送った文書を末尾に付けます。)
貴職の申し入れについて、私として何らかの説明を読者にしたいと考えております。小泉首相が参拝した後、定時ニュースで、どういう「国内の反響」を報じたかについて、番組のビデオを入手できませんので、必ずお答えください。
こちらの締め切りの都合で申し訳ありませんが、20日午後6時までにご回答ください。ご回答のない場合は、その旨を公表させていただきます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
早々
(以下、略)
*************************************私の二回目の手紙にも、NHKからは回答がなかった。2月28日に、編集部から重ねて、回答を要求したところ、次のような回答がありました。
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平成15年3月4日
週刊金曜日 岡田幹治 編集長殿NHK経営広報部長
上滝賢二前略
先に「週刊金曜日」1月31日号に掲載された、浅野健一氏の記事について、誌面での訂正を求めた件に対して、2月28日付の問い合わせのFAXを受け取りました。
問い合わせの事実関係は、次の通りです。1月14日総合テレビ午後7時からの「ニュース7」では、自民党・山崎幹事長、公明党・神崎代表、保守新党・二階幹事長、民主党・菅代表、自由党・藤井幹事長、共産党・志位委員長、社民党・土井党首の7党幹部の談話を伝えています。
また、午後9時からの「ニュース9」では、日本遺族会会長である古賀誠氏と森前総理大臣、青木参議院自民党幹事長の談話を、
さらに、午後10時からの「ニュース10」では、「ニュース7」で伝えた7党幹部の談話に加えて、日本遺族会会長である古賀誠氏と森前総理大臣の談話を伝えてい
ます。NHKは、公共放送として、放送法に則り、「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を常に心がけており、このような大きな問題ではほぼ毎回、与野党各党のコメントを放送しています。
ただ、時間が短いニュース番組の場合は、個々のニュース時間内だけで、それが完全に達成されていなければならないとは考えておらず、前後のニュースを含めて見て、総合的に判断していただければと思います。今回の浅野氏の記事は、小泉首相の靖国参拝についてのNHKニュースについて、「NHKは、自民党議員3人の声を流しただけだった」という、明白に誤った記述をしています。事実誤認もはなはだしいと言わざるを得ず、NHKに対する視聴者の信頼を大きく損なうものです。早急に誌面で訂正するよう、改めて強く求めます。
以上
いまどき、平成なる暦を使っているところに、NHKの時代錯誤がある。総務省が使っているからだろうが、世界中にないことだろう。
上滝氏は、ニュース7より前の午後の各時の定時ニュースについて回答していない。
われわれはビデオを見ることができないので、上滝氏の言うことが本当かどうかを検証することはできない。この回答が正しいとして以下、論じたい。
この回答で、午後9時のニュースでも、自民党の森、青木、古賀の三氏だけしか出していないこともわかった。ニュース」10でも、自民党の山崎幹事長を出した上に、三氏をまた出している。確かに、自民党以外の政党も出しているが、首相の参拝と憲法との関係を論じる学者や、参拝に反対する宗教団体、違憲訴訟の原告団などの声は全く出していないことがわかった。
*問題はNHKのニュースの非公開性
上滝NHK経営広報部長は拙稿に「事実関係の明白な誤り」があるので「訂正を強く求める」という。上滝氏が問題にしたのは、《小泉首相が靖国神社参拝をした際、NHKは「国内の反響」として(中略)自民党議員三人の声を流しただけだった》という記述だ。一月一四日の《「ニュース7」「ニュース10」で、与野党7党幹部のコメントを伝えているから、事実誤認だ》と言うのだ。
またNHKは、放送法に則り、「政治的に公平」で「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を常に心がけ、このような大きな問題ではほぼ毎回、与野党各党のコメントを放送していると指摘。《ただ、時間が短いニュース番組の場合は、個々のニュース時間内だけでそれが完全に達成されていなければならないとは考えておらず、前後のニュースを含めて見て、総合的に判断してほしい》と付け加えている。
