明石康氏は「偏っていない」人物か

　

明石康氏は「偏っていない」人物か

国連事務次長職を悪用し、海外派兵支持

自民党・自由党に担がれ本質暴露

　

　元国連事務次長で広島平和研究所所長の明石康氏が、東京都知事選挙に自民党と自由党の推薦を受けて出馬しようとしている。明石氏は国連で活躍した立派な人物という評価が定着しているが、彼のカンボジアＰＫＯでの「活躍」は日本の自民党と外務省の超タカ派グループの工作員としての活動だった。当時の自民党渡辺美智雄派と皇太子妃の父親、小和田恒外務事務次官（前国連大使）や岡崎駐タイ大使らの意向を受けて、九二年五月八日から東京を突然訪問。日本の国会やメディアで「日本は自衛隊員を五人でも十人でもカンボジアに送ってほしい」「過去の（侵略戦争）のことより平和を創造することが大事だ」などと繰り返し述べて、日本の世論をミスリードした。カンボジアで停戦合意が破られて、ポル・ポト派が国連を「占領軍」と規定し、ゲリラ闘争を再開した直後だった。ポト派放送は明石氏のことを「現代の東条英機」と批判していた。　私はその時、カンボジアへ出張していた。ニューヨークからプノンペンへ直接戻るはずの明石氏は、日本の自民党右派と外務省タカ派の要請で、急遽訪日したのだ。ニューヨークからの旅費や東京のホテル代は誰が払ったのだろうか。国連事務次長としての公務なのか、プライベートな旅行なのかもはっきりしない。　明石氏は個人的見解として発言したようだが、国連の職員のナンバー２の一人に当たる国際公務員が、「自衛隊のカンボジア派遣は違憲ではない」などと公の場で述べることは、不適切である。国連による内政干渉の疑いもある。プノンペンの国連職員の間でもそうした批判があった。

　明石氏は、ＵＮＴＡＣのスタッフがプノンペン郊外に多数営業していた売春宿を利用しているという批判があることについて記者団に聞かれた際、「やむを得ないこと」と発言したこともある。

　明石氏が自民党と自由党から推薦を受けて都知事選挙に出馬することになれば、彼が九○年代に入ってから、自民党右派と外務省タカ派のエイジェントとして国連で活動してきたことを証明することになるだろう。

　

明石氏は「不偏不党」の人？

　自民党東京都連の島村宣伸会長は二月一○日の記者会見で、「他党の支持者の理解を得るためには政党に属さない人が望ましい。明石氏は国連という世界の舞台で活躍されて、視野も広く、偏りのない行政が期待できる」と説明した。　明石氏については、「国際性を持った、多くの修羅場をくぐり抜けてきた人で、人間性も豊かな方だ」（小淵恵三首相）「国連の代表の一人としてカンボジアなどでＰＫＯ（平和維持活動）その他の問題で、積極的に世界各地の平和のために活動された方」（野中広務官房長官）などと高い評価がされている。　自民党が明石氏に出馬を要請したのは、公明党抱き込みのためである。その公明党は支持団体の創価学会が国連との関係を重視しており、明石氏との太いパイプがある。幹部たちも「国際的に通用するし、立派な方だ」（公明党の藤井富雄常任顧問）などと明石氏支持に傾いている。

　マスメディアも国連で活動してきた中立的立場の人物と見て、概ね高い評価を与えている。明石氏は自自公の候補者となる可能性が高くなっているが、これに「納得できない」と表明したのが都知事選に意欲を見せていた柿沢弘治元外相である。実は、明石氏が「偏った」人間であることを一番よく知っているのが、この柿沢氏なのである。　私は八九年二月から九二年七月まで共同通信ジャカルタ支局長として、「カンボジア紛争」を取材した。私が赴任した直後からインドネシアとフランスが仲介して、カンボジアの紛争当事者四派によるジャカルタ非公式協議が始まった。四派による話し合いがまとまり、国連カンボジア暫定統治機構（ＵＮＴＡＣ）が発足し、その国連事務次長代行として明石氏が選ばれた。日本は九二年六月にＰＫＯ協力法を成立させて、自衛隊をカンボジアに派遣した。

