《語るに落ちたNHK「やらせ」疑惑》
「週刊新潮」が《全面勝訴とうそぶくNHKの傲岸》を批判3月17日 浅野健一
3月20日号の「週刊新潮」は、「TEMPO テレビジョン」で、《語るに落ちたNHK「やらせ」疑惑》という見出しで、NHKの坂本・元ジャカルタ支局長の「爆弾漁」やらせに関する東京地裁民事第四五部(裁判長・春日通良氏、右陪席裁判官・岸日出男氏、左陪席裁判官・塚田扶美氏)2・26判決を批判している。記事は、判決内容を歪曲してNHKが報じたことも厳しく追及している。
書き出しは次のようだった。
[「3月6日の定例会見で海老沢勝二会長から何らかの反省の弁が出るかも。と少しは期待したのですが・・・・『反省』の2字を忘れたNHKには無理な注文でしたね」(放送記者)》]
判決の内容を10行で伝えた後、次のように書いている。
[「このような支離滅裂な判決文はみたことがない、という講談社のコメントからも窺えるように、不当判決と見る識者は多い。だがそれ以上に、判決で“坂本元支局長の取材の方法や撮影責任者としての行動に問題があった”と明確に指摘されながら、全面勝訴とうそぶくNHKの倣岸は、一対何なのか」(同前)
問題となった取材で、NHKの坂本元ジャカルタ支局長らは、珊瑚礁を破壊する《爆弾漁法》を「違法」と知りながら「漁師に実演してもらい」撮影し、それを“再現映像”といった注釈なしに「ニュースで報じた」。判決ではさらに、《原告坂本は、本件撮影の際、(中略)撮影に対する協力を求める以上、やはり漁師に金銭を支払う必要があることを認識していたか、または少なくとも認識することが可能な状況にあったのに、あえて本件撮影を行った》とも認定している。証人尋問中に居眠りしていた春日通義裁判長も、そしてNHKも知らないようだから教えて差し上げるが、世間ではこうした取材をまさに「やらせ」と呼ぶのである。
「かつてテレビ朝日『アフタヌーンショー』が、集団リンチ事件の報道で撮影のために暴行を再演させて、川崎敬三キャスターが降板するまでの騒ぎになった。犯罪の内容は異なるが、違法行為をやらせて取材した、というテンでは同じことですよ」(民放プロデューサー)
ちなみに今件について、さまざまな疑問をNHKにぶつけてみたが、返ってきたのは、当方にとって理解不能な理屈を振りかざした「取材拒否」だった。
「2月2日にNHKが放送した『テレビは災害をどう伝えてきたか』を観て驚いた。大昔の伊勢湾台風の報道には言及しながら、僅か8年前の阪神大震災を全く検証していなかったから」
放送に詳しいジャーナリスト・坂本衛氏は言う。
「“ものすごい揺れだったが、自分の周りでは被害は確認できない”というNHKの第一報が、災害救助の初動を遅らせる一因となり、犠牲者の数を増やす結果となった。それについて一言も反省がない。これに限らず最近のNHKは、ニュースにしても海老沢会長がどうしたとか大河関係のイベントが始まったとか、自画自賛ばかりが目立ちますね」
大新聞も、気に食わぬ週刊誌を訴える暇があるなら、自浄力を失った公共放送をしかと糾弾すべきだろう。]すばらしい記事だ。《語るに落ちたNHK「やらせ」疑惑》という見出しがすごい。「こんな見出しを一回つけてみたい」とある新聞記者が語った。この見出しは、全国の主要新聞の「週刊新潮」の広告や中吊り広告にも出たから、判決の不当性が多くの人に伝わったと思う。保守的な日本の裁判官や官僚たちがよく読む雑誌なので、ありがたい。
春日裁判長が「居眠りしていた」という記述にも驚いた。私も書きたかったのだが、控訴審への影響も考えて抑えていた。裁判長は昼食後の午後の口頭弁論では、熟睡しており、左陪席の女性裁判官塚田扶美氏が、書類をぶつけるなどして起こそうとしていたが、効果がなかった。私は傍聴席の最前列中央でいつも傍聴していたので、その様子がよくわかった。
*海老沢会長はなぜ謝罪しない