私はジャカルタに滞在中、「NHKワールド」で首相の靖国参拝を伝えたニュースを見た。そのニュースでは、首相が拝殿から降りるシーンが写った後、首相が番記者のインタビューに答える声が流れた。この後、中国・韓国の外交当局者の批判の声と続き、「国内の反響」として、自民党議員三人の談話を連続してオンエアして、他のニュースに変わった。
私は同号記事を書くに当たり、NHK視聴者コールセンターとNHKアーカイブスの管理職らに「首相参拝に関する各ニュースで、どういう談話を放送したかを知りたい」と聞いたが「ニュースの内容については、答えられない」ということだった。
私は本誌編集部とも打ち合わせたうえ、二月六日、上滝氏にファクスで聞いたのは、主に3点だった。
(1)私が海外で見たのは何時の番組か(2)「ニュース7」などで報じたという七党幹部の姓名、談話の概要(3)午後七時より前の各定時ニュースでどういう「国内の反響」を報じたかム-などと質問した。私には返答がなかった。編集部へ届いた回答も不十分だ。
NHKも含めテレビ放送はビデオの入手が難しく、検証のしようがない。大事件があると新聞のメディア欄に「各局はどう報道したか」という記事が載るが、各新聞社は六〇分約一万円で録画ビデオを販売している「モニター会社」からビデオを買っている。NHKニュースも購入できるそうだ。明らかに著作権法に違反する商売だが、ビデオを撮り損ねた場合には、それ以外には方法がないのだ。*いまもわからない放送内容
上滝氏が取材拒否をしたので、当日のニュースの全容はよく分からない。しかし、編集部への回答によると、NHKが当日夕までのニュースで、「自民党議員3人の声を流しただけだった」というのは誤りではない。「突然の三回目の参拝という大ニュースで、関連談話を報じるとき、自民党の三人だけしか取り上げなかったというのは偏向であり、夜のニュースで他党の声も出したからいいということでは絶対ない」(NHK関連会社の元報道記者)のだ。
一九八五年の中曽根康弘元首相の公式参拝について、九一年の岩手靖国訴訟の仙台高裁判決が違憲としたほか、大阪、九州靖国訴訟の高裁判決(ともに九二年)も「宗教的活動に当たる疑いが強い」と判断。また、靖国神社への玉ぐし料などの公費支出が憲法に反するかどうかが争われた愛媛玉ぐし料訴訟でも、最高裁は九七年に違憲判決を言い渡している。
小泉首相は靖国参拝の際、往復に公用車を使うなど国の公務として行動し、神社の拝殿で「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳した。憲法の政教分離の原則(「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない=第二_条)に違反しているのは明白だ。
小泉首相の参拝に対し、韓国人、台湾住民を含む戦没者遺族らが首相、靖国神社などを相手取り、六地裁で訴訟を起こしている。東京地裁に起こしている訴訟の口頭弁論は1月21日にあった。東京訴訟原告の一人、渡辺信夫牧師は「私は傍聴に行きましたが、大きい法廷に入りきれないほどには人が集まりませんでした。集まった人たちは、小泉参拝のスグ後ですから、大いに怒っていたのですが、怒る人が少なくなっていることに危機感を持ちます。これだけで倒閣の十分な理由になるのに、日本人でその点に気づいていない人が多いことは慨嘆に堪えません。『変人の意地っ張り』くらいに考え、反対を諦めた人が多いのだと思います。その理解の仕方が、靖国参拝の犯罪性に劣らぬ犯罪的なものなのです。イラク戦争反対のためには盛り上がるのに、それと通底している靖国参拝への反対が盛り上がらないことはとても心配です。これだけで倒閣の十分な理由になるのに、日本人でその点に気づいていない人が多いことは慨嘆に堪えない。イラク戦争反対と通底している靖国参拝への反対が盛り上がらないことはとても心配だ」と語っている。
憲法は放送法などの法令も縛る最高法規である。NHKがジャーナリズム機関だというなら、小泉首相の靖国参拝を憲法に照らし、どう評価するかを明らかにすべきだ。判断しないことが「公平」ではないのだ。
NHKはニュース番組の内容について、取材や問い合わせに全く答えない。私は友人たちに、「1月14日の小泉首相の違憲行為である靖国参拝の後、NHKテレビのニュースを見た人がいたら、その内容を教えてほしい。録画ビデオをお持ちの方は提供ください」と呼びかけたが、誰からも連絡がなかった。
政党関係者にも聞いたが、ビデオを保存している議員はいなかった。*訂正要求の前に説明責任