　私は喜岡淳氏との共著『カンボジア派兵』（労働大学）６２頁、『犯罪報道の再犯』３１３頁、鈴木邦男氏との共著『激論　世紀末ニッポン』（三一新書）３９頁などで明石氏を批判してきた。

　

　私は共同通信外信部記者時代の九二年九月二六日に次のような文章を書いている。『カンボジア派兵』の元原稿である。明石氏と日本政府がカンボジア問題を徹底的に利用して、自衛隊海外派兵を実現したことがよく分かると思う。日本のＰＫＯ活動参加の目的は、自衛隊を戦後初めて、国会決議を無視して派兵するためだけだったのである。　以下は私が９２年９月に書いた文章の一部である。

　ベーカー米国務長官は九０年七月、従来の三派連合政府支持を撤回、三派が維持してきた国連議席を空白にすべきだ提案するとともに、プノンペン政権との対話開始を表明。米国はポト派の切り捨てを決断、プノンペン政府に肩入れすることになる。ＡＳＥＡＮ諸国は当初、米国の方針転換に反発、一線を画した。　国連安保理五常任理事国は八月、カンボジア和平の包括的枠組みで合意した。①紛争当事者四派で構成する最高国民評議会（ＳＮＣ）が主権を代表する②国連暫定統治機構（ＵＮＴＡＣ）による停戦監視と総選挙の実施が骨子。同年九月ジャカルタで四派がジャカルタで非公式協議を開き、国連の枠組みの全面受諾とＳＮＣの設置で合意した。ＳＮＣの構成メンバーはプノンペン政権六、三派各二で計一二人と決まり、メンバーの名前も発表された。同月バンコクでのＳＮＣ第一回会合は議長選出で決裂した。ＳＮＣはその後、空転を続けた。九０年一一月にはパリ国際会議参加国による国際会議再開のための高級事務レベル協議がジャカルタで開かれた。　九一年六月二日からジャカルタで九ヵ月ぶりにＳＮＣ会合が開かれ、国連最終和平案の修正問題、議長問題を討議。六月二四日からパタヤで開かれたＳＮＣ会合にはシアヌーク殿下が初めて参加。会合は激しく対立してきたプノンペン政権とポト派が大幅譲歩して、無期限の自主停戦、ＳＮＣ本部のプノンペン設置で合意した。七月北京のＳＮＣ非公式会合でシアヌーク殿下をＳＮＣ議長に選出。八月末にパタヤで、国連最終和平案の修正、総選挙を選挙区別比例代表制で行なうなど選挙方法で合意した。シアヌーク議長はＳＮＣの国歌、国旗などを定めた一０項目合意を発表した。これを受け国連安保理五常任理事国、パリ国際会議共同議長国とＳＮＣの初の合同会議が開かれＳＮＣの合意内容が承認された。九月ニューヨークで開かれたＳＮＣ会合を経て、一０月二三日パリ国際会議で、当事者四派が紛争の包括的政治解決に関する協定（和平協定）に調印した。

　

　パリ和平協定に基づき、国連安保理が設置するＵＮＴＡＣが、選挙による新しい国会、政府を樹立するまでの移行期間、①停戦をはじめとする協定の実行を監視・検証②外交、国防、財政、治安、情報の行政機構を直接管理③自由で公正な選挙を実施・管理するーーなどを行なうことになった。これまでの停戦監視、和平維持という任務だけでなく、国連が直接統治するという試みだ。国連史上最大の作戦だ。ＵＮＴＡＣはＳＮＣと共同して行政に当たる。最高責任者となる国連事務総長代表に九二年一月、明石康国連事務次長（軍縮担当）が任命された。カンボジア問題の仲介役を務めたフランスかインドネシアから代表が選ばれると思っていた。ホーチミン合意をまとめたモフタル・前インドネシア外相が有力視されていたが、なぜか日本人が就任した。　ＵＮＴＡＣ設置の準備に当たる国連カンボジア先遣隊（ＵＮＡＭＩＣ）が設置され、九一年一０月二四日活動を開始した。

　

　シアヌーク殿下は九一年一一月一四日、プノンペンに帰った。殿下は空港でフン・セン首相に抱き付き「息子よ、息子よ」と延べ、プノンペン政権との連合政権構想を表明した。　一方ＳＮＣ会合に参加するため九一年一一月二七日プノンペン入りしたポト派のキュー・サムファン議長に対し、数千人の市民が宿舎に押し掛け、棒や石で議長を襲撃した。現場にいたプノンペン政権の警官は制止せず、本格的な鎮圧はかなり時間が経って行なわれた。

