2004年7月27日

「恨みがないとは言えないが、彼らにはこういう表現しか出来なかったのでは

          ないだろうか。いろんな問題についてお互いに考えていけたらと思う」 

                   〜同世代の若者、今井紀明さんからのメッセージ〜


【浅野ゼミ3回生・上野恵理】

 




イラクで2004年4月に起きた日本人拘束事件被害者の一人である今井紀明さん(19)の講演会が6月30日、同志社大学で行われた。この講演会はもともと6月9日に行われる予定だったが今井さんの急病のため延期になっていた。

浅野健一教授の大学院と学部の5つのゼミに所属する学生が中心となって主催した。講演者本人の「学生達と交流したい」という希望により、今回の講演会は前回予定したものより小規模なものとなった。今井さんは翌7月1日、浅野健一教授の新聞学原論でもゲスト講義を行った。以下は、2日間の講演内容をまとめたものである。

今井さんから5月初旬、浅野教授に「今後のことを相談したい」と連絡があり、教授は札幌で今井さんと会い、その際、今講演会開催が決まった。今井さんは「メディア学を学ぶ同年代の学生と意見交換したい」という希望を持っていたため、講演会の主な参加者は学生であったが、市民や教員なども含め約250人が参加した。今井さんが解放後、一般の人々の前で話すこのような講演会を行うのは初めてで、冒頭では「今でも人の視線が気になり、フラッシュが怖い」と帰国後のマスコミや政府のバッシングによるショックが現在でも残っていることを示した。

イラクの人々は拘束された日本人について「(後に拘束され解放された二人を含め)たった5人じゃないか」というふうに見ていたことを明らかにし、「イラクやパレスチナの人々は逮捕状がないままアメリカ軍に何カ月も拘束されている。『たった5人』という感覚をもつほどにイラクの人々やパレスチナの人々は苦しんでいる」と話した。「200312月の自衛隊派遣以降、イラクの人々の日本人に対する意識が変わった。このことに気付かない日本はどうなのか」とイラクに対する日本人の関心の薄さを指摘した。今井さんらが拘束されたとき、群衆の中には誰一人として味方をしてくれる人はいなかったという。

今井さんらを拘束した集団に対しては「恨みがないとは言えないが、彼らにはこういう表現しかできなかったのではないかと思う。そこまで悪い人たちとは思っていない」とイラクの人が苦しみの中で行ったやむを得ない行動であったと述べた。また、イラクの人のために何をすべきかとの質問に対して、「ボランティアというのはその人に何かをしてあげる、というのではない。彼らの自立を支援するというふうに考えるべきだと思う」と答えた。

イラクに行った最大の目的でもある劣化ウラン弾の問題については「科学的に被害が完全には証明されていないとはいえ、明らかにイラクの人々に被害が出ている。チェルノブイリでの原発事故による影響が日本にも出たことを考えてみても、人ごとだと思っていてはいけない。みなさんも考えてください」と劣化ウラン弾による被害の悲惨さから目を背けないよう訴えた。

日本へ帰国後、今井さんらに対して政府・マスコミの一部から「自己責任」「自業自得」などと追及する声があったことに関しては、「自己責任という言葉は、非常に冷たい切り捨ての論理だと思う」との見解を示した。「自作自演ではないか」との論調も巻き起こっていたマスコミの報道については、「記者会見で言っていないことを書かれた」「レッテルを貼ったり偏見のあるものなど、情報を断片的に捉える報道が多く、報道被害を受けた」と強調し、「最近のマスコミは政府の代弁者ではないか。ジャーナリズムで連携しようというより、足を引っ張ろうとする傾向がある」とも指摘した。また、柏村武昭参議院議員(自民)が今井さんたちのことを「反日分子」と発言をしたことに対しては、「別に反日分子でもいいと思う。政府に反対することがなぜ悪いのか。政府に反対しているからと言って政府がその意見を聞かないのは変だと思う」と述べた。