私が入会の手続きを聞いてもまったく答えないラジオ・テレビ記者会のNHK会長定例会見で、この判決について誰か聞いたのだろうか。(この件については、3月20日ごろに出る「評論・社会科学」70号に書いているので、希望者の方にはお送りする)
大新聞の週刊誌提訴とは、週刊新潮が読売新聞の販売局の裏金作りについて報じたのに対して、読売が提訴したことをさしていると思われる。言論・報道機関がお互いの論戦も戦わせずに、すぐ司法に訴えるのはたしかに問題がある。
日本の友人から「新潮社が浅野さんを支持するのは珍しい」という反応もあった。しかし、「週刊新潮」は「現代」記事が出た直後から、この問題を取材しており、今回も判決とNHKニュースをきちんと分析した結果である。西日本新聞を除く大新聞や民放ネット局が、真剣な取材を怠り、NHK批判と判決批判を避けていることにこそ問題がある。
私は「評論・社会科学」68号の183ページにも引用している(注)が、「週刊新潮」2000年9月21日号は、NHKと坂本氏による提訴を取り上げる中で、ムクシン氏による《漁民と交渉する二分程の間、坂本氏らは黙って見ていたから、私が実演を依頼していることは暗黙の了解だったはず》というコメントを掲載している。
ムクシン氏は東京の証言や講談社の再取材に対して、「そんな発言はしていない」と述べ、NHK側は、引用された発言は虚偽だと主張した。NHKがムクシン氏に、そう言わせているのは間違いないだろう。
ところが、ムクシン氏も、NHKもこの件について、同誌編集部に何の抗議もしていない。春日裁判長の判決文にも、このコメントについての言及はなかった。
この取材は、NHKが提訴してから六日後の2000年9月10日に国際電話で行われた。取材を担当した「週刊新潮」編集部の馬宮守人記者は、講談社に対して取材メモをもとに、ムクシン氏の発言を開示してくれた。講談社側の陳述書に引用されている。馬宮記者は通訳のインドネシア人を通じて取材した。
ムクシン氏がまだ完全にNHKに洗脳されていない時期の発言だった。ムクシン氏は「週刊新潮ででたらめなことを書かれたからは、取材の際、録音テープをとるようにしている」と証言している。これもNHKの指示だろう。
ムクシン氏とNHKが言っていることこそ、全くの虚偽である。
*待たれる東京地裁の判決文公開
東京地裁は間もなく判決文をWEB(www.courts.go.jp)に載せるという。
東京地裁民事第45部の書記官は、「いつ流れるかどうかわからない」と言う。判決文全文を読めば、週刊新潮や西日本新聞の報道が正しいことがよくわかるだろう。一日も早くネットに載せてほしい。その際、判決文で「衛星放送」が「衛生放送」になっているのを直したほうがいい。誤植のチェックもできないほど、あわてて書いた判決文なのだろう。
このHPをNHKの訴訟関係者は毎日チェックしているようだ。一審では、どういう理由か不明だが、本HPを喜田村弁護士が事務所でプリントアウトして、地裁に証拠として提出した。このHPもしっかり読んでほしい。喜田村氏が定義する「公人」「調査報道」とは何なのかを明らかにしてほしい。書かれたら「報道被害」だというのでは、あまりにも情けない。
NHKとムクシン氏は、今からでも遅くないので、週刊新潮の記事が「でっちあげ」と言うのなら、新潮社に対して正式に訂正要求をすべきだろう。いきなり訴訟はまずいと思う。-------------------------------------------------------------------------------
(注)ムクシン氏は、「週刊新潮」二〇〇〇年九月二一日号の取材に対して、重要な証言を行っている。同誌「サイト&サウンド」「TEMPO」は《やらせ報道を提訴したNHK「超強気」のワケ》と題する一ページの記事の中でこう書いている。
