2003年2月27日
「NHKやらせ爆弾漁」で東京地裁が支離滅裂な判決
講談社は直ちに控訴を表明
講談社からシドニーに滞在する浅野への連絡によると、東京地裁民事第四五部(裁判長・春日通良氏、右陪席裁判官・岸日出男氏、左陪席裁判官・塚田扶美氏)は2月26日午後2時、NHKと坂本・元NHKジャカルタ支局長が月刊「現代」2000年10月号に掲載された坂本「やらせ爆弾漁法」記事を名誉毀損だとして起こした損害賠償請求訴訟で、春日裁判長は講談社に対し、計四百万円の損害賠償支払いと謝罪広告を同誌に掲載するように命じる判決を言い渡した。
全く信じられない判決である。講談社広報室は《このような支離滅裂な判決文は見たことがない。漁民に金を支払って爆弾を投げさせたNHKの取材行為に問題ありとしながらも、これを「やらせ報道」として批判した本誌記事を違法とした判決はまったく不当だ》というコメントを発表し、直ちに控訴する方針を決めた。
春日裁判長はフランス氏らの証人尋問をきちんと聞いたのかと思う。NHKを負けさせるわけにはいかないという結論を先に出して、その理屈を書くのに時間がかかり、二度も判決を延期したのだろう。
口頭弁論の過程でNHKがろくに調査もせずに起こした不当な提訴だったことが、はっきりしている。それでも、NHK職員は「国家公務員沁(放送職)」であり、権力の一翼を担っているので、東京地裁の官僚裁判長が不当判決を言い渡す可能性もあると思っていたが、それが現実となった。*坂本氏の報道姿勢を批判
東京からファクスで届いた判決文を読んだ。またじっくり読んで見解を明らかにするが、いくつか指摘しておきたい。
判決は坂本氏の報道姿勢に問題があったとはっきり認定している。坂本氏は、取材班のコーディネーター・ガイドを務めた国立ハサヌディン大学海洋水産学部職員のムクシン氏から「金を払えば撮影できる」と取材班が到着した1997年8月18日に聞いており、同年8月24日の撮影の際、爆弾を投げた漁民D氏に現金が渡ったことを認識していたか、現金が渡った可能性が高いと分かっていたと考えられると述べた。
そのうえで、判決は、取材者としての私の名前を出して、記事には坂本氏やムクシン氏とD氏の間で、会場で落ち合う打ち合わせがあったように書いてあるが、D氏とムクシン氏は「坂本氏と海上で会ったのは偶然のこと」と浅野の取材に言っているのに、記事にはその裏づけがないなどと私を不当に批判している。坂本氏が積極的にやらせを仕掛けたとまでは証明されておらず、記事には書きすぎの部分があるので、賠償せよという結論になっている。謝罪広告は、《撮影前に、自ら漁師に対して」金銭の支払いを約束したことなど、真実であることが確認できない内容が含まれていた》ので、NHKの取材姿勢、体質を非難したのは、撮影に関する記載が不正確であったことからすると、その非難も、行き過ぎとの批判を免れないもの》だったのでお詫びするという抽象的な内容だ。「自ら」はやっているとは証明できていないという認定だが、坂本氏は金がD氏に渡ったことを認識していたとも認めているので、まさに支離滅裂、没論理的である。
判決は(1)フランス氏はNHKと雇用問題があったので信用できない面がある(2)当時のカメラ・アシスタントのマディニ氏の証言はフランス氏の影響を受けている可能性がある(3)ムクシン氏はNHKに犯罪者になると迫られても証言を変えなかったので一貫性がある(4)ムクシン氏は海洋学専門家で、自分も映像がほしかったという主張を否定できていない---などと認定した。いずれも何の根拠もなく、NHK側代理人の言い分を採用している。
「やらせ」を内部告発したフランス氏が、NHKとの雇用問題を抱えていたことを重視して証言の信用性に問題があるという指摘は、フランス氏に対する名誉毀損、侮辱である。裁判所は何の独自調査もせずに、内心の自由を侵害している。
ムクシン氏が研究目的のために映像をほしがっていたという主張を講談社側は否定できなかったと認定している点はマンガだ。ムクシン氏は、ほしかったはずのNHK坂本氏撮影の映像のコピーを坂本氏からもらっていないのだ。
裁判長は、現地語の言語の問題など喜田村弁護士の重箱の隅をつつくような詐欺師的な法廷戦術にのっかり、NHKを「勝たせた」わけだが、無理な結論を導き出すために、判決には論理の飛躍や、報道現場のことを知らないための誤解がいっぱいある。
裁判長は、結局はムクシン氏の証言を信用した。坂本氏の供述の変遷についてはほとんど言及がない。
