同志社大学新聞学専攻・新入生のみなさんへ

 浅野健一


 入学おめでとうございます。
 私はいま同志社大学の派遣により、2002年4月から在外研究中のため、4月1日の入学式に参加できませんでした。
 英国のウエストミンスター大学で客員研究員をしていますが、世界各地のメディア責任制度を調査するため、中国、オーストラリア、ニュージーランドを回り、いま米国にいます。「イラク戦争」という名の米国の国連憲章違反の侵略戦争を「現場」でウオッチしています。このHP、「週刊金曜日」、「日刊ベリタ」(日本初のインターネット新聞www.nikkanberita.com)、「救援」(救援連絡センター機関紙、03−3591−1301)などで発表しています。
 入学式で新聞学研究会のみなさんが配った冊子、新聞学研究会会報(新入生オリエンテーション号)に載った、私のインタビューをHPにも再録します。2回生以上の学部生、院生もぜひ読んでください。HP掲載を了承してくださった新聞学研究会に感謝します。
 末尾には私の最新の経歴、文献を載せます。

浅野健一先生・インタビュー

(学生)まず、先生の専攻分野・研究テーマについて、簡単に教えていただけますか。

(浅野先生・以下敬称略)大まかに言えば、表現(報道)の自由と個人や団体の名誉・プライバシーを両立させること、人権と報道、国際コミュニケーション、東南アジア社会経済論、の四つです。

(学生)昨年(二〇〇二年)から、海外にいらっしゃるわけですけれども…。

(浅野)ええ、昨年の四月に、大学から派遣されて、イギリスのウエストミンスター大学のメディア研究所客員研究員として渡英しました。イギリスを中心とした国々の報道協議会、プレス・オンブズマン制度などメディア責任制度の国際比較研究をしています。報道協議会は日本にはまだありませんが、世界三〇数カ国にあります。日本にはBRO(放送と人権等権利に関する委員会機構)だけはありますが、まだ活字メディアにはないのです。

(学生)三回生のゼミ紹介で、「大学生も知識人であれ」とお書きになっていたのを読んで、なるほど、と思ったのですが、もう一歩踏み込んで、新聞学専攻の学生としては、いま何が求められているのでしょうか。

(浅野)新聞学専攻に入学したときの原点に戻ってもらいたい。新聞学に入学した時点で、約九〇パーセントの人は、伝え手側のマスメディアに入って活躍したいと思っているはずです。だから、教員はそれにこたえるべきだと私は思います。でも、現在の制度はそうなっていない。新聞学専攻は看板と内容が違いすぎると思う。新聞学専攻にいながら、私のことを全く知らないで、講義も聞かずに、四年間を終えてしまう学生もかなりいます。それで、メディアに就職して、先輩から「同志社の新聞なら、浅野先生の授業は面白かったでしょう」と言われる。そこで初めて、はっと気がつく。「浅野はマイナーじゃなかったのだ」って。――それでは、困るんじゃないか。私は、一回生の時に全員の教員と十分に知り合う機会をつくるよう提案しています。
 学生のほうも「大学はつまらない」とか、ぐずぐず言って何もしないのが、最ももったいない。同志社大学は私立大学ですが、たくさんの税金が投入されています。一人あたり年間一〇万近く国庫から支払われています。これは、中卒や高卒のひとたちが払っている、みんなの税金なわけだから、学生には、それなりの社会的責任があるわけです。だから、徹底的に新聞学をやってほしい。
例えば、医学部に入ったのに、医者になるのが厭、というのは、基本的にはおかしなことです。まぁ、メディアの現場に行かなくても、もちろん、かまわないけど…。手塚治虫さんなんかは医学部出身だしね。
 医学では、患者を診断して、病気を治すために薬を出す。同じように、新聞・雑誌・テレビなどのマスメディアがどうあるべきか、マスメディアを社会科学的に分析して、改善策を探る、処方箋を出す、というのが新聞学であるわけです。「新聞学」は中国・韓国でも通じますが、英語ではJournalism and Mass-communication studiesです。だから、マスメディアを研究するわけで、純粋に文化論をやりたい人は文化史学科に変わった方がいいです。転部・転専攻が可能ですから。
新聞学専攻の専任の先生は、七人いますが、その中で、実際のメディア企業の「現場」でフルに働いた経験があるのは、私だけです。私は日本を代表する共同通信で二十二年記者(ジャカルタ支局長も)をしてから同志社に来ました。だから、私は「将来、マスメディアで取材したり、編集したりしたい」という人のお手伝いができればと考えています。