　九一年一二月三０日プノンペンでのＳＮＣ初会合がケマリン宮殿で開かれ、ＵＮＴＡＣ受け入れ体制を整えた。しかしポト派軍とプノンペン政府軍との衝突は各地で続いた。

　また九一年末から学生たちがプノンペン政権の腐敗を糾弾するデモが行なわれ、六人が射殺され、四０人が負傷した。以後夜間外出禁止令が出た。　プノンペン政権の人民党（チア・シム議長）は九一年四月、社会主義を正式に放棄しシアヌーク時代のサンクム体制こそ理想的な社会体制だと決めた。シアヌークを大統領にしてフン・セン政権を継続するという方針を確定した。　ＵＮＴＡＣは六月一三日、パリ和平協定で定められた停戦第二段階（武装・動員解除）入りを決めたが、ポト派はプノンペン政権の解体とベトナム兵の撤退の検証を要求してこれを拒否した。

　六月一五日衆院でＰＫＯ協力法が可決した。アジアの新聞は一斉に軍国主義復活への懸念を表明した。

　六月二二日、東京でカンボジア復興閣僚会議が開かれた。　明石代表は八月一二日、ＵＮＴＡＣへの自衛隊派遣に向けた政府の第二次カンボジア調査団との会談で「ＰＫＯは平和的解決のためだが、軍人でなければできない活動だ。日本も人的貢献をしてほしい」と述べた。また日本国内でのＰＫＯ論議について「ＰＫＯの基本理念やアプローチについて理解がなく、枝葉末節に流れた。ボタンの掛け違いあったことが議論を長引かせた」と語った。彼は自らの国会での証言が自民党の強行採決を早めたことを反省しない。

　

　日本とタイは武装解除拒否を続けるポト派に対し、ＳＮＣの機能強化のための行政諮問機関を提案した。ポト派は独自にＳＮＣ諮問委員会を設置し、国連が直接統治するはずの五省に各派の代表を入れるよう要求した。これはごく当然の要求だが、資金難の国連はプノンペン政府の行政・治安機構をそのまま使うしかないので、ポト派の要求には応えられないのだ。

　明石代表は九月一二日、ポト派の支配地域の拠点である北東部のパイリンを初めて訪問した。

　日本の自衛隊は、国道２、３号線ど道路修復を担当することになった。最後にきて最も安全な地区を担当することになった。

　

　共同通信の報道によると、ポト派のラジオ放送は九月二日、ＵＮＴＡＣの明石代表がＳＮＣの機能を低下させ、プノンペン政権とベトナム側に肩入れしているなどと、初めて名指しで明石氏を非難した。さらに三日の放送では、カナダにあるポト派の連帯組織が八月一八日ガリ国連事務総長に対しＵＮＴＡＣの明石代表の辞任を勧告するよう求めた書簡を提出したと伝えた。

書簡は「明石代表には情熱や勇気、先見性がなく国連から与えられた役割を果たそうという意思もない」「明石代表はカンボジアでの日本の経済的利益の擁護に関心がある」と批判した。さらに九月二一日のポト派放送は、「ＵＮＴＡＣ首脳」がパリ和平協定に反してプノンペン政権、ベトナム侵略者の利益のために活動していると激しく非難した。