直ちに控訴すると表明した講談社関係者は「こんなことが認められると、調査報道はできなくなる。100%真実であるとの証明ができなければ、書けないということになる」と指摘している。* 「ニュース7」の偏向放送
シドニーのホテルでNHKの海外放送「NHKワールド」で「ニュース7」を見た。判決が「現代」記事が事実に反するとすべて認定したと完全勝利のように伝えた。公共放送による電波の私物化である。講談社広報室のコメントはそのまま伝えた。NHKの「我々の主張がすべて認められた」というのも捏造である。
朝日新聞と西日本新聞のHPの次のような報道と比べれば、よく分かる。
朝日新聞の記事は次のようだった。
《放送が「やらせ」だったとする月刊誌「現代」の記事で名誉を傷つけられたとして、日本放送協会(NHK)が発行元の講談社に1億2000万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が26日、東京地裁であった。春日通良裁判長は名誉棄損の成立を認め、講談社側に謝罪記事の掲載と計400万円の支払いを命じた。講談社側は控訴する方針。
問題となったのは、NHKジャカルタ支局が取材した、爆弾をサンゴ礁の海に投げる漁法をめぐるニュースを「支局長(当時)が犯した『やらせ』報道が発覚!」などと報じた00年10月号の記事。取材班が金を払って漁師に爆弾を投げさせたと報じた。
判決は、未編集テープの内容などから「違法行為をする漁民らが撮影に積極的に協力している」とし、金銭支払いの約束があったと推測したことには理解を示した。だが「支払いの約束を支局長がしたのか、現地のコーディネーターが独自に行ったのかについて、関係者の供述が食い違っていることを講談社側は認識しており、『やらせ』が裏付けられたと判断したのは相当とはいえない」と結論づけた。
一方で、NHK側の取材方法について「支局長が漁師に金が払われることを知った上で撮影した取材方法には問題があった」と言及した。
<講談社広報室の話>このような支離滅裂な判決文は見たことがない。漁民に金を支払って爆弾を投げさせたNHKの取材行為に問題ありとしながらも、これを「やらせ報道」として批判した本誌記事を違法とした判決はまったく不当だ。》以下は西日本新聞の記事だ。
《NHKの爆弾漁撮影 「取材に問題」指摘 講談社には賠償命令
NHKがインドネシアの違法な爆弾漁を「やらせ」取材で撮影して放送したと報じた講談社発行の「月刊現代」に対し、NHKと元特派員が「記事は事実と異なり、名誉棄損」として一億二千万円の賠償などを求めた訴訟の判決が二十六日、東京地裁であった。春日通良裁判長は講談社側に四百万円の支払いなどを命じたが、NHKの撮影には「報道取材として問題があった」と、取材の不自然さを指摘した。
裁判は取材に当たったNHK元ジャカルタ特派員と現地コーディネーターが事前に、爆弾漁をした漁師に金銭を支払う約束をしたかなどが争点になっていた。
判決は、爆弾投てきの撮影は、漁師とコーディネーターの間で「爆弾の材料費を支払うとの約束に基づいて行われた」と認定。さらに、元特派員は「漁師に金銭を支払う必要があることを認識していたか、少なくとも認識することが可能な状況にあったのに、あえて撮影した」と指摘した。
その上で「元特派員の取材方法や撮影責任者としての行動に問題があった」との判断を示した。NHK側は裁判で「金銭の支払いがあったことを知らなかった」と否定していたが、判決はこうした主張に強い疑問を投げ掛けた。しかし、月刊現代の記事は「元特派員が『やらせ』取材を強力に推し進めたことを指摘し、悪質性を強調している」と行き過ぎを指摘。元特派員の積極的関与までは認定せず「記事の主要な内容が真実と信じるに足る相当な理由があったとは認められず、不法行為に当たる」と結論。講談社に四百万円の支払いと謝罪記事掲載を命じた。
NHKは一九九七年八月「ニュース11」などで「ダイナマイト漁からサンゴを守れ」と放送。月刊現代が二〇〇〇年十月号で「NHKジャカルタ支局長が犯した『やらせ』報道」などと報じ、NHK側が提訴していた。
NHK広報部「判決は記事が事実でなかったことを明確に示し、NHKの主張をすべて認めた。取材方法に問題があったという判決ではないと考えている」
講談社広報室「漁民に金を支払って爆弾を投げさせていた取材行為に問題ありとしながらも、これを『やらせ報道』として批判した記事を違法とした判決は全く不当。直ちに控訴する」
