2002年4月4日
「取材源にかかわる」と証言拒否を連発
 健康食品会社損害賠償訴訟でNHKデスク
浅野健一
 NHKは自分が訴えられた名誉棄損裁判では、取材した記者やデスクは「取材源の秘匿」「編集権の自由」を盾にほとんど答えない。報道の自由を守るために証言を拒否することも多い。
 例えば、北日本に本社のある健康食品会社が北海道と宮崎県、それにNHKを相手取って札幌地裁に起こしている損害賠償訴訟の場合を見てみよう。NHKが講談社を訴えている「爆弾漁法」やらせ撮影裁判と比較してほしい。

 宮崎の医師が健康食品会社の製品を服用したために体調を崩したと告発したのを受けて、北海道警と宮崎県警は、同社が甲状腺ホルモン系の医療品を混入し、製造販売したという薬事法違反の疑いで、1996年9月20日、全国11カ所を家宅捜索した。家宅捜索について当局は一切記者発表を行っていない。ところがNHKは9月20日午後3時からローカル、全国中継ニュースで同社社屋などの映像を入れて伝えた。北海道新聞と毎日新聞なども同日の夕刊で報道。他紙も翌日朝刊で報道した。混入したとされる甲状腺ホルモン剤などの「事実」が極めて詳細であり、道警本部生活安全部の課長レベルが夜回り担当の記者にリークしたと思われる。 
 その後、健康食品会社は書類送検されたが、97年11月、証拠不十分で不起訴になった。ホルモン剤を入れたという証拠など全く出てこなかった。健康食品会社の社長は96年11月、NHKを相手取って謝罪報道と計1億9800万円の損害賠償を求めて提訴。翌月には、北海道と宮崎県を相手取り1億9800万円を求めて国家賠償を求める訴訟を札幌地裁に起こした。
 原告は「捜索差押がマスコミなどにより大々的に報道され、創業以来25年間にわたって築き上げた社会的信用、名誉が傷つけられた。また捜索差押によって15日間の製造停止を余儀なくされ、しかも売上が激減した」と主張している。捜査当局が発表もしない捜査段階初期の出来事が、かなり断定的に全国津々浦々まで報道されてしまった。
 国倍訴訟は一審で敗訴、原告側が控訴した。NHK訴訟では、一審審理が今も続いているが、裁判所がNHKに事実上の謝罪である「遺憾表明」することで和解を勧告している。NHK側は当初、遺憾表明などとんでもないと強気だったが、最近は態度を軟化しているようだ。4月19日が和解期日になっており、最終の詰めに入っているようだ。NHKは自らが正しいと思うなら、きちんと判決を出してもらうべきではないか。喜田村洋一弁護士によく相談してほしい。対講談社裁判との整合性も忘れないでほしいと思う。
 
*「証言すると警察取材がやりにくくなる」などと証言拒否
 1998年5月21日午前中の国家賠償事件の口頭弁論では、道警生活安全部の幹部2人が出廷し、「報道機関には情報を提供していない」「夜回りの記者は来たこともない」と証言。また証人として出廷したNHK札幌放送局の篠田憲男記者は「具体的に証言すると警察取材がやりにくくなる」などとして証言を一切拒否した。
 私も同日、犯罪報道の仕組みや問題点について原告側証人として証言した。証言するに当たり、関係する新聞記事、NHKニュースを調べた。警察の捜査がかなり強引だったことと、マスメディアの報道がほとんど警察からの情報に依拠していることが分かった。最初の捜索差押の報道の際、容疑を受けた側の健康食品会社には取材がなかったようだ。警察は捜索差押について公式の記者発表を全く行っていない。捜査の端緒で大きく取材報道することが、これまでも深刻な報道被害を生み出してきた。報道を苦に自殺した人もいる。生活を破壊された人は無数にいる。
 