　これに対し、プノンペン政府当局者は「明石代表に対する辞任勧告は国際社会に対する宣戦布告だ」「明石代表は日本の政府の代表ではなく、国連の代表だ」と代表を擁護した。

　　タイ訪問中の銭外相は九月九日ポト派が停戦第二段階の武装解除を拒否し続けた場合にはポト派抜きでも選挙を行なうとするシアヌーク殿下らの考えに反対を表明した。　九月一七日、陸上自衛隊施設大隊の先遣隊第一陣の部隊三四人らが呉基地から自衛艦三隻で出発、二五日にプノンペンに入った。ＡＰ＝共同電によると、この日自衛隊の派遣に反対する日本人六人が空港滑走路で抗議行動をした。ＵＮＴＡＣの停戦監視要員を努める自衛隊員八人はこれより先、九月二０日にプノンペンへ到着した。高齢のカンボジア市民は「日本の兵隊がまたやってきた」と驚いた。外国通信社は「第二次世界大戦後、初めて日本の兵隊が海外に派遣された」と報じた。八人は二一日明石代表を表敬訪問した。明石代表は「日本の代表として頑張ってほしい」と激励したほか、「ポト派が第二次停戦に応じるが分からない。九三年五月に予定している総選挙はポト派抜きでも実施する」と表明した。明石氏は「ポト派は常識では考えられない」「ポト派が抵抗すれば国連安保理は制裁決議を行なうだろう」などという発言を繰り返した。国連はポト派への経済制裁、武力制裁も辞さない構えになった。　ポト派放送は二三日、日本の自衛隊はＰＫＯ活動を開始する前に、パリ和平協定が履行されているかどうか検証すべきだ、と伝えた。放送は「外国軍隊（ベトナム軍を指す）が依然、カンボジアにとどまり、カンボジアを代表するはずのＳＮＣに実体的な権力がなく、プノンペン政権の支配が続いている」として自衛隊にも和平協定不履行の事実に目を向けるよう求めた。

　放送は元大学教授らによる公開書簡を報じる形だが、ポト派が日本に対し、プノンペン政権寄りの姿勢をとらないよう改めて警告したものといえる。つまり検証なしにＰＫＯ活動を始めれば、協定違反に加担すると警告しているわけで、ポト派が停戦拒否を続ければ、ポト派と自衛隊は「敵」になるわけだ。　シアヌークＳＮＣ議長は二六日オーストラリアのキーティング首相との会談で「ポト派は九三年五月の総選挙が実施されても、その結果を受け入れないと私に通告してきている」と伝えた。ベトナム人が参加する選挙は無効だという従来の主張をポト派は繰り返したという。

　ポト派には大虐殺の責任があるが、同時に独立を勝ち取った民族主義者、共産主義者の作ったクメール・ルージュの旗を守っている政治政党だ。欧米のマスコミではポト派という表現は使わない。「ポル・ポトに指導されたクメール・ルージュ」という表現はあるがポト派とは呼ばない。ポト派＝悪という見方はあまりにも一方的だ。　政党としてのクメール・ルージュは一部の農村で根をはっている。中に幾つかのファクションもあり、虐殺の責任は一部のグループにあるという見方もある。いずれにせよ三派連合の中で最大の軍事力を持ち、その力はプノンペン政権の軍隊にも匹敵している。中国などが支援を中止しても、まだ十年は闘える力を持っているとも言われる。ポト派抜きで総選挙が実施すれば、ポト派は選挙は無効だとして、新政権樹立後、国連が引き上げた翌日にも武装決起し再び内線状態になる恐れがある。　カンボジア紛争については、いかにしてポト派を和平プロセスに取り込むかで苦労してきた。国際会議共同議長の一人アラタス・インドネシア外相がいかに苦労したか私は見てきた。「カンボジアは第二のレバノンになる」と心配していた。　和平協定ができて国連主導の暫定統治が始まったのに、その責任者がポト派排除でも総選挙を進めるというのは無責任だ。

　加藤官房長官、金丸副総裁（当時）は参院選挙の際、ポト派が武装解除に協力しないと公約していた。明石代表も、フン・セン首相も「自衛隊は停戦状態で平和を守りに来るだけだ」と公言していた。ところがＵＮＴＡＣとポト派が対立、武力衝突する可能性が出てきた。防衛庁は九月中旬、九三年　？月以降も派遣が必要と言い出した。自衛隊の自衛隊は最も危険な時期にカンボジアに侵攻した。

　

　東京会談が派兵の準備開始だった

　ここで九〇年六月東京で日本とタイの主催による四派の非公式会談について見てみよう。日本外務省はポト派抜きでも、シアヌーク、フン・センによる同盟で紛争解決を目指す路線をこの時点で取った。この背景には米国の意向があったと思われる。　当時インドネシアは「日本の貢献に期待する」と表明していたが、東京会談を複雑な気持ちで見守っていた。事態が進展することはいいことだが、これまで時間と金をかけて和平の道を探ってきたインドネシアを初めとするＡＳＥＡＮの影が薄くなるという心配だった。何よりも東京合意は「ポト派を和平プロセスに取りこまない限り真の和平はない」（アラタス外相）という方針に反するという点が重要だ。　八九年以来のタイも「インドシナを戦場から市場に」と積極的に仲介に乗り出した。チャチャイ首相が毎月一回の当事者代表のバンコクでの会談を提唱、日本と共同歩調を取った。

