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Copyright (c) 2005, Prof.Asano Ken'ichi's Seminar

            2004年10月21日開催



 2004年10月21日、インディペンデントジャーナリストである綿井健陽さん(アジアプレスインターナショナル所属)が来校し、同志社大学今出川校地、至誠館にて講演会が行われた。その日の前

日は日本各地に大きな被害をもたらした台風23号が猛威を振るっていたこともあり、綿井さんは講演会開始の数時間前に東京から到着したばかりでの講演だった。講演会には本学学生と一般聴講者を合わせた約100名が集まり、熱心に聴講した。イラクからリポートしていた綿井さんをテレビで何度か見たことがあったが、目の前に現われた綿井さんは冷静にイラクの状況を語る、落ち着いた、穏やかな人だった。

 

 フセイン像引き倒しの映像からわかること


 「イラク戦争で思い出す映像とは?」綿井さんの問いかけから、大勢の人はアメリカ軍がバグダッドを制圧した4月9日の「フセイン像引き倒し」映像を思い浮かべた。フセイン像引き倒しの瞬間として日本のテレビで流れた映像や新聞に掲載された写真は外国の通信社から配信されたもので、映像や写真のアングルにあまり変化がなく、引き倒しの印象がどれも同一であることを指摘した。また世間では「フセイン像引き倒しにやってきたイラク人はサクラだ」とか「フセイン像引き倒しはアメリカ軍による演出だ」との情報が常識的見解となっている。しかしその情報は私たちが見たものと同様に外国メディア配信の映像から分析しただけに過ぎないことも指摘した。そして映像に映っていることが事実であり真実であるのか、綿井さんは自らがバグダッドで撮影したフセイン像引き倒しの映像を使って、別角度から撮影した「フセイン像引き倒し」を見せてくれた。

綿井さんが撮影した「フセイン像引き倒し」の映像には、フセイン像を倒そうと率先して集まったイラク人やフセイン像の台座をハンマーで叩き壊しているイラク人、またイラク国旗を掲げているイラク人が映っていた。確かにバグダッド制圧時にフセイン像引き倒しが行われた現場に群がったイラク人は少数だった。イラク国民全員がアメリカ軍を歓迎し、フセイン政権からの解放を喜んだわけではない。しかし、このような行動を起こした人々がすべて、アメリカ軍の支持や演出のもとに集まったのだろうか。綿井さんはこうした素朴な疑問から「フセイン像引き倒し」に関する取材を続けた。引き倒し時に目立った行動をとった4人を探す取材から浮かび上がった事実を綿井さんは淡々と私たちに語る。その映像に私たちは見入ってしまう。なぜなら「フセイン像引き倒し」に対する今までとは異なるイメージがその取材映像から見えてきたからだ。

 

 事実は複雑に絡み合っている

 
 引き倒しの時、特に目立っていた4人のイラク人は皆、広場の周辺に住む人たちだった。インタビューでは「フセイン像を倒そうと思ったけど、倒れなかったから帰った」、「銅像を米国の力で倒したことは悲しむべきことだ」などの発言があった。取材の映像からわかったこと、それは引き倒しの瞬間にはイラク人、米軍またはメディアが考えた複数の事実があったということだ。事実は決して一つではなく複雑に絡み合っている。綿井さんは絡み合う事実の断面を私たちに教えてくれた。

綿井さんは今回見せてくれた映像を「僕の主観が入った映像」だと断言する。映像であっても活字であっても、必ずそこには制作者の主観が入っていることを忘れてはいけないということだ。(映像や記事に)事実はあってもそれが真実ではない。そしてフレームから外されたところを想像してみて、疑ってみること。各人の情報を読み解く重要性を話していた。

 

 沈黙の共謀

 
 綿井さんはもう一つ映像を用意していた。東京、市ヶ谷の防衛庁周辺で自衛隊のサマワ派兵を拡声器や旗を掲げて応援する大日本愛国党の人たちとその後方で隠れるように派兵反対を唱えるグループと、その光景を見て素通りする人々が映し出されていた。この映像には現在の日本の状況が映し出されている。つまり無関心や沈黙を多くの人が続けてきた結果、大声で発言をしてきた者たちの言質が日本に違和感なくだんだん浸透し始めているということだ。その端的な例としてイラク戦争時に行われた
東京都知事選で、石原慎太郎氏が今まで以上に他候補に票差をつけて再選したことがあげられた。戦争構造を支える「沈黙の共謀」から脱し、具体的な行動が日本では求められていることを綿井さんは強く訴えた。

 最後に綿井さんは日本のマスメディアについても言及した。イラクで主権移譲がなされた後、日本のマスメディアは共同通信社とNHKを除いてはバグダッドから撤退し、記事の多くはイラク国外から発信していること、またサマワの自衛隊宿営地には取材する日本人記者はおらず、サマワの情報は防衛庁からの発表に頼っていることから、イラクを取材する人たちが消えつつある実態だ。そしてマスメディアの横並び体質や二次情報、三次情報からイラクに関する記事を書いていることから各社同じような情報しか流せないことも問題視した。サマワの現状について取材した綿井さんは「サマワの人たちは自衛隊を非難することはないが、不満はある。日本の企業が来て仕事を与えてくれると信じていると人たちもいる。自衛隊にいつ敵意が向けられるかわからない」と危惧していた。まだまだイラクをニュースから遠ざけることはできない。私たちは新聞やテレビから送られてくるイラクの情報を鵜呑みにするのではなく、テレビ画面や新聞の写真や記事からでは見えないイラクを想像し、疑わなければならない。そして意見が異なる人とも積極的に交流したりするなど、小さくても何か行動しなければならないことを綿井さんの講演会から強く感じた。



同志社大学社会学会主催

綿井健陽さん講演会『イラク戦争とメディア』