 NHKは1996年9月20日午後4時半頃、大相撲の中継中に報道。午後7時のニュースでも全国中継で伝えた。約30秒で次のように報じた。「たくさん摂取すると不整脈や食欲不振などの副作用があるために、劇薬に指定されている甲状腺ホルモン剤の入った健康食品を製造販売していた札幌の食品会社、健康食品会社の事務所や工場を、警察などが薬事法違反の疑いで家宅捜索しました。この食品は、厚生省の認可を受けずに甲状腺ホルモン剤の一つのトリヨードチロニンが入った顆粒で、全国各地や海外に販売されていました」。
 北海道新聞は9月20日の夕刊で「健康食品にホルモン 札幌の健康食品会社 使用者に副作用も 全国で家宅捜索 薬事法違反の容疑」(1面)「健康食品に落とし穴 健康食品会社強制捜査 医薬品との線引きあいまい」(社会面)と報道した。

*「警察が疑ったのは事実」と居直るデスク
 2000年11月14日午後2時から札幌地裁で開かれた対NHK裁判(平成八年ワ第二七六一号)の第15回口頭弁論で、NHK札幌放送局ニュース部門の副部長だった吹野俊郎氏(NHK報道局テレビニュース部チーフプロデューサー、53歳:当時)が証言した。以下は証人尋問からの抜粋である。( )内は代理人弁護士の質問で、《 》内は吹野の発言。記者名を一部伏せた。
 
 被告代理人(宮川弁護士)の尋問に、次のように答えた。
 《取材のデスクをしていました。平成八年の九月二〇日の七時のニュースを担当しました。本件ニュースの取材は司法警察のグループが担当していた。司法警察担当のキャップ(細川記者)に指示をしていました。記者たちは北海道警の幹部らに取材を重ねました。北海道警察の幹部に確認取材をしました。あてるという確認を取っております。要するに、積み重ねてきた取材、これを幹部の方に、これで正しいかどうかを確認する作業であります。一つ一つ、いわゆるあてるという作業をしまして、感触を取って、言えないとか答えられないとか、そういう日ごろの取材関係の中で、うそとか真実ということは感触でつかみます。
 大相撲中継のときは取組の合間を見てやりますので、四時を過ぎてからの取組の合間というところで放送しました。》(要旨)
(犯罪捜査のどの段階から実名で伝えるかという問題があろうかと思いますが)
 《例えば逮捕されたとか、あるいは捜索が行われたといった強制捜査に入った段階ですと、基本的に実名報道で行っております。被疑事実が事実であるかどうかを断定するようなことは、NHKの立場ではありません。解明する立場にはありません。
 起きた事実をそのままに伝えたというふうにやっています。
 捜索が行われた事実をそのままに放送したものというふうに考えております。
 故意にとか、断定的というようなことは一言もいっておりません。》(要旨)

 原告ら代理人(村松弁護士)とのやりとりは次のようだった。
 《公式発表はありません。(篠田憲男という記者がいましたか)はい。16,17日ごろから取材をしています。
(首都圏ネットワークにそういう情報が入ってきたとおっしゃるけれども、その情報は、どこの警察から入手したものですか)。
 《それについては、取材源にかかわるところがありますので、お答えを控えさしていただきたいと思います。》
(北海道警察などが大規模な薬事法違反事件に着手するという情報ですね。これは必ずしも北海道警察から入手したという意味ではないんですか。)
 《それについては、取材源にかかわることなので、控えさせてください。》
(だれから入手したかも言えませんか。)
 《はい。》
(一五日の段階で、鑑定が行われて、その結果が出ているということは入手しましたか。)
 《その情報の中には入ってなかったと思います。》
(一五日の夜そういう情報を得て、NHKとしては道警の幹部と接触を当然持ったわけですね。)
 《幹部以外も含めて。》