　日本を「三つの軍事と並ぶ経済大国」で脅地域にとって威と見るインドネシアのアラタス外相は「東南アジア地域の中での解決。大国の圧力で解決してもアフガンのようになる」とも言ってきた。

　カンボジア紛争の初期から、インドネシアは解決に努力してきた。モフタル前外相がイニシアチブをとったが、その理念は「地域に他の大国の争いを持ち込まない」ということで、常にＡＳＥＡＮと周辺の関係国でコンセンサスを得て、行動してきた。　五月二九日付けのメディア・インドネシア紙の社説は次のように書いた。　「タイは歴史的にも、自分の安全保障のためには方針を変えたことがある。例えば『大東亜戦争』が起きた際、タイは他の東南アジア諸国を侵略した日本と友好的だった。最近タイの首相は、米軍の地域からの撤退に備えてか、タイと日本の海軍の共同演習を南シナ海で行なうよう提案した」。

　アラタス外相は「日本は今回の東京会談について、国広大使から段取りなどを説明を受けたが、タイは東京会談について、会談を進めていると言ってきただけで、会談で何をやるのか、停戦案など内容に付いて全く説明がない」と不快感を隠さなかった。　有力英字紙ジャカルタ・ポスト（政府に極めて近い）は海部首相の訪問後の５月７日付け社説で、「日本が真にカンボジア問題の解決を目指すなら、どういう解決を望むかを透明にしてほしい。海部首相はカンボジア問題が東南アジア地域の平和と安定に障害になっていると記者会見で述べたが、これは日本が地域での安全保障への関心を強めていることの反映だ」と指摘した。米国とソ連の東アジア地域での影響力の低下が、東南アジアの新たなバランスを生み出す可能性があると書いた。　また有力紙ムルデカは２９日の社説で「外国援助がほしい三派政府は東京会談に同意した。隣国の平和実現が経済的利益をもたらすタイは、今度は東京の経済力に目を付けた。」「国際情勢は大きく変化しており、大国は口出しを止め、カンボジアの人たち自身が自分の将来を決めるよう救けるべきだ。国連の監視下の平和の実現をみんなが望んでいる。米軍のフィリピンからの撤退問題も含め、東南アジア地域の平和と安全を作り出すことが大切だ」。

　

　六月一日阿部知之在インドネシア日本公使は東京会談についてこう説明した。「日本は最初、場所貸しだけの予定だったが、それだけではなく４派の間を取り次ぐ事になりそうだ。包括的な解決がなければ、停戦だけではだめと四派とも皆自覚している。停戦関係の条件付の合意文書が出来る可能性もあるが、文書のことより、東京会談の後にどういうプログラムを作れるか、ジャカルタの二月の非公式協議で行き詰まった状況を変えていけるかが問題だ。ソ連、中国、ベトナムなど背後にいる国の意志が大きく影響する。パリ国際会議をやるのか、やらないのか、やる場合は暫定統治のあり方、国連の役割、プノンペン政権の行政機構の関与の程度などが話し合われるので、東京会談でもその辺が話題になる。

　アラタス外相は、これまで一生懸命花を育ててきたが、花を咲かすことが出来なかった、そこへ日本が努力をしようということで、反感はない。国連監視の総選挙にしても、復興にしても、日本の経済援助がなければ、動かないわけで、東京で会談を開く意味もそこにあると関係者は分かっているはずだ」。　阿部公使の発言を今振り返ると、外務省がこの時点ではっきりカンボジア問題へのコミットを始めていたことことがよく分かる。

　

　アラタス外相はＡＳＥＡＮのとるＺＯＰＦＡＮ（東南アジア平和・自由・中立地帯構想）の理念を大事にしている。ＡＳＥＡＮ地域には、国内の反政府活動、周辺の大国との深刻な不均衡が生じた場合、大国の介入の脅威があるという理解だ。　インドネシアは五五年のアジア・アフリカ会議（バンドン会議）を主催、自主独立・平等互恵を柱としたバンドン精神を採択した。それ以来、非同盟・中立が国是だ。日本では米軍がインドネシアに駐留しているというとんでもない誤解をしている人もいるが、この国に外国軍はいない。