(学生)今年の一回生のゼミについて教えてください。

(浅野)今年は六月初めまで海外にいるので、一・二回生のゼミは持ちません。来年四月からはあります。
 私のゼミは、課題が多くて厳しいという風評があると思うけど、それは当り前のことです。厳しくない大学は、日本以外の外国にはありません。それは教員の責任でもあると思うので、私は、最低限、知らないといけないことを教える。そこから、例えば、倫理と法律はどう違うのか、報道倫理とはなにか、などを哲学的、根本的に考えて、社会科学的に分析して、望ましいジャーナリズムのあり方を探っていく。だから、私は、報道被害なんかが専門だけど、幅は広いですよ。私のゼミで少女マンガについてや環境とメディアなどをやっている学生もいる。
 新聞学の良いところは、先行する研究が少ないので、徹底的にこだわれば、それで一冊、本が書けてしまう、本屋に並んでしまうことです。実際、修士論文が単行本になったり、浅野ゼミでも三冊本を出しています。他の学問ではこういうことはありません。

(学生)なるほど…。

(浅野)就職の話をすれば、日本のメディアは、就職試験で新聞学専攻出身の学生をあまり優遇しません。どうしてだか、わかりますか。

(学生)…やはり研究者の数が少ないからでしょうか。

(浅野)メディアの経営幹部の人たちが、マスコミ研究をバカにしているからです。新聞学なんかいらない、必要ないんだと公言する。ジャーナリズムとアカデミズムは対極にあるというマスコミ幹部もいます。日本のメディア、ジャーナリズムにはもっと切磋琢磨が必要なのに、ジャーナリズムのあり方をきちんと勉強していない人が、そうしたメディアのトップにいる。だから、NHK前ジャカルタ支局長の「やらせ」とか、拉致問題の報道の画一的横並びとか、不祥事がたくさん起きる。
 マスコミの試験は難しいと言われますが、一年生の時からしっかり準備すれば、合格できます。皆さんは、同志社大学の新聞学専攻に合格できたのだから、能力はある。だいたい、一度文章を書かせてみれば分かるんです。同志社の学生は優秀です。だから、試験が難しいとか、採用数が少ないとかぐずぐず言わずに、自信をもってやってほしい。念のために言いますが、「浅野ゼミはメディア関係の就職には不利」というのも全くの嘘。浅野ゼミからメディアに就職している先輩は、たくさんいます。あこがれのメディアに。
 それと、せっかく同志社にいるのだから、「浅野健一」をもっと利用してほしい。私は、現場のジャーナリストにも知り合いが多くいます。私が言うのもなんだけど、マスメディアの「現場」には、私の「ファン」がけっこういます(笑)。そういう人を呼んで、みんなでお話を聴く、なんてこともできる。幹部の一部は私を嫌っていますが。でも、こういう幹部は、「社畜」(北村肇・毎日新聞記者)といってジャーナリストになってはいけなかった人たちです。
 新聞学専攻にきて、何もしないのは損ですよ。浅野ゼミ、講義は厳しい、厳しいと言う前に、一日でもよいので、私の講義をとるか、研究室に一度来てほしい。「自分の眼で確かめて判断する」のが、基本ですから。
 六月には大学に戻りますが、質問などがあれば遠慮なく、メールを送ってください。ホームページを見れば、私と「浅野ゼミ」が何をやっているかわかるはずです。

(学生)新入生になにか一言お願いします。

(浅野) まず、いろいろな本を読んでもらいたいですね。良いジャーナリストの本、たとえば、辺見庸さん(共同通信の二年先輩)とか、鎌田慧さんとか、本多勝一さんとか。ノンフィクションの類を読んでほしい。沢木耕太郎さん、本田靖春さん。――あと、声を大にして言えば、浅野健一の本も重要ですね(笑)。「自分はテレビ業界や広告業界にいくから、いらない」じゃなくて、映像の時代――私は、悪いこととは思わないけれども――だからこそ、意識的に活字に触れてほしい。文章による想像力が大事です。
 あとは、英語を忘れないことですね。受験のときに勉強した英語は、けっこう役に立つんです。BBCを聴いてみるとか、『ニューヨーク・タイムズ』を読むとか。英語は世界の知識人の常識です。もっとも、英語に限らず、外国語は大切ですが。