NHKが、小泉首相の靖国参拝の報道で、確かに1月14日夜の一時間もののニュースでは反対党のコメントも流したというのなら、それを週刊金曜日の読者に提供すればいい。このHPの読者にも、NHKの訂正要求文書と「回答」の全文をお知らせしたい。
犯罪報道で、逮捕直後のニュースで警察や被害者の側に立ったニュースを流した場合、後で、無実の主張を出した番組があると言ってもあまり意味がないのと同じで、小泉首相靖国参拝の後の定時ニュースで自民党の3人だけを国内の声として報じたのは問題だ。
上滝氏のいう「時間が短いニュース番組」で、なぜ自民党議員3人だけのコメントしか流さなかったのか。《放送法に則り、「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を常に心がけ》ている公共目的の放送局とは到底思えない。
《このような大きな問題ではほぼ毎回、与野党各党のコメントを放送して》いたのに、なぜ今回から3人全員が自民党になったのか、説明がほしいところだ。
以下は「週刊金曜日」に書くにあたっての私のメモ原稿だ。
《一月一四日の小泉首相の靖国参拝を伝えたNHKテレビ・ニュースを滞在中のジャカルタで見たが、首相の参拝風景の後、首相のぶら下がりインタビューがあり、中国・韓国の批判の声と続いた。その後、「国内の反響」と称して、森喜朗・元「神の国」首相、青木幹雄・元自民党幹事長、古賀誠・日本遺族会会長の三人の「いいことだ」という声を流しておしまいだった。青木氏が「今朝、党の役員会があったのに、そこでなぜ何も言わなかったのだろうかね。言ってくれれば、驚くことはなった。参拝はいいことだよ」と言ったのが批判的なコメントだというのだろうか。かつては、靖国参拝に批判的な公明党や日本共産党、社民党のコメントを出していたのに、それさえなくなった。
首相の靖国参拝のニュースの前後だったと思うが、皇居の歌会はじめのニュースで、天皇が「町」をテーマに読んだという歌の朗詠が延々と続いた。
何か、すごく気持ち悪かった。日本が天皇制という民主主義と全く相容れない封建主義から脱却できず、自民党と極右勢力による独裁体制に移行しつつあることを雄弁に語るものだ。
この国のマスコミは外務省・自民党以下と言えよう。
同じ時間にアメリカのCNNも見たが、参拝の模様を映像で詳しく伝え、日本国内の反対の声も伝えていた。
小泉首相が一回目の参拝を強行した二〇〇一年八月一三日、首相官邸記者クラブ(内閣記者会)は記者会見を要求もしなかった。このときも、三回目と同じように、官邸内で顔なじみの約二〇人の記者団のぶら下がり取材だけだった。生の記者会見で海外にも伝えられる真剣勝負の形で、記者は聞くべきだ。後ろの方から大きな声で「東条英機・元受刑者の霊にも参拝したんですか」などと具体的に聞くべきだった。そのときの表情とか、それに対してどう答えるかを市民が見るべきだった。福田官房長官が代わりに会見したが、そのときの記者団の質問も穏当すぎた。A級戦犯、公私のどちらかなどの質問で二度目の質問がない。そう決めていたのか。記者クラブの弊害だ。
このときも、NHKには靖国神社周辺での反対派の声が全く出なかった。日の丸の小旗を振って「小泉さん」と絶叫して歓迎する市民は写すが。延々と鳥居前から中継。朝日新聞の社会面にも反対派の行動についてほとんど出ていない。フジテレビなどには韓国人などの抗議の声や、市民団体などのシュプレヒコールが入っていた。
NHKニュースで、三木元首相が一九七五年八月に参拝した際の黒白の映像がオンエアされた。プラカードを掲げた学者らが神社内で抗議行動を展開していた。当時は「日の丸」を振って歓迎する群衆の姿はない。
石原慎太郎・東京都知事は二日後の八月一五日午後、参拝に訪れた。終戦の日の参拝は昨年に続く。参拝後、報道陣から記帳の内容を問われた石原知事は「東京都知事 石原慎太郎」と答え、公的か私的かについては「くだらないことを聞くな。東京都知事と言っているだろう」。「くだらないことを聞くな」とすごむその声がテレビに流れ、新聞に載る。マスコミはそれでも誰も批判しなかった。
石原慎太郎東京都知事の暴論、暴言、妄言を客観報道するだけでいいのか。彼は日本の国家と民族を論じるときに、「DNA」などを持ち出す。田中外相に関しても、「劣性遺伝」、「更年期障害」などと言及してもたいした問題にならない。
NHKが本気でこれらの発言を問題にしたことはない。》
*NHKは公正か