　八九年末、外国人記者との懇談会で、アリ・アラタス外相からじっくりこの国の外交の基本を聞く機会があった。その際、中国との国交回復問題で中国の軍事的脅威について質問されたとき「われわれ発展途上国にとって北からの軍事的脅威はいつもある。日本もそうだ」と答えていた。外相はことあるごとに「北からの脅威」として日本の軍備力強化を警戒している。

　インドネシアでは日米安保も含め日本の「防衛政策」に必ずしも賛成していない。内政干渉はしないとしながらも、日米の両大国の軍事的繋がりに警戒感が強い。シンガポールが一時米軍に基地施設を供与すると示唆したとき外相は「フィリピンの米軍基地は歴史的な経緯があるが、それも将来早い時期に廃止すべきだ。新たに米軍が入ることには反対だ」と明言した。その際「日本のように大国になれば米軍基地があっても主権を侵害されないのかも知れないが、我々のような途上国は外国軍の存在は認められない」と強調した。　インドネシアはカンボジア紛争の初期から解決に努力してきた。モフタル前外相がイニシアチブをとったが、その理念は「地域に他の大国の争いを持ち込まない」ということで、常にＡＳＥＡＮの６ヵ国でコンセンサスを得て、行動してきた。カンボジア問題で、非公式協議を三回も開き、パリ国際会議の共同議長国（仏と二国）を務めたのもこうした外交政策による。アラタス外相は「東南アジア地域の中での解決」を繰り返し強調してきた。

　米国と軍事同盟を結び米軍兵士が今も駐留する日本のカンボジア問題への関与は、カンボジア問題の解決をおかしな方向に進めた。日本はインドネシアの外交を見習うべきだった。日本はＡＳＥＡＮのこうした努力を後から温かく支援すればいいのだ。「ＰＫＯの兵力はＡＳＥＡＮ諸国で十分だ。日本は資金、施設面でバックアップしてくれればいい」というＵＮＴＡＣ軍事部門参謀、フェリー（インドネシア陸軍大佐）の声に耳を傾けるべきだった。

　

　以下は「オルタ通信」に書いた原稿である。九二年七月一七日に書いた。

　

　カンボジアを利用、海外派兵狙う政府自民党

　偽診察券で入院したセン首相

　温泉で裸の付き合いの渡辺とチア・シム

　

　私は三年半のインドネシア滞在を終え七月一四日帰国した。本来は来年初めまでいる予定だったが、インドネシア政府がビザ更新を拒否したため、急遽後任記者と交替した。本誌連載では私自身の経験を基に東南アジアで日本の官僚、大企業が何をしているかを検証検していきたい。

　初めて自衛隊海外派兵を可能にした国連平和維持協力（ＰＫＯ）法の成立は戦後日本の大転換だ。宮沢首相（当時は元副総理の肩書き）は九一年五月ジャカルタを訪問した際、邦人記者との懇談で「平和憲法は戦争の犠牲の上にできた。自民党の若い連中には戦争の悲惨さが分かっていない」と発言、自衛隊派遣に慎重な姿勢を示した。同行記者団は小沢元幹事長批判と説明した。それが小沢の後押しで首相に就任、ＰＫＯ法を強引に通した。　ジャカルタを離れる数日前、旧日本兵ハッサン・タナカさん（７五歳、福岡県出身）はこう言った。「日本は海外にある経済権益を守るためにこれから軍隊を出そうということでしょう。憲法で軍隊がないはずなのに国連に軍人を出すというのはどう考えてもおかしい、アジアの人が不安がるのは当然でしょう」。「大東亜戦争」で皇軍の憲兵としてジャワに上陸、敗戦後に戦犯刑務所から脱獄しインドネシアの独立戦争に参加、インドネシア国籍を取ったタナカさんの直感だ。　世界各地の日本大使館は七月三日の「自衛隊記念日」に大使公邸で各国の武官を招いてパーティーを開く。自衛隊から外務省に出向大使館一等書記官として働く防衛庁職員が自衛隊の制服を着てホストとなる。大使館ではこの書記官を「武官」と呼んでいる。ジャカルタの国広大使公邸で開かれたパーティの席で武官に「ＰＫＯ法ができたが、軍隊のない日本が軍人を派遣するというのは、どう考えても分かりにくい。政府は今後邦人が誘拐されたりして生命に危険が及びそうになったり、反日暴動があった時に日本の権益を守るために自衛隊を出そうとしている。それなら憲法を改正してはっきり軍隊とするようにした方がいい、という考えがあるがどうか」と聞いた。すると武官は「海外の邦人を救うためや日系の工場を守るために海外に出る場合は逆に自衛隊の方が出やすいですよ。軍隊だと反発があるでしょう」と答えた。　インドネシアでは七四年の田中首相訪問の際、反日暴動があり日系企業が焼き打ちにあった。今度そういう事件が起きると自衛隊と言う名の日本軍が出動する可能性を「武官」は否定しなかった。