(学生)意識的に活字に触れることと、英語を忘れないことですか。

(浅野)新聞学専攻で身につけた文章力は、どこに行っても通用する。私も相談を受けたことがあるけど、大手企業も、きちんとした文章の書けるひとを求めています。どこへいっても、企画書は必ず書かされます。そのときに書けないと困るでしょう。取材して表現するという作業はどこでも必要です。

(学生)…裏を返せば、それだけ本を読んでいる学生が少ないと言うことですね。そこで、というわけでもないんですが、先生のおすすめの本をいくつか挙げていただけますか。

(浅野)まず、野田正彰さんの『戦争と罪責』(岩波書店)、『狂気の起源を求めて』(中公新書)。それから、鎌田慧さんの『自動車絶望工場』(講談社文庫)。あとは、辺見庸さんの『もの食う人びと』(角川文庫)かな。岩瀬達哉さんの『新聞が面白くない理由』(講談社文庫)も、詳しくて面白いし…。辺見さんも本多さんも、いいおじさんです(笑)。私は、「学生時代からよく読んだあの本多勝一に会える」って緊張していたら、出てきたのは、坂東英二さんみたいなひとで(笑)。一九八五年のことです。あとは、私の『犯罪報道の犯罪』(講談社文庫)ですね(笑)。講談社文庫は五冊あります。ほかにも、三〇冊以上書いていますから、ぜひ一冊ぐらいは読んでください。最近では、N・チョムスキーさんとの対談本を書いています(注1)。
 本を読むのに加えて、学生の皆さんには、新聞を出すとか、ラジオ局をつくるとか、実践的なことにもどんどん取り組んでほしい。サークルにもあるでしょう。サークルに参加してもいいし、自分たちで何かメディアを立ち上げてもいいし。一〇〇人いれば、一割くらいは興味のあるひとがいるでしょう。一〇人もいれば、できるはずです。
アメリカの大学では、学生が、学生新聞や放送局に参加して、「自分はこれができる」というのを持って、メディアに就職して行きます。その終点が、『ニューヨーク・タイムズ』。

(学生)そうですか。古典ですね、『犯罪報道の犯罪』は。

(浅野)古典になってしまいましたか(笑)。でも、「サッチー騒動」を卒業論文のテーマにしながら、私のサッチーとの対談記事を読んでいない、などという大学院生もいます。これはやっぱり、おかしなことですね。
 私を批判する人たちは、私の本を読まないであれこれ言うんですよ。「匿名報道はおかしい」とか「浅野は左翼だ」とか。私は左翼ではない。例えば、ある大企業の人が、通勤の途中に痴漢をやったとして警察に逮捕され、実名報道されてしまった。とたんにクビですよ、「世間を騒がせたから」って。「世間」って、マスコミに出たからですよ、これは。マスコミが「××会社の……」なんて書いてしまうからです。こういう被逮捕者の住所や姓名は必要ないですよ、こんなのは。そうでしょう。

(学生)確かに、そこは重要なところではないですよ。先生がおっしゃるように、なんというか、「おかしい」と言うこと自体を認めない、「左翼」にしてしまうジャーナリズムのありようというのは…。

(浅野)絶望的です。アジア太平洋への侵略について全く責任をとろうとしない。こういう国は国際社会で生き残っていけない。世の中が急スピードで右傾化しているんですね。ちょうど一〇年前は、『朝日』も『毎日』もPKOへの自衛隊海外派遣は断固反対だったのに今は、イージス艦がインド洋にまで行っている。これほど憲法が無視されているのにマスメディアはおとなしい。ジャーナリズムも死に体です。
 同志社の新聞学専攻をつくった和田洋一氏は、一九四七年に、「いまの日本に新たなファシズムの芽がある」と『同志社大学新聞』に書いている。四七年に、です。ちょうど、アメリカの占領政策が転換するころ。これは物凄いことです。
 