■取材に倫理上の問題 服部孝章・立教大社会学部教授(メディア法)の話
講談社の記事の表現の行き過ぎを認める一方で、NHK側の取材の問題点を指摘した判決だ。判決は、NHKが撮影した爆弾漁が、取材班の現地コーディネーターから漁師に材料費を支払う約束のもとに行われたものであることを認定しており、NHK側の取材に報道機関として倫理上の問題があった点は否定できない。NHKは「主張が全面的に認められた」などと喜んでいる場合ではないと思う。》
この記事を読めば、判決の内容と意味がよく分かる。服部教授のコメントに賛成だ。*調査報道が不可能になる
こんな判決が確定すればジャ−ナリズムにとって大変なことになる。
調査報道は、独自の取材で隠された事実をメディアの責任で明らかにするので、名誉毀損で訴えられるケースが普通の報道より多い。東京地裁がNHKとNHK支局長だったカメラパーソンを公人として扱ったのか、それとも私人として扱ったのかが明らかではない。 米国の友人からのメールだ。
《米国では、公人の場合、私人に比べ、名誉毀損の訴えが認められる可能性が低い。今回はやらせを告発する勇気のある記事でしたが、米国の名誉毀損では、公人の場合、出版者側が、虚偽と知っていて公表した、あるいは執筆の過程で軽率な誤認などあったかなどを原告側が証明する立証責任があります。この立証は、被告の心の動きの立証なので難しいのですが、これが立証できると、被告側に悪意があったと認定されるようです。私人の場合は、むしろ出版者側が、積極的に虚偽ではないと証明する必要があるみたいです。
以前、NHKは記事が出版される前に、記事は不当との放送をした、との記事を読みましたが、これも変で、通常、名誉毀損が発生するのは、問題記事が第三者に公表されてからのはずです。
最後に、日本のマスコミは、構造的に身内に不祥事を隠す体質を持っています。どこのマスコミも同じでしょう。》
日本の裁判所は、逆に原告が公人の場合に名誉毀損を認め、賠償額も高いことが多い。これは国際的な流れに逆行すると思う。*ムクシン氏が信用できるか
私は、講談社が負けるとすれば、ムクシン氏の証言を一定程度信用する場合だと思っていた。控訴審に進むが、NHKやらせ事件が、さらに司法の場で争われることは結構なことだ。ポイントはムクシン氏だ。判決は、ムクシン氏の供述がある程度一貫しているというが、それはNHK関係者によるムクシン氏への働きかけの結果だという可能性について裁判官たちは検討しないのであろうか。
そのムクシン氏に真実を語ってもらう場が近くインドネシアでできる。
東京の裁判においてNHKは原告だが、インドネシアでは被告・被疑者だ。フランス氏は2月13日、海老沢勝二NHK会長、坂本・元ジャカルタ支局長、田端祐一・現支局長(記者)の三人をインドネシア国家警察本部に刑法の名誉毀損で刑事告訴するとともに、NHKが投げさせた爆弾事件について膨大な資料とともに通報して捜査を求めた。フランス氏は民事でも提訴している。
ムクシン氏が東京地裁の判決で、爆弾漁の主犯と認定されたのだから、刑事事件として捜査の対象になり、ムクシン氏と坂本氏のどちらかが爆弾投擲の首謀者かが問題になる。
D氏は、「いまも爆弾漁を続けている」とNHKのカメラに言っているシーンが東京地裁に提出されて証拠となっている。
ならば、インドネシア当局が爆弾事件として捜査し、捜査官の尋問でどう答えるかが注目される。これまでも、また今後もムクシン氏がキーポイントなのだ。
フランス氏は、国家警察本部に対し、ムクシン氏とD氏を取調べるように求めていく方針だ。NHKと坂本氏の言うとおりにしていれば、ムクシン氏は刑事罰を受けることになろう。真実を話してほしいと思う。
NHKや坂本氏が2000年8月21日以降、ムクシン氏にどういう働きかけをしたかを徹底的に調査報道したいと私は思っている。インドネシアの記者たちは、この事件を報道し、これからも追い続けるであろう。フランス氏の名誉を毀損した判決を絶対に確定させてはならない。ムクシン氏とNHK・坂本氏の関係を調査報道することがいま求められている。
フランス氏に判決結果を伝えたが、「東京の裁判官たちは私を信用しなかった。それなら、真実をジャカルタで明らかにする。それが東京の二審にも影響するだろう」と決意を語った。
長い闘いになりそうだ。ご支援をお願いしたい。
Copyright (c) 2003, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2003.02.27