自衛隊派遣についてどう思うかとの質問に対して、「軍隊が入ることで紛争が激化するなど、自衛隊派遣によりイラクにとってマイナスなことが起きる。また、劣化ウラン弾の被害についての説明不足など、自衛隊は国家に利用されている」ことなどを理由に挙げ、自らはイラク自衛隊派遣について反対だとの見解を示した。また、愛国心についてどう思うかとの質問に対しては、「日本は大好きだし、僕は政府の政策を全て批判しているわけではない。しかし拘束事件後、日本の空気はこんなにヒドかったのか、と感じた」と話した。

さらに、「イラクの問題を突き進めることでいろんな問題が見えてくると思う。みなさんに世界で起こっていることについて関心を持ってほしいし、お互いに何か考えていければと思う。最近、個人の力が失われ国家の力が大きくなっているように思う。このままでは自分たちは潰されてしまう。個々が意見を表明できる『自立した個人』になることが求められている」と同世代の私たちに向けてメッセージを送った。

講演会の最後には、「自衛隊派遣について仕方ないと思う人の意見を聞きたい」「これからどんなテーマの研究をしていきたいか。みなさんがどういうことに興味があるか知りたい」など、今井さんからも会場の学生たちに質問が出され、今井さんは会場から出される意見に興味深く耳を傾けていた。

今井さんはこれからのことについて次のように述べた。

「今僕は19歳で、ただ、一人の人間として皆さんと同じように頑張っていきたいと思っている。今後ジャーナリストとして活動していくかどうかははっきりわからないが、世界だけでなく国内にも面白いこと、大事なことがある。僕はローカル新聞社に興味がある。ストリートミュージシャンや劇団員の生活を追ったり、彼らがどういう思いで活動しているのかをルポしてみたいとも思う」

 

今井さんは広河隆一さんとの対談をコモンズから、手記を講談社から刊行予定。
また浅野ゼミでも、今井さんの講演禄と海外メディアが拘束事件をどう報じたかを中心にした本を出版する予定。
 

【今井紀明さんプロフィール】2004年3月、立命館慶祥高等学校を卒業。「NO!!小型核兵器 サッポロ・プロジェクト」代表。フリーライター。インターネット新聞「日刊ベリタ」や雑誌「週刊金曜日」「世界」
「エコろじー」「えぬぴおん」などに投稿。大学で平和学を学ぶため、外国へ留学予定。

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「強くなる国家の時代に、自立した個人のネットワークで抗おう」
                   今井紀明さんが同志社で講演・浅野ゼミ主催

報告・浅野健一 

ゼミの上野さんのリポートにあるように、イラクで拘束事件に巻き込まれ右派政治家と保守派メディアから不当な攻撃を受けた今井紀明さんの講演会が6月30日午後6時から、今出川校地・神学館3階の礼拝堂(チャペル)で開かれました。3時間にわたり、私のゼミの学生を中心に、すばらしい交流でした。もともとは6月9日に開催する予定でしたが、今井さんの急病のため延期になっていました。

今井さんは、71日(木曜日)2講時の「新聞学原論」でもゲスト講義をしてくれました。前夜、学生たちと語り合って、寝不足の中、丁寧に質問に答えてくれました。

今井さんが帰国後に講演したのは初めてで、計約250人が参加しました。

事務局長を務めてくれた米林敏幸君・司会の加地瞳さん(浅野ゼミ4回生)ら、1回生から院生まで、多くの学生たちの熱意で実現しました。インターネット上で、「講演会をぶっつぶすぞ」などの妨害書き込みや、「仮病で逃げた」などの全くの事実無根の中傷宣伝がなされる中で、現代社会の諸問題を考え、今後どう行動すべきかについて前向きの討論ができました。(ネット上で、「外務省の退避勧告に従わなかった」「政府を批判した」という理由で拘束事件の被害者や家族を非難する人たちが、刑法の脅迫罪、名誉毀損罪に相当する違法、不当な行為を繰り返しているのは、全く情けない。違法な書き込みは今も放置されている。)