(学生)…なるほど。今日は長時間ありがとうございました。
(注1) 『抗う勇気 ノーム・チョムスキー+浅野健一 対談』と題して03年3月24日発売された。定価:1200円(本体)+税。発行:現代人文社(発売:大学図書)
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2003年4月2日現在のプロフィール
浅野健一(あさの・けんいち)  
1948年7月27日、香川県高松市生まれ。66〜67年AFS国際奨学生として米ミズーリ州スプリングフィールド市立高校へ留学、卒業。72年、慶応義塾大学経済学部卒業、同大学新聞研究所修了後、共同通信社入社。編集局社会部、千葉支局、ラジオ・テレビ局企画部、編集局外信部を経て、89年から92年までジャカルタ支局長。帰国後、外信部デスク。77〜78年、共同通信労組関東支部委員長。94年3月末、共同通信退社。
93〜95年慶応義塾大学新聞研究所(現在メディア・コミュニケーション研究所)非常勤講師。2001年から専修大学大学院法学研究科非常勤講師(情報法制論)。
94年4月から同志社大学文学部社会学科教授(新聞学専攻)、同大学大学院文学研究科新聞学専攻博士課程教授。
2002年4月から2003年6月まで、英ウエストミンスター大学客員研究員。
96年12月から97年12月まで、同志社大学教職員組合委員長。
99年3月から10月まで、厚生省公衆衛生審議会疾病部会臓器移植専門委員会委員。
共同通信社社友会準会員。人権と報道・連絡会(連絡先:〒168-8691 東京杉並南郵便局私書箱23号、ファクス03−3341−9515)世話人。国際コミュニケーション学会(ICA)、日本マス・コミュニケ−ション学会の各会員。
 単著 『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)、『犯罪報道は変えられる』(日本評論社、『新・犯罪報道の犯罪』と改題して講談社文庫に)、『犯罪報道と警察』(三一新書)、『過激派報道の犯罪』(三一新書)、『客観報道・隠されるニュースソース』(筑摩書房、『マスコミ報道の犯罪』と改題し講談社文庫に)、『出国命令 インドネシア取材1200日』(日本評論社、『日本大使館の犯罪』と改題し講談社文庫)、『日本は世界の敵になる ODAの犯罪』(三一書房)、『メディア・ファシズムの時代』(明石書店)、『「犯罪報道」の再犯 さらば共同通信社』(第三書館)、『オウム「破防法」とマスメディア』(第三書館)、『犯罪報道とメディアの良心 匿名報道と揺れる実名報道』(第三書館)、『天皇の記者たち 大新聞のアジア侵略』(スリーエーネットワーク)、『メディア・リンチ』(潮出版)『脳死移植報道の迷走』(創出版)、『メディア規制に対抗できるぞ!報道評議会』(現代人文社)。
 編著に『スパイ防止法がやってきた』(社会評論社)、『天皇とマスコミ報道』(三一新書)、『カンボジア派兵』(労働大学)、『激論・新聞に未来はあるのか ジャーナリストを志望する学生に送る』(現代人文社ブックレット)。
共編著に『無責任なマスメディア』(山口正紀氏との共編、現代人文社)。
 共著に『ここにも差別が』(解放出版社)、『死刑囚からあなたへ』(インパクト出版会)、『アジアの人びとを知る本1・環境破壊とたたかう人びと』(大月書店)、『派兵読本』(社会評論社)、『成田治安立法・いま憲法が危ない』(社会評論社)、『メディア学の現在』(世界思想社)、『検証・オウム報道』(現代人文社)、『匿名報道』(山口正紀氏との共著、学陽書房)、『激論 世紀末ニッポン』(鈴木邦男氏との共著、三一新書)、『松本サリン事件報道の罪と罰』(河野義行氏との共著、講談社文庫)、『大学とアジア太平洋戦争』(白井厚氏編、日本経済評論社)、『オウム破防法事件の記録』(オウム破防法弁護団編著、社会思想社)、『英雄から爆弾犯にされて』(三一書房)、『ナヌムの家を訪ねて 日本軍慰安婦から学んだ戦争責任』(浅野健一ゼミ編、現代人文社)、『新聞記者をやめたくなったときの本』〈北村肇編、現代人文社)、『奇想の源流 島田荘司対談集』(光文社文庫)、『プライバシーと出版・報道の自由』〈青弓社編集部編、青弓社)、「週刊金曜日」別冊ブックレット『金曜芸能 報道される側の論理』(金曜日)『検証・「拉致帰国者」マスコミ報道』(人権と報道・連絡会編、社会評論社)『抗う勇気 ノーム・チョムスキー+浅野健一 対談』(現代人文社)などがある。
『現代用語の基礎知識』(自由国民社、1998〜2003年版)の「ジャーナリズム」を執筆。
監修ビデオに『ドキュメント 人権と報道の旅』(製作・オーパス、発行・現代人文社)がある。
資格 1968年、運輸相より通訳案内業(英語)免許取得
 E-mail: asanokenichi@nifty.com
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人権と報道・連絡会 ホームページ http://www.jca.ax.apc.org/~jimporen/welcome.html

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