　国会筋によると大蔵官僚は「自衛隊を出せば、湾岸戦争の時のような莫大な金を米国などに要求されないから、安上がりだ」と公言しているそうだ。自分たちの子供は自衛隊には入るはずがないと思っている連中が、「汗を流せ、血を流せ」と騒いでいる。　五月初めにカンボジアを現地取材した時、日本人の民間援助機関のスタッフも「昔も平和のため、邦人保護のためと言って海外に侵略した。カンボジアを利用して自衛隊を内外に認知させようとしている」と口を揃えて警告していた。

　

　次に何が来るかと警戒

　

　インドネシアの有力各紙は六月十七日の社説で日本の国連平和維持活動（ＰＫＯ）法成立を取り上げ同法が平和憲法に違反し軍国主義の復活につながるとの懸念を表明した。言論統制の厳しい国だけに、政府がこうした論調を認めたのは間違いない。日本と密接なスハルト政権もかつて三年半苦しんだ経験のある国だけに、この問題では筋を通した。

　最有力紙コンパスは車にまたがった侍が手にハトを持って進む風刺漫画を載せ、社説で「宮沢首相は内外に反対論があるＰＫＯ法案を通すために、世界中から称賛を受ける環境への日本の貢献を発表する地球サミットに欠席した。平和維持のための法律と強調するが、東アジア帝国を夢見た軍国主義の復活につながるとの懸念がある。日本が政治的にも世界で貢献するには歴史教育の在り方など越えるべき障害が残る」と指摘した。　アジアから反発を招いたＰＫＯ法成立に大きく貢献したのがカンボジアのフン・セン首相と明石康国連カンボジア暫定統治機構（ＵＮＴＡＣ）国連事務総長特別代表だ。二人は三月と五月に東京で「自衛隊をぜひ派遣せよ」と体を張った。セン首相は「他の東南アジアの国も反対していない」という嘘までついた。明石代表も「自衛隊派遣は憲法違反ではない」とまで言って、日本の内政に干渉した。職権濫用だ。　セン首相はパリ経由で米国に行くはずだったのが、急に東京経由に変った。明石氏も最初は五月八日ころプノンペンに戻る予定だった。当時プノンペンにいた私は明石氏とのインタビューを計画していた。そのころポト派がコンポントム州で大攻勢を掛けていた。一日も早くカンボジアに戻るべきなのに、東京に立ち寄り、外務省の用意したと思われる作文を国会で読み上げた。「自衛隊派遣は憲法違反には当たらない」「五人でも十人でも自衛隊員を」などとした国連代表の職権を乱用、日本に内政干渉した。　明石氏をよく知る同僚の元ニューヨーク特派員（国連担当）によると明石氏は日本の再軍備には一貫して反対し「日本は非軍事部門で国際社会に貢献すべきだ」といつも強調していたという。「自民党に頼まれて説を変えたのだろう。見識のある人と思っていたので失望した」と彼は話した。

　ＵＮＴＡＣの資金は日本が出す、代表には明石氏を据える、日本はカンボジアを利用して自衛隊の内外での認知を獲得するーというシナリオが出来上がっていたのだろう。丸目の八九年後半からの動きも、ＯＤＡ絡みの権益獲得だけでなく、海外派兵を実現するという高度な政治的目的を持ったものだった。　ガリ国連総長が四月「ＰＫＯの軍人は既に十分で、日本の自衛隊の派遣はとくに必要ない」と北京で発言した直後、柿沢次官は事務総長を追っ掛けて「そんなことを言うならＵＮＴＡＣに金を出さない」と脅し、発言の訂正を求めた。事務総長はプノンペンで修正発言を行なった。