(どの地位の幹部からの情報を入手したんですか。)
 《そういった方々全般からということです。》
(固有名詞は結構ですから、職名と言うんですか、地位を述べてくれませんか。)
 《取材対象が絞られてくるかと思いますので、控えさしていただきたいと思います。》
(添岡という人はいましたか。)
 《私は知りません、その人は。》
(冨樫満雄という人はいましたか。)
 《私は知りません。》
(田口健次という人はいましたか。)
 《私は知りません。》
(キャップの細川さんの立場では、一九日の午後の段階で既に鑑定結果を知ってたことになりますか。)
 《鑑定が出ているということは、情報で、この段階では仕入れております。》
(鑑定結果はどこから入手したんですか。)
 《それは、取材源にかかわることですから控えさせていただきます。》
(あてる場合はどういう聞き方をするのですか)
 《私の一般の取材経験の中では、そんなこと言えないよとか答えられないとか、そういうような表現で、日ごろの取材の中で、大体うそを付いている、うそを付いてないということは分かりますし、それは念を押して何度も試みますので、その中から感触をつかめていると思います。》
(正確に言うと、捜索が行われたこと、容疑の内容を確認する義務があるということですね)
 《容疑が事実かどうかではなくて、容疑の内容を確認しております。容疑の内容がどうかということは、私ども解明する立場にありませんが、警察がどういう容疑を持って捜索を実施したか、どういう容疑内容で実施したかということは、確認する必要があります。》
(道警は、御存じのとおり、一切取材に対して中身を漏らしていないと、こういうふうに主張していることは知っていますか。)
 《知りません。》
(道警は、別の事件で、一切報道機関に対して事実を漏らしてはいないと、NHKで放送されたり新聞記事に出たので、驚いて、内部に注意をして、調査までしたと言うんですよ。
 全中ニュースのほか、衛星放送では流してませんか)
 《衛星放送では流れております。「ニュース7」がそのまま流れます。》
(トロントで見ている人がいるんですが)
 《衛星放送そのままじゃなくて、テレビ国際放送ということで流しているものだと思います。》
(一番視聴率が高いのはどの時間帯のニュースですか)。
 《一般的には夕方の時間帯になります。》
(午後七時の全国ニュースですね。)
 《はい。》
(あなたの陳述書に、最も影響の大きい午後七時のニュースで、「劇薬に指定されている甲状腺ホルモン剤の入った健康食品を製造・販売していた札幌の食品会社『健康食品会社』の事務所や工場を警察などが薬事法違反の疑いで家宅捜索しました」とこうなっている。こんなふうに全国放送されてしまったら、原告会社であたかも甲状腺ホルモンを混入した製品を製造販売しているというふうに受け取れませんか。)
[被告代理人が「もう論争になっていますから」と割って入る]
(健康食品を標榜している会社が、その食品に劇薬を入れるということは、よほど何か特別な理由があるはずだと思いませんでしたか)
 《動機については、私どもは警察の解明を待つだけです。》
(被疑者になる立場のものについては、放送前に、やはりあてて事実を確認すると、これは必要だと考えているんですか。)
 《放送前ということは、必ずしもないと思います。》
(三時、四時の段階では、警察報道をそのまま右から左に流してもいいと、そういうことですか。)
 《容疑内容と、捜査が行われた事実を現認しましたので、捜索が行われた事実を報道したということです。》
(NHKとしては、別に事実の裏付けなどは必要ないと、要するに、捜査機関から入手した情報をそのまま記事にして放送すれば構わないんだと、こういうことですね。)
 《容疑内容が確認されて、捜索が行われたということが確認された範囲では問題ないかと思いますし、そういうことで新聞の夕刊もそのように報じております。》
(今回も、問題はなかったと思っているんですか。)
 《その時点では、それで、きちんと事実を確かめた報道だと思っています。》
(今は。)
 《今もそうです。》
(家宅捜索の段階でこういう放送してしまって、これは不起訴になることもあり得るわけでしょう。その場合にはNHKとしては何の責任もないんですか。)
 《好き勝手な放送したということでしたらその責もあろうかと思いますけれども、容疑があって、法的な手続を経て捜索が行われた、その事実を放送したものでありますから、その事実は事実だということだと思います。》