《ムクシン氏にも話を聞くことができた。九月四日に提訴の事実を報じたNHKニュースにVTR出演し、やらせ疑惑を否定してみせたこの人物も、以下の点は認めるのだ。
「協力してくれた漁民に金を払ったのはあくまでも自分だが、彼らと交渉する二分程の間、坂本氏らは黙って見ていたから、私が実演を依頼していることは暗黙の了解だったはず。》(記事ではMは実名)
この記事は「週刊新潮」の馬宮守人記者が書いたことが分かった。馬宮記者は私にも取材しようとしたようだが、私は八月二八日から東ティモールへ向かう「ピース・ボート」の船上講師として出発していた。NHKの提訴も友人の記者が二〇〇〇年九月四日午後一〇時頃、船まで船舶国際電話をかけてくれて知った。帰国したのは九月一七日だった。
馬宮記者から聞いたところによると、馬宮記者は二〇〇〇年九月一〇日午後、国際電話でM氏に取材した。東京外語大学に学ぶインドネシア人が通訳した。馬宮氏は二〇〇一年三月三日、当時の取材ノートなどをもとに、M氏との一問一答を再現してくれた。馬宮記者は、それを陳述書に書くことを了承してくれた。
《「お金を漁民に渡したのか」という問いに、M氏は「漁民に投げるように渡した」と答えた。「そもそもどういう経過でかかわったのか」という質問にはこう答えた。「坂本さんの方からフランス氏を通じて接触してきた。爆弾漁法を撮りたい、自然の形で撮りたいと言ってきたが、『それは難しい』と言った。『それなら場面を作りましょう』と私が提案した。マカッサルのラディソン・ホテルで食事をしながら打ち合わせをした。そのための下準備のお金をもらった。爆弾を作る場面から準備していた。しかし、そういう実演をしてもらうという話は、一度キャンセルになった」。
漁民に渡した金額については、「五万ルピアを渡した。一回は爆発したが、二回目は不発だった。私は『もう一回投げてくれ』と言った。二、三回投げてもらうための余裕がポケットにあったから」
「当日、(D氏らと)たまたま出くわした。島から帰るときに、ぐるっと島を回って、いつも漁をしている場所を見にいったら、途中、群れをなしていた。近づいて行ったら、何隻かは逃げたが、知り合いがいたので交渉した」と述べた。
「その時、坂本氏は交渉の内容を承知していたか」という問いには次のように答えた。「坂本氏は何も聞かなかった。坂本氏もフランス氏もそういう交渉をしていることを知っていたから。交渉は二分ぐらいだった。何を話しているかは分からなかったかもしれないが、何をやろうとしているのかは承知していたはずだ」》
NHKはM氏を全国ニュースに登場させて、「やらせではない」と言わせた。その当人が、D氏に実演(つまりやらせ)を頼み、お金を払ったことをはっきり認め、坂本氏もそれを承知していたというのだ。
「現代」の浜野次長がNHKに対して、二回目の取材申し込みをした直後から、NHKは「調査団」をインドネシアに派遣している。高田クアラルンプール支局長らはマカッサル近郊のマロスで三週間も滞在し、M氏から事情を聞いている。佐藤俊行・報道局国際部長(フランス氏が最初に「やらせ」を直訴した当時のクアラルンプール支局長)も現地に飛び、M氏に会っているのだ。その際、NHK側は東京からファクスで送られた「週刊新潮」九月二一日号の記事をM氏に見せて、日本語に堪能なNHKジャカルタ支局助手(インドネシア人)に翻訳させて、記事に引用されているようなことを本当に言ったのかと「質問」し、M氏を困惑させてもいるのである。
「週刊新潮」の馬宮氏は「M氏の取材はインドネシア人研究者が通訳した。何度も確認して字にした。裁判で記事内容を否定されて心外だ。M氏は私たちの取材で言ったことと全然違うことを言っている」と述べている。
Copyright (c) 2002, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar Last updated 2003.03.17