　柿沢氏は一月下旬ジャカルタを訪問した。ベニー・ムルダニ国防・治安相との会談で私見だがと断り「東南アジアの各国と日本が協力して国連平和維持協力隊を多国間で作るのはどうか」と提案していた。自衛隊をそのままの制服で出すのが難しい場合を想定していたのだ。物腰の低く語学も達者な柿沢氏がこれほど強引に、しかも自衛隊を軍隊にするために走り回る原動力は何なんだろう。

　

　セン首相の医事法違反

　カンボジアでチア・シム国会議長（人民党議長）と二度会ったが、「渡辺さん、柿沢さんは親友だ」と強調した。社会党調査団や田英夫氏との会談でも二人の名前を連発する。日本共産党の友党であることなど忘れてしまっている。渡辺派と外務省は九〇年初めころからセン首相、チア・シム国会議長（人民党議長）に急接近した。九一年九月には議長を個人的に招待、妻の病気治療も行なった。経費はほとんど渡辺事務所が持ち、外務省もかなりの便宜供与を行なった。栃木の温泉にまで連れていき「裸の付き合い」をした。

　セン首相は九〇年暮れパリで突然倒れた。脳神経系の病気と言われた。一月一七日付の朝日新聞によると河野雅治・外務省南東アジア一課長はセン首相に日本での治療を勧めた。首相は九一年四月、秘かに訪日し東京の順天堂大学病院に検査入院した。首相夫妻の身分を隠すため、山内太郎院長と妻和子さんの名前で入院し検査を受けた。偽名で診察券を発行するのは明白な医事法違反だ。夫妻の入院と同時期小和田恒外務審議官が定期検診に訪れ約四時間議論したいう。

　社会党の喜岡淳参議院議員はバンコクで岡崎タイ大使に「違法なことまでやるのか」と追及した。社会党は調査を始めたが、「患者のプライバシー」を盾に拒否されたという。　ここで忘れてはならないのは日本政府は七九年以来カンボジアのほぼ全域を支配してきたプノンペン政権を承認せず、同政権と対立する三派連合を支持してきたことだ。世界一貧しく多くの子供達が死亡していても一切の援助を停止してきた。国連も開発援助を禁止してきた。三派の中心は大虐殺の責任があるポト派であり国連の援助がポト派の資金、食料源となってきた。それが突然何の説明もなくプノンペン政権寄りになったのだ。

　八八年にユニセフの視察旅行に同行してプノンペンに入った際、日本人はＮＧＯの活動家五人と電波ニュース特派員の計六人だけだった。国連機関が購入したトヨタ、日産のトラック、ジープが故障したまま放置されていた。「修理する技術者がおらず、部品がない。近くのマレーシア、タイにいるトヨタの人は国交がないので入国できない」と運輸省の幹部が嘆いていた、

　日本は九〇年六月に東京でカンボジアの四当事者による会談を主催してから急激にセン首相に接近した。その目的は自衛隊の国際的認知であり、国内の反戦平和思想への挑戦だ。昔中国に傀儡政権を作ったように、今また金に任せて日本の軍事大国化のためにカンボジアをはじめアジアの国々の保守的指導者を利用している。この流れを止めなければ次は徴兵制導入が待っている。

　

　以上が、私が７年前に書いた文章である。　明石氏は、立命館大学の客員として講演したり、岩波の「世界」で「成功だったカンボジアＰＫＯ」などとおだてられてきたが、カンボジアのその後を見れば、セン首相のクーデター、政権の腐敗、内線の継続などあまりにも問題が多い。明石氏は本当にカンボジアの人民のために働いたのかどうか、日本の自衛隊のＰＫＯ参加は世界の平和や安定に貢献しているのかを検証すべきであろう。今最も困っているコロンビアに自衛隊は行っていない。東ティモールにもＰＫＯは行こうともしない。

　国連にはいいこともたくさんあるが、国連イコール正義ではない。

浅野健一（９９年２月１３日）

　

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Last updated 1999.02.13