(これは、道警は、こういう経済的損失とか名誉とかこういうものを考慮して、一切厳秘扱いでこの捜査を続けていたと、そうやって言っているんですよ。先ほど言いましたように、この放送に驚いて、内部で調査も行ったと、こう言っている。これは後で調書出しますからね。それは、道警においても、被疑者とされるものの立場を配慮しなければいけないと、こう考えていたということなんですよ。NHKさんは、道警から確認を受けたらそのままストレートに放送してもいいと、こういう立場であるというふうに伺っていいんですか。)
 《捜索を行われた事実を伝えたわけですので。》
(被疑事実も合わせてでしょう。)
 《はい。》
(それは構わないんですか。)
 《そういうことはあり得ます。》
(現在まで、この製品に甲状腺ホルモンは混入されていたんですか。そういう事実は確認できましたか。)
 《科警研の鑑定で混入されていると思っております。》
(この実名報道に対応するものとして、匿名報道というのを聞いたことあると思いますが、御存じでしょうか。)
 《はい。》
(被疑事実で、捜索差押え受けた段階であっても、結局は間違いであったと、あるいは犯罪は成立しないということがあり得る場合が多いと思いますけれども、そういった場合に、推定無罪を受けている被疑者に対して、匿名報道をしないで実名報道をするというのは、どういった理由なんでしょうか。)
 《推定無罪という考え方がありますし、私もそれは考え方として重く受け止めておりますけれども、この場合について言いますと、公権力が法的手続をきちんと行って捜索を行ったという事実の下に、我々は実名で報道したという判断であります。匿名にするケースもありますし、ケース・バイ・ケースで対応しております。》
(実名で報道される人と匿名で報道される人というのは、NHKの腹づもり一つで決まるということになるんでしょうか。)
 《腹積もり一つと言いますか、例えば少年犯罪ですとか、公権力が出ない段階とか、一応の線はある中で、それらを突き合わせながら実名にしたり匿名にしたりというのを考えていっているのが現実です。》
(NHKには、匿名にするか実名にするか、基準みたいな内部規約みたいのはあるんでしょうか。)
 《基本的には実名報道というのが原則で、それぞれの被疑者とか少年とか、そういう状況を考慮しながら匿名ですることもできるということで、そういったような大まかな原則というのはあります。》
(推定無罪が働き、かつ冤罪の可能性もある人たちが実名で報道された場合に、被害は甚大だと思うんですけどね、そういった被害はあえて感受すべきであるということなんでしょうか。)
 《まあ、公権力が法的にきちんと行われたという事実を報道したということで、ちょっとお答えするしかありませんけれども。》
(先ほどあなたは、被疑事実が事実か否かを解明する立場にないとおっしゃったんですね。捜索されたことを確認するんだと、捜索されたという事実を報道すればいいということになるんでしょうか。)
 《容疑内容がどういう容疑かということと、捜索されたという事実です。》
(その薬事法違反の中で、本件においては甲状腺ホルモンを混入しているとか、トリヨードチロニンが入っているといったようなことまで、なぜ報道する必要があったんですか。)
 《我々は、それを確実に確認したというふうに判断しております。》
(警察が公式発表もしないこういった被疑事実を、なぜ報道で発表しなければならないんでしょうか。捜索差押えされたという事実だけで十分なんじゃないですか。)
 《それだけで納得されるものでしょうか。捜索がありましたというだけで、どういう容疑でどういうことをしたんでどうだということは必要ではないでしょうか。それから、発表を待つということは、何も、我々は発表を待つだけが記者の仕事ではないというふうに思っています。》
 (会社が甲状腺ホルモンを混入させたということを報道しているわけですけれども、それは真実に反していたということですね。)
 《混入していた容疑の疑いで捜索したということ、その事実をここでは放送しているだけです。二〇日の段階では。》
(当時、司法警察担当の方は、細川さん、名前の出てる篠田さんのほかに、あと三人はどういう人がいたんでしょうか。)
 《若い記者が三人いました。・・・A、A、Yだったと思います。》(以上)

 

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