NHKは靖国参拝を違憲だとして裁判を起こしている市民などにコメントを求めるべきであろう。3人とも自民党というのは、極めて異常である。
私は昨年末から約五週間、日本に一時帰国していたが、NHKのニュースは、前よりさらに、官庁、大企業などの一方的な言い分の報道ばかりになってきたと感じた。とくに、朝鮮に対する一連の報道は悪意さえ感じられる。拉致被害者が市役所の研修に出かけたとか細かな動静や、家族会の幹部が中学で講演したとか、救う会の幹部が訪米したとかを全国ニュースのトップ、準トップで伝えているのを見てうんざりした。拉致事件は重要なニュースであることは否定しないし、重要な進展があれば報道すべきである。しかし、あれほど熱心に一方の側の情報だけを毎日、毎時放送する必要があるのかということである。また、一部団体や文化人の言い分をそのまま、自分で確認もせず垂れ流していいのだろうかと疑問に思う。
3月8日、「WORLD PEACE NOW 3.8」に参加した日本の知人からメールが届いた。「報復戦争に反対する会」の12名ほどで、米大使館に「抗議文」を渡して来たという。
《500メートルほど手前で、周辺に待機している警官が取り巻き「ゼツケン」を外せと
いう。そこから12名の集団に何と前後左右を14名の警察官が囲み米大使館までご案内?、それとも護衛か?
午後からは日比谷野音での「WORLD PEACE NOW 3.8」の集会・デモに合流し、主催者から3万人が参加と発表されました。既存労組に頼らず、アムネスティー、平和遺族会、9条連、戦争を許さない女たちのJR連絡会、キリスト者、僧侶・・・など、殆どが市民運動組織と個人参加です。
デモの出発には官憲が350人に区切り間を置く嫌がらせのため、会場から出るだけで
約2時間、新橋・銀座経由で東京駅まで約1時間のデモ行進でした。
この東京駅の到着・解散地で主催者から、参加者は更に1万人増え「4万人が参加」
と伝えられ、18時半過ぎ流れ解散となりました。
ところが、この4万人者集会をNHKは19時のメインのニュースから外し、批判を避けるため18時からのニュースで報じました。フジテレビは17.30分からのメインユースのトップで伝えイラク報道に入りました。NHKは昨年隣の代々木公園で開かれた「有事法制反対」の6万人集会も報道せず批判が集中しました。》
NHKのニュースを私は今見ることができないので、知人の情報が正しいかどうかわからない。取材しても教えないのだから、確認のしようがない。しかし、知人の言うとおりだと、NHKのイラク戦争報道は偏向していると言わざるを得ない。実際、日本の多くの人たちから、NHKの米国追随、政府支持の姿勢を批判する声がいっぱい届いている。
日本の世論は朝鮮のテレビ・アナウンサーの絶叫やマス・ゲームを非難するが、NHKアナウンサーはソフトな語り口で、偏狭なナショナリズム、排外主義、軍事大国化を煽っているのではないか。NHKは1930年代と同じように、天皇に対する敬語を乱発し、米国などの言い分を主に伝えて、日本の世論の極右化に手を貸していると私には思われる。
一九六六年に採択された国連人権規約の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」第二〇条[戦争宣伝および差別等の扇動の禁止]として「1 戦争のためのいかなる宣伝も、法律で禁止する。差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する」と規定している。
日本には同条でいうような法律は存在しない。だから、石原慎太郎東京都知事が「北朝鮮とは戦争してもいいんだ」とか、川口順子外相が「(北朝鮮からミサイル攻撃があるとわかれば、基地を先制攻撃することができる)(二〇〇三年一月二三日のNHKニュース)と言ったり、日本軍慰安婦は存在しないという言論も許される。昭和天皇を平和主義者で戦争責任はないとか東条英機元首相を英雄視する書籍や映画も許される。ドイツではヒトラーやナチズムを礼賛すると刑事罰に問われるのと大違いだ。
言論の自由を守るためにも、小泉首相の靖国参拝を批判し、石原知事や川口外相、石破防衛庁長官らの戦争扇動を徹底的に批判する必要がある。NHKは放送法に従い、民主主義を推進する義務がある。受信料支払い者の一人として、NHKがジャーナリズムとしてきちんと機能してほしいと願う。
Copyright (c) 2002, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2003.03.10