会場には栗木千恵子・中部大学助教授(私の在外研究中に浅野ゼミで代講してくれた)、和田嘉彦・同志社大学経済学部助教授(エコロジー環境学)ら研究者や他大学の教職員、学生、ジャーナリスト、一般市民が参加しました。

今井さんは講演の最初に、事件から3ヵ月たったが、今も体調が完全には回復せず、カメラのフラッシュや音に過剰に反応するほか、人の視線が気になると述べました。

また、拘束事件については、「イラクでは令状もなしに拘束される人々が無数にいる。彼らの方がよほど苦しんでいる。イラクの武装グループの人たちを恨めない。彼らの状況を考えればこういう表現しかできなかったと思う、イラクの人々をもっと理解してあげてほしい」と語りました。また、「日本では国家の力が大きくなっている」と指摘。各自が社会に対し、関心や問題意識をもって行動に移していく「自立した個人」になろうと強調しました。

講演の最後には、学生らが各自の夢を語り、意見交換し、大きな拍手でエールを送りあいました。

 今井さんは今もジャーナリストを志望しています。地方紙で地域でユニークな活動をしている人たちを取り上げ、若者に読まれる記事を書きたいと抱負を語りました。メディア界へ就職を目指す同志社の学生たちが、19歳の講師との対話を通して、「自治・自立」という新島襄の精神を受け継ごうと誓い合いました。

学生たちに感想文を書いてもらいましたが、メディアを通して持っていたイメージと、実際に会って感じたことが、大きく食い違っていたという印象を持った学生も少なくなかったようです。メディア学を学ぶ学生も、今井さんにある種の「偏見」(企業メディアと無責任政治家による「自己責任論」「自業自得論」宣伝の影響)を持っていたということに、改めて衝撃を受けました。

 ある学生は、次のように書いています。《今回今井氏がイラクに行ったのは劣化ウラン弾の問題をイラク人に伝えるためだという。長期に被害が及ぶ劣化ウラン弾の問題をアメリカ政府の発表の疑問点などを交えながら指摘し、その被害の恐ろしさを語った。また、帰国後の雑誌報道などについては、決め付けの姿勢の報道でレッテルを貼られ、事実と異なる虚偽報道がなされていることに驚きをあらわにしていた。自己責任論については「切り捨ての論理で、非常に冷たい論理」と語り、自由が失われていくのではないかと問題を提起した。》

今井さんの二日目の講演が終わって、ゼミの学生たちと学外で昼食をとるため、正門にいたとき、八田英二学長とばったり出会いました。八田学長は今井さんに気付き、握手をもとめて、「同志社によく来てくれました。今日の京都新聞に大きく出ていましたね。これからも元気で活躍してください」と今井さんを激励しました。今井さんは正門前で学長と記念撮影しました。学長のあたたかい言葉に感謝しています。




今井さんは、同じ志を持つ学生たちと交流したことで元気になったと言って、札幌に戻りました。その後、 この度は本当にありがとうございました。学生の皆様とも交流でき、本当にうれしかったです」というメールが届きました。

多くの人の前で、話すことに不安を抱いていた家族のみなさんも喜んでくれています。

今井さんの講演会を伝えたのは企業メディアでは京都新聞が7月1日に報じた記事だけです。見出しは《イラクの現状知って 拘束の今井さん 同志社で講演》で、写真付きです。京都新聞のHPで読めます。

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2004063000282&genre=G1&area=K1B

浅野ゼミでは、今井さんの講演会の記録を現代人文社から出版します。この本には、6月9日に今井さんの講演会中止の代わりに開いた討論会の記録、それに海外メディアが元拘束事件被害者をバッシングした日本の政府とメディアをどう批判したかを調査した報告書も入れます。